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裏へと至る道 その参

 あれから数時間後、人数もおおかた減った頃になって、ようやく俺の番が回ってきた。

「はい、これ必要なもんな」

 実行委員に、進むルートの書いた紙と懐中電灯を渡される。

「あ、それとな。女子に一人帰りが遅い奴が居てね、一応余裕があったら探しといてくれ…」

 たしかルールによると中断して全員で捜索するのは、二時間帰って来なかった場合だったな。

 ということはまだ二時間は経過していないが、心配だから一応探しといてくれとのことだろう。

「ああ、名前は?」

 もちろん夢の俺は引き受ける。ここも記憶と一致。ますます過去の説が濃厚になってきた。

 こうして俺は実行委員から、その子の名前を聞き、肝試しに出発した。

 まずは墓場を通っていくルートなのだが、よくよく考えたら不謹慎なことこの上ない。

 だいたい墓は死者に対する礼儀みたいな部分があるわけだし、決して恐がるためにあるものじゃないはずだ。

 ……バチ当たりだよなぁ。

「な、なんだこんなモン、意外と大したこと……な、ないじゃないか」

 だが当時の俺はそこまで考えが及ばなかったらしい。

 足はガクガク、不安げに周囲をキョロキョロ見回してばかり。どう見ても余裕がなかった。我ながら恥ずかしい。

 ……さて、俺の記憶が正しければそろそろなんだが。

【……ネ、…】

 来た。記憶通りに。謎の声が頭に響く。

 漫画でよくある『頭に直接語りかける』ってヤツに近い感覚。

 実際問題、テレパシーみたいなものなのであながち間違ってない。

 ちなみに過去の俺は謎の声に超ビビってる。

「え、何、ちょっ、何コレ…? 幽霊…?」

 とか言ってる。

 幻聴とか聞き間違いの可能性を疑わないあたり、よっぽど余裕が無かったのだろう。

 ……我ながら同情するよ。

 というかこんなにビビりなのに、何で俺は肝試しに参加したのか疑問になってくる。正直覚えてもいない。だとしたら大方御堂にでも誘われて断れなかったのだろう。

 俺はそう断ずることで自分の気持ちを納得させ、この先の成り行きを見守ることとする。

【…ネぇ、キ…エ…】

 もう一度声が響く。

 当時の俺はもう涙目になっていた。これで後ろから「わっ!」とかやったら確実に漏らすだろう。それぐらいテンパっていた。

 ……それにしても、さっきからまるで他人事のような気分が抜けない。

 もっとも今は、幽霊よりカミクズの方が厄介だと思ってるというのもある。あいつら実害出すし、よくよく考えたら幽霊とか基本無害だし。

 そこんとこの価値観が変わってしまったことこそが、この他人事感の正体だろう。

 もう、あの頃のお化けを恐れるような価値観には戻れない。

【……ネぇ、キこえる…?】

 また声が聞こえてくる。

 しかし今度ははっきりと聞こえた。

 当時の俺は鳩が豆鉄砲食らったような顔して呆けている。

 ……たしか『え、人語話してたの…?』って感じで、しばらく呆然としちゃったんだよなぁ。

 でも今にして冷静に見返してみれば、これはなかなかシュールな光景だ。

【…きコえてたラ…ヘンじを…】

「え!? ああ、ハイ」

 つい反射的に答えてしまう過去の俺。

 ……恥ずかしいな。なんか。テンパりすぎだ。

 まあしかし仕方ない反応でもある。

 いきなり幽霊みたいなものに話しかけられたら、誰だってそうなるだろう。そうなると信じたい。俺だけじゃないはず。

【……ヨかッた……ツウじた……こレでやッと…】

 肩に手を乗せられた感覚。

 ……あーきちゃったかー。

 振り返ると、そこに居たのは人じゃ無かった。

【オまエを喰えル】

 木造の車輪に、人の頭がついたような化け物がそこに居た。

 顔の横からは不自然に腕が生えている。きめぇ。

 ちなみにこれもカミクズだ。

 今見てみたら、ただの雑魚だとわかるが。

 ……こんなん生身でもいける。ところで名前何だっけ、これオリジナルのモンスターじゃないよね、元ネタ妖怪だよね。こんな妖怪いたよね? 何だったっけ。

 あ、ちなみにくだらない事を考えているのは現在の俺だけで、当時の俺は顔面蒼白になっていた。

「で…出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 思いっ切り叫びつつ、恐ろしい程のスピードで駆け抜けて行った。

 なんという速度だろう。カミクズを完全に振り切ってらっしゃる。

 ……俺、あんな早かったんだ。


「はぁっ…はぁ! 何だったんだ今の…恐かった…恐かった…」

 走り去った昔の俺が立ち止まったのは、廃寺の前だった。

 満身創痍になりつつ、顔を上げると廃寺の全容が見えた。

 月明かりに照らされた廃寺は、俺を見下してるかのような威圧感があった。屋根はほぼ壊れ、壁も同じような状態のため、隙間から中が簡単に見える。しかし暗くて中途半端にしか見えないので、逆に恐怖心を煽られてしまう。

 ……今見ても不気味だなぁ。ここ。

 その感想は過去の俺も同じだったようで、喉をごくりと鳴らし、恐る恐る中へ入っていく。

「こ、ここで間違ってないよな……」

 中は暗くて、ほとんど何も見えなかった。

 だが壊れた屋根の隙間から月明かりが漏れ、見えるところもたしかに存在した。時々壊れた仏像とかが見え、なんとも言えない気分になったりもする。

 ……ああ、なんだろうここ。早よ帰りたい。

「クソっ。なんだよここ……っ! 怖いよ! なんなんだよお……」

 ただ当時の俺はもっとビビっていて、涙目どころかもう普通に泣いていた。涙流れちゃってるよ。呼吸も乱れに乱れ、生まれたての小鹿のような足取りで進んでいた。正直、自分のことなんだけども見てらんなかった。

 突然カッ…という音が鳴る。

「ひぃぃっ!?」

 ビビりすぎた昔の俺。

 ……行く前、御堂に『恐がるわけない』みたいなこと言ってなかったっけ? ああ、本当に恥ずかしい。

「ん、足元に何か……?」

 過去の馬鹿な俺が、しゃがんで足元の『何か』を掴む。

 どうやらさっきの音が、自分の足に何かが当たった音だと気づいたらしい。

 手に取ったそれは絵馬だった。しかも二つ。

「ふぅ……」

 一個余分だが、これで帰れるとホッと一息つく。

『……ぐすっ…うっ……うぅ……』

「ヒャッハァあああああ!?」

 一息ついたところにいきなり泣き声が聞こえてくる。女の子の泣き声だ。

 恐い話の定番パターンだ。

 ……まあ、今更こんなんでビビる奴も……

「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……命だけは命だけは、どうか命だけは…!」

 いた。

 ビビる奴いたよ。

 ていうか俺だった。

 過去の俺、こんなに情けなかったのか。思い出補正のかからない自分の姿というのはこうも無様なものなのだろうか。なんだか今の俺まで泣けてくる。

『………うぅぅ……ぐすっ………』

「……?」

 やまない泣き声を不振に思ったのか、ようやく過去の俺が我に帰る。

 そしてやっとこの声が幽霊とかでなく、現実のものと気がつくのであった。

 たしかこの時考えていたことは、出発前に言われた『帰りが遅い女子』のことだったはず。その可能性を考え、泣き声がする方向に向かったんだっけな。

 俺の記憶は正しかったようで、当時の俺は怯えながらも泣き声の方へ歩く。

 そうだ、これが始まりだったんだ。これから始まる全ての。何もかもこの出会いから始まったんだ。

 そうして俺はたどり着く。

 泣き声は小さな部屋から聞こえていた。

 壊れ過ぎていて元がなんの用途に使われていたか、全くわからない小部屋。

 扉はもう無かった。

 でもだからといって部屋の中が見えるわけでもなく、微妙に漏れる月明かりで、物の輪郭程度がわかる程度だ。

 そこに、居た。姿はよく見えないが、人のようなシルエット。

 泣いている、その影が。

「誰……?」

 その人物が、顔を上げる。

 それだけで俺は胸がいっぱいになり、自分が何を考えているのかわからなくなった。懐かしさ愛おしさ切なさ悲しさ嬉しさ辛さ、様々な感情が渦巻き、心を支配する。

 何故こんな夢を見たのかわからない。

 だけどもし誰かがそうさせたのだとしたら、俺はその人に感謝したい。

 何故ならこの過去話は俺が多重人格者になった話で、

 出会いの話で、

 始まりの話で、

 やり直したい後悔ばかりの話で、

 だからこそ何よりも思い出したくない最悪の話で、

 ……そして何よりも思い出の詰まった話なのだから。

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