第46話:女神の視線と、緊張の研究発表会(聖華学園交流会)
気合入れたら長文になっちゃった。
聖華学園との交流会も、いよいよ後半に差しかかっていた。
午前中の部活動体験を終えた如月都姫は、聖華学園の生徒たちに案内され、学園内にある大きな講堂へと足を運んでいた。
「わぁ……。すごく立派な講堂だねぇ」
天井の高い広々とした空間。磨き上げられた床に、整然と並ぶ座席。正面には大きなスクリーンと演台が設置されている。
まるで大学の講演会場のような設備に、都姫は感心したように周囲を見渡した。
「ふふっ、ありがとうございます。ここでは毎年、各部活動や研究グループによる成果発表会を開催しているんです」
案内役の聖華学園の女子生徒が、嬉しそうに説明する。
「今日は交流会の特別企画として、明恭学園の皆様にも発表を聞いていただくことになっています」
「へぇ〜。みんなが頑張って研究したことを発表するんだね。楽しみだなぁ」
都姫はふんわりと微笑んだ。
――その瞬間。
「「「…………っ!!」」」
周囲にいた聖華学園の生徒たちが、一斉に息を呑んだ。
艶やかな銀髪のウルフカット。
長い睫毛に縁取られた美しい瞳と、左目のすぐ下にある艶っぽいホクロ。
長身で抜群のプロポーションを誇り、ただ立っているだけで周囲の視線を奪ってしまう、神々しいまでの超絶美女。
それが、如月都姫である。
午前中の部活動体験ですでに学園中の話題を独占していた彼女は、今や聖華学園の生徒たちにとって、文字通りの『女神』と化していた。
そして、その女神が。
今から自分たちの研究発表を聞くのである。
この事実が、発表者たちにとんでもない緊張をもたらしていた。
「都姫様、こちらのお席へどうぞ」
「ありがとう〜」
案内された席は、なんと講堂の最前列。
しかも、演台のほぼ真正面という特等席だった。
「おお〜。ここならスクリーンもよく見えるね」
都姫は嬉しそうに腰を下ろすと、配布された発表資料を手に取った。
そして、ページをぱらぱらとめくり始める。
その姿は、実に自然体だった。
背筋を伸ばして上品に座り、長い銀髪をさらりと肩に流しながら、細く白い指先で資料をめくる。
ただそれだけなのに、周囲の空気が妙に神聖なものへと変わっていく。
「……ねえ、見て」
「……うん」
「……都姫様、最前列にいらっしゃるわ」
「……しかも、もう資料を読んでいらっしゃる……」
「……私、今日の発表担当なんだけど」
「……頑張って」
「……無理かもしれない」
一方、舞台袖。
発表を控えた聖華学園の生徒たちは、かつてないほどの緊張に包まれていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで如月都姫様が最前列なんですか!?」
「交流会の特別ゲストだからよ! 仕方ないでしょう!」
「いや、そういう問題じゃありません! あんな超絶美女に真正面から見つめられながら発表なんて、私には無理です!」
「落ち着きなさい! 普段通りにやればいいのよ!」
「普段は女神様が見ていません!!」
正論だった。
ちなみに、発表会の運営委員たちも内心ではまったく同じことを考えていた。
しかし、当の都姫はそんな舞台裏の騒動など知る由もない。
「ふむふむ……。最初は自然科学研究部さんの発表かぁ。面白そう」
資料を読みながら、小さく微笑んでいた。
「そ、それでは……最初の発表を始めさせていただきます!」
舞台に上がったのは、自然科学研究部の女子生徒三人。
今回の研究テーマは、植物の成長と光の波長の関係についてだった。
「わ、私たちは、植物の成長における光の色の影響について、三か月間の観察実験を行いました……!」
発表者の声が、わずかに震える。
理由は明白だった。
最前列に座る、銀髪の超絶美女。
如月都姫が、じっとこちらを見ているからだ。
しかも。
(……め、めちゃくちゃ真剣に聞いてる……!!)
そう。
都姫は、ただ座っているだけではなかった。
配布された資料に目を通し、スクリーンに映し出されたグラフと照らし合わせながら、時折小さく頷いていたのである。
「へぇ……。青色の光だと、こんなに違うんだねぇ」
ぽつりと漏れた小さな感想。
それが発表者の耳に届いた瞬間。
(き、聞いてくださってるぅぅぅぅ!!)
心の中で絶叫した。
しかし、都姫の態度はあくまで真面目だった。
発表者が言葉に詰まっても、急かすことはない。
実験結果の説明が少し分かりにくくても、資料を見ながら理解しようとする。
そして、発表が終わると――。
ぱちぱちぱち。
誰よりも自然に、拍手を送った。
「すごいねぇ。三か月も観察したんだ。お疲れ様」
「…………っ!!」
発表者の女子生徒が固まった。
「そ、それでは……質疑応答に移ります。何かご質問はありますか……?」
司会の生徒がそう告げると。
すっ。
最前列から、白く美しい手が上がった。
「はーい」
「「「…………!?」」」
講堂中の視線が、一斉に都姫へ集中した。
「き、如月様! ど、どうぞ!」
都姫は資料の一ページを指差しながら、穏やかな声で尋ねた。
「ここなんだけどね。光の色ごとの成長を比較するとき、温度とか水の量は同じ条件にしてたんだよね?」
「は、はいっ! もちろんです!」
「うんうん。それでね、青色の光を当てたグループは、茎の長さが短いけど葉っぱの数は多くなってるよね」
「は、はい……!」
「だから、単純に成長が遅いっていうより、成長の仕方が変わったって考えることもできるのかなぁって。そこはどう思う?」
「…………え?」
発表者が目を瞬かせた。
都姫の質問は、決して意地悪なものではなかった。
むしろ、研究内容をきちんと理解したうえで、その先にある考察について尋ねているものだった。
「あ……! そ、それは……!」
発表者の表情が変わる。
「実は、私たちもそこが気になっていたんです! 葉の面積も測定していて、青色光のグループでは――」
そこからは、先ほどまでの緊張が嘘のようだった。
研究者としての好奇心に火がついた女子生徒は、追加資料を示しながら熱心に説明を始める。
都姫も楽しそうに耳を傾けた。
「なるほど〜。じゃあ、次は光の強さも変えてみたら、もっと面白い結果が出るかもしれないね」
「そ、それです!! 私たち、次の研究では光量の違いも調べようと思っていて!」
「わぁ、いいね。結果が出たら私も見てみたいなぁ」
にこっ。
「…………っ!!!」
発表者の女子生徒は、胸元をぎゅっと押さえた。
(わ、私たちの研究を……!)
(女神様が……!)
(次も見たいって……!!)
その瞬間、彼女の中で三か月間の苦労がすべて報われた。
「は、はいっ!! ぜひ!! ぜひ見てくださいっ!!」
声が裏返っていた。
しかし、会場からは温かな拍手が送られた。
最初の発表が終わった頃。
舞台袖では、ある異変が起きていた。
「……ねえ」
「……何?」
「……私たちの発表にも、質問してくださるかしら」
「…………」
「……質問、してほしいわね」
そう。
つい先ほどまで『都姫様に見られるなんて緊張する!』と騒いでいた発表者たちが、今度は『都姫様に質問してほしい!』という謎の競争心を燃やし始めたのである。
「私たちの研究も、絶対に興味を持っていただけるはずよ!」
「負けませんわ! 文芸部の研究発表だって素晴らしいんですから!」
「そもそも、質問していただくには内容を理解していただかなければなりません。説明をもっと分かりやすくしましょう!」
「そうね! グラフもちゃんと説明しないと!」
結果。
聖華学園の発表者たちは、これまでにないほど真剣に、自分たちの発表を見直し始めた。
もちろん、都姫本人はそんなことなどまったく知らない。
「次は何かなぁ……。あ、情報研究部さんだ」
ぱらり。
資料をめくりながら、楽しそうに次の発表を待っていた。
続く情報研究部の発表では、校内の図書館利用を便利にするための検索システムが紹介された。
「このシステムでは、書籍名だけでなく、ジャンルやキーワードからも本を探せるようにしています!」
スクリーンには、生徒たちが開発した検索画面が映し出されている。
都姫は興味深そうに頷いた。
「おお〜。便利そう」
そして質疑応答。
「はーい」
「如月様っ! どうぞ!」
「これって、例えば本のタイトルをちょっと間違えて入力しても、候補を出してくれるのかな?」
「は、はい! 一部の入力ミスには対応しています!」
「そっかぁ。じゃあ、探したい本の名前を忘れちゃった人が、内容をなんとなく入力して探せるようになったら、もっと便利かもしれないね」
「…………!」
情報研究部の生徒たちは顔を見合わせた。
「そ、それは……自然文検索のような機能でしょうか?」
「うん。例えば『宇宙のことが分かる初心者向けの本』とかね。そういう探し方ができたら、図書館にあまり行かない人も使いやすいかなぁって」
「な、なるほど……!」
「でも、今のシステムもすごく使いやすそうだよ。画面も見やすいし」
にこり。
「ありがとうございますっ!!」
情報研究部の発表者たちは、勢いよく頭を下げた。
一方、その様子を見ていた明恭学園の生徒たちは、妙に納得していた。
「……ああ、いつもの都姫ちゃんだ」
「……あいつ、興味持ったら普通に質問するからな」
「……しかも、さらっと本質を突くんだよなぁ」
「……本人はただ気になったこと聞いてるだけなんだけどね」
そう。
都姫にとって、発表者が誰なのかは関係ない。
面白いと思ったら素直に感心する。
分からないことがあれば質問する。
気になることがあれば、自分なりの考えを伝える。
そこには、相手を試したり、知識をひけらかしたりする意図など一切なかった。
ただ純粋に、相手の頑張りと研究を尊重しているだけなのだ。
だからこそ――。
その何気ない態度が、発表者たちの心に深く刺さっていた。
発表会も終盤。
最後に登壇したのは、聖華学園の生徒会が中心となって進めている地域交流プロジェクトの代表者たちだった。
地域の子供たちを対象にした学習支援や、近隣施設との交流活動について報告するという内容だ。
「私たちは、学園で学んだ知識や経験を、地域の方々にも還元できるよう活動しています」
代表の女子生徒が、落ち着いた声で説明を進める。最初こそ緊張していたものの、都姫が真剣に耳を傾けていることに気づくと、自然と背筋が伸びた。
「今後は、他校との協力も視野に入れ、活動の幅を広げていきたいと考えています」
発表が終わる。
大きな拍手が講堂に響いた。
そして質疑応答。
都姫は少し考えてから、そっと手を上げた。
「はーい。一つ聞いてもいい?」
「も、もちろんです!」
「これって、明恭学園の生徒も参加できるのかな?」
「……え?」
代表者が驚いたように目を見開く。都姫は、いつものふんわりした笑顔で続けた。
「ほら、せっかくこうして交流会で仲良くなれたし。学校が違っても、一緒にできることがあったら楽しそうだなぁって」
「…………っ!」
その言葉に、聖華学園の生徒たちがざわめいた。
「も、もちろんです! むしろ、ぜひご参加いただきたいです!」
「そっかぁ。じゃあ、機会があったら私も手伝ってみたいな」
「ぜ、ぜひ!!」
代表者が勢いよく答える。その横では、別の生徒会役員が震える手でメモを取っていた。
『如月都姫様、地域交流活動に参加の可能性あり』
『最優先検討事項』
『明恭学園との合同企画を提案』
……もはや研究発表会ではなく、学園の最重要会議である。
ちなみに都姫本人は、そんな大事になるとは一ミリも思っていなかった。
(子供たちに勉強教えるのも楽しそうだなぁ。あと、みんなでお菓子作ったりとか)
考えていることは、相変わらずのんびりしていた。
「以上をもちまして、本日の研究成果発表会を終了いたします。皆様、ご清聴ありがとうございました!」
司会の声とともに、講堂全体が大きな拍手に包まれた。都姫も両手を合わせ、ぱちぱちと拍手を送る。
「みんなすごかったねぇ。面白い発表ばっかりだった」
隣に座っていた明恭学園の女子生徒が、苦笑した。
「都姫ちゃん、結構いっぱい質問してたね」
「うん。だって、気になることがいっぱいあったんだもん」
「……あはは、都姫ちゃんらしいね」
そんな会話をしていると。
「あ、あのっ!!」
突然、聖華学園の女子生徒たちが駆け寄ってきた。先ほど発表していた自然科学研究部の生徒たちだ。
「如月様! 本日は私たちの発表を聞いてくださって、本当にありがとうございました!」
「ん? ううん、こちらこそ。面白かったよ〜」
「そ、その……! 如月様の質問のおかげで、私たちも新しい視点に気づくことができました!」
「そうなの? それならよかったぁ」
都姫が嬉しそうに微笑む。すると、後ろから情報研究部の生徒たちまで現れた。
「如月様! 私たちも、ぜひ次のシステム改良についてご意見をいただきたく……!」
「生徒会の地域交流プロジェクトも、ぜひよろしくお願いいたします!」
「文芸部の発表資料も、もしよろしければ……!」
「えっ、あ、うん。順番にね〜」
気づけば、都姫の周囲には発表者たちによる人だかりができていた。
しかし、不思議なことに。
都姫は一人ひとりの話を、きちんと聞いていた。相手が緊張して言葉に詰まれば、穏やかに待つ。質問されれば、分かる範囲で答える。感謝されれば、少し照れくさそうに笑う。その姿を見て、聖華学園の生徒たちは改めて思い知らされた。
――この人は、ただ美しいだけではない。
相手の努力をきちんと見て、真剣に向き合ってくれる。その優しさと知性こそが、如月都姫という少女の本当の魅力なのだと。
「……如月様って、本当に素敵な方ね」
「……ええ。最初は緊張で倒れるかと思ったけれど」
「……発表してよかったわ」
そんな声が、あちらこちらから聞こえてくる。
一方。当の都姫は、ようやく人だかりから解放されると、大きく伸びをした。
「ん〜っ。いっぱい頭使ったら、お腹すいちゃった」
「……都姫ちゃん、さっき家庭科部で結構食べてなかった?」
「えへへ。美味しいものは別腹だからねぇ」
にへら、と幸せそうに笑う都姫。
そのあまりにも無防備な笑顔に、近くにいた聖華学園の生徒たちが一斉に胸を押さえた。
「「「…………尊い……!!」」」
こうして、聖華学園の研究成果発表会は、例年以上の熱気と充実感の中で幕を閉じた。
後日、発表会の運営委員会がまとめたアンケートには、こんな感想が数多く寄せられたという。
『今までで一番緊張した発表会だった』
『自分の研究に、あれほど真剣に興味を持ってもらえたのが嬉しかった』
『次回はもっと良い発表をしたい』
そして、その中にひときわ目立つ意見があった。
『来年も、如月都姫様を最前列に招待してください』
……なお、この意見には発表者のほぼ全員が賛成したらしい。
一方、そんなことなど知る由もない都姫は。
「聖華学園って楽しいねぇ。また遊びに来たいな」と、どこまでも気ままに微笑んでいた。
その一言が、聖華学園の生徒たちに新たな希望と熱狂をもたらしたことは、言うまでもない。
――女神は今日も、ただ普通に過ごしているだけで、新たな伝説を作ってしまうのだった。




