表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常世現世境界録  作者: 深青 律
2章
PR
13/14

よく頑張ったね

いつもの深夜の喫茶店。

壬はそこで、一人の女性と出会う。


何気ない本の話から始まった交流。

しかし彼女の正体は、怪異を管理するPNSR境界管理局・交渉課の人間だった。


自分が「怪異」であることを知らされた壬。

さらに、自分が三年前に何と契約し、なぜ願いを叶え続けているのかを少しずつ思い出していく。


「みんなの願いを叶えたい」


それが、かつて壬自身が望んだことだった。

ーー喫茶店。深夜。1時。


いつも通りのカフェオレ。

壬「おいし。今日は散歩しなくていっかな。月の準備もできてない。ゆっくりしよ。」

喫茶店の角に置いてある本を手に取る。読みはしない。文字を眺めるだけ。なんの習慣だったか…。



ーー約300メートル。緑道。

黒スーツを身にまとった男が双眼鏡で喫茶店を見ている。

??「こちら実働課フリント。窓際の席、対象確認。Lv4。敵意不明。交渉課応答願います。」

??「こちら交渉課バイパー。交渉開始します。」


ーーカラン。



黒髪のベリーショート。ラフな白いシャツに黒いスラックス。30代半ばの女性が喫茶店へ入ってきた。


壬の目に映る。綺麗な人…。あんなおしゃれな人こんな時間に来るんだ。

本に目線が戻る。


バイパーはエスプレッソを頼んだ後、店の角の本を手に取る。

バイパー「お隣、いいですか?」

壬「お気になさらず。どうぞ。」

壬が微笑む。


バイパーも本を読み始める。数十分。心地よい沈黙が続く。


バイパー「あの…」

気まずそうに小声で声をかける。

壬「え、あ、はい。何か…」

何かまずいことしちゃったかな…。

バイパー「その作家さん。お好きなんですか?」

壬「え?」

バイパー「たまたま目に入っちゃって…」

バイパーが読んでいた本を差し出す。同じ作家だった。

壬「あ、いや、たまたま手に取っただけで…。本は…好きです。」

バイパー「あら、ごめんなさい。本好きならお仲間ですね。」

柔らかい包み込むような笑顔。どんな警戒でも解くような。

壬「文字は好きです。」

ずっとそこにあるから。それは声に出さなかった。


2度目の沈黙。

落ち着かない。久しぶりの願い以外での人との会話。話したい。けど今の自分は。…記憶すら曖昧な。


バイパー「あの。大丈夫ですか?話しかけたのご迷惑でしたか…?」

壬「そういう事じゃなくて!話すの苦手で…ソワソワしちゃって。」

恥ずかしそうに笑う。


バイパーのスマホの通知が鳴る。

バイパー「あ、ごめんなさい。」

スマホを見る。フリントからの確認の合図だ。

多感な人見知りって感じね。悪い子じゃ無さそう。

スマホを鞄にしまう。敵意無しの合図だ。


バイパー「あたしも仕事以外そんなに慣れてなくて。緊張しちゃいますよね。頭の中考えが沢山駆け巡ったりして。」

壬「分かります…」


ーー深夜3時。

バイパー「こんな時間。お隣失礼しました。お先失礼しますね。」

壬「いえ…!」

バイパーは店を出て行きスマホを見る。


"一次接触成功。外見は20代前半。敵意なし。二次接触を試みる"


報告を送りその場を去る。

フリント「撤退する。」



緊張した…。人と話しただけなのに。仕事以外は慣れないか…一緒だ。

……うちのは仕事ではないか。



ーー3日後。深夜1時。喫茶店。

カフェオレを飲みながら本を流し読みする。内容は見ない。文字を目で追うだけで心地いいんだ。


ーーカラン。


……!またあの人だ。気まずい…。本見て気付かないふり…。


バイパー「あら。この前の。」

大人の笑顔。相変わらずの包容力。絶対モテそう。

壬「あ、どうも…。」

慣れない会釈。

バイパー「本好きお仲間とまた会えるなんて。良ければまたお隣いいですか?」

壬「は、はい…!」


バイパーは注文を済ませ本を手に取り隣へ座る。

美味しそうにエスプレッソを飲む。

壬「あ、あの。OLさんなんですか…?」

ありきたりすぎる絞り出した言葉。

バイパー「あはっ。営業してます。お客様と接するお仕事。10年くらいは勤めてるかも。」

緊張して固まっている壬を見て笑みがこぼれる。

壬「10年…。」

バイパー「良かったらお名前聞いても?」

壬「あ、えと。壬って言います。」

バイパー「壬?珍しい名前。苗字ですか?」

壬「そ、そうです。あ、タメ口で大丈夫です。」

バイパー「ならお言葉に甘えて。じゃあみずちゃんって呼んでもいい?馴れ馴れしいかな。」

壬「みずちゃん……?」

キョトンと壬が固まっている。

壬「だ、大丈夫です。」


バイパー「みずちゃんは学生?」

壬「いえ、仕事…してます。」

バイパー「あら、なんのお仕事?」

エスプレッソを飲みながら淡々と聞いてくる。天気でも聞くような。

壬「カウンセラー…してます。」

カウンセラーでも大丈夫だよね。ほぼ内容変わらない…ことはないか…。

バイパー「まぁ。しっかりしてるのね。大変でしょう。」

壬「程々にです…」

苦笑いが出る。願いによっては叶える側も苦しい時がある。1番は断れないことだ。断れたら平和なまま暮らせた人もいたのだろうか。


バイパー「接客だと割と"なんでも"頼まれるでしょう?こっちは何でも屋じゃないのに。」

壬「その人のためになるか分からないものもありますね…」

バイパー「みずちゃん律儀ね。優しいのね。」


ーー優しいのね。


優しい。か。ただ自己評価が低いだけです…。肯定感がないというかなんというか。


壬「優しい…んですかね。」

壬の目が遠くを見る。ここでは無い何かを見るような。

バイパー「考え事?」

壬「あ、ごめんなさい。癖で。」

バイパー「…沢山苦労してきたのね。みずちゃん、20代でしょ?もっとはっちゃけちゃって良い年頃なのに。凄く大人びてる。余計なお世話だったらごめんなさい。」

このタイプは内側に入られると弱い。脆くすぐに崩れる。慎重に進める。


壬「友達…にもよく言われてました。精神年齢高すぎるからまともな彼氏できないんだー!って怒られて…」

薄く残る記憶。大事だったはずの友人。面影だけが脳裏に残る。


バイパー「精神年齢ねぇ。相手にも同じレベル求めると選択肢狭くなっちゃうもんね。その友達今も連絡とってるの?」


連絡…。顔すら思い出せない。曖昧な記憶だけ。


壬「…んー。多感すぎて人付き合い疲れちゃって。最近はあんまり。」

バイパー「他に連絡とってる人はいるの?」

壬「いないです…」

バイパー「それ、寂しくならない?仕事だけ人と関わってプライベートはみずちゃん1人でしょ?」

壬「寂しいですけど…。考え癖が出ちゃって。関係が続くってことはその文考えることも増えるんです。いつどんな内容の連絡が来るか分からないとか。…不意なことが苦手で。その分予測しようとするから疲れての悪循環で。」

バイパー「みずちゃんは頭も良いんだね。ただ頭が良すぎて負担になっちゃってる訳か。疲れない?しんどいでしょ。」

壬「…多少は。」


ーー多少。


この子は自己肯定感が低すぎる。自分より相手を優先する。むしろしすぎるタイプ。危険なのは周りじゃなくてこの子かもしれない。


バイパー「みずちゃん何でも受け入れて断れないタイプでしょ。」

壬「です……。」

断れない。相手の意志も"願い"も。



この子は助けるべき対象だ。


バイパー「みずちゃん。今から大事な話したいんだけど聞いてくれるかな。」

壬「え、あ、はい。」

姿勢を正す。

バイパー「これ。私の名刺。」


1枚の名刺が壬の目の前に差し出された。


ーーPNSR境界管理局。怪異交渉課。バイパー。


壬の目が見開いた。


"ここらで怪異を嗅ぎまわってる人間がいる様だ。こちらが手を出さなければ友好的らしいが気を付けられよ。"


怪異を…。うちは…怪異?


壬「え、と。」

体が氷のように固まる。何をすれば危険視されるのか。何をされるのか。自分はなんなのか。

バイパー「危害は加えない。絶対に。2回目にあった人間に言われてもだよね。けど信じて欲しい。」

壬「うち…怪異なんですか…?」


自覚がないタイプか。一番厄介なパターンだ。まずは安心材料。この子には情報だ。


バイパー「うん。このスマホ。ウェーバーって言うんだけど。観測された怪異の場所が見れるの。ここの喫茶店に黄色い丸があるでしょ。これがみずちゃん。私の仕事は、みずちゃんみたいに自我や意志がある怪異に対して安全か危険か、助けるべきかそうでないかを判断する事なの。」

壬「……。」

本を持つ手が動かない。

バイパー「みずちゃん。捕まえようとか痛いことしようとかは全くない。ここまで話した内容でどれだけ大変な思いして過ごしてきたかだんだん分かって来たの。みずちゃんは悪い子じゃない。」

バイパーは壬の手を握ろうとした。安心させるためだった。だがその手はすり抜けて机に触れた。

壬「っ……!」


すり抜け。怪異として魂が成熟してない証拠。最近怪異になったのか。おそらくここ数年。人間の頃の記憶もある。怪異の自覚もないし、巻き込まれた可能性が1番高い。


バイパー「ごめん。びっくりしたよね。みずちゃんさ、元は人間だった。違うかな。」

壬「はぁぁ……。」

小さく長いため息。ただしそれは安堵のため息だ。



安心した…?図星ならともかく。見破られて安心?


壬はほっとした顔をしている。何かから開放されたような。


バイパー「みずちゃん。ほっとするとこ?」

壬「ごめんなさい…」

バイパー「謝らないで。怒ってるわけじゃないから。」


壬「あの…」

バイパー「うん。」

壬「バイパー…さん達には、うちはどう見えてるんですか?」


嘘をつく必要はない。


バイパー「意思型怪異。元人間で何かと契約して怪異になった変異型。特定条件で代償と引替えに願いを叶える。偵察からはそう出てる。」

壬「契約…。」


ーー望みをひとつ言え。なんでも叶えてやろう。


目が見開いた。あれだ。あれから全て変わったんだ。

バイパー「思い当たるみたいだね。教えてくれるかな。」

壬「なぜかは忘れたけど、夜に散歩してて。望みをなんでもひとつ叶えるって声が聞こえて。」

バイパー「みずちゃんはなんて答えたの?」

壬「みんなの願いを叶えたい。って言いました。幻聴かと思ってた。」

バイパー「え?自分の願いじゃなく?なんで?」

壬「こんな自分の願いがかなっても周りにメリットなんかない。せめてみんなの、人のためにって。」


自分に価値が見出せなかったんだ。こんなに若い少女が。だから他者のために願いの権利を使った。自己犠牲じゃない、自己否定から来てるんだ。


バイパー「いいことはあったの?」

壬の目が潤む。

壬「いいこともあったし、悪いこともありました。」


壬の脳裏に記憶が蘇る。叶えた願いの数々。その先にある笑顔や喪失。3年間、1人で抱え込んできた。


バイパー「そりゃ両方あるよね。でもさ、みずちゃん。"いい事があって耐えられた"と"幸せ"は別物だよ。」

壬「幸せ…?」

バイパー「そう。みずちゃんにはみずちゃんなりの人生があったはず。契約なら何かしらの犠牲があったはず。人間じゃなくなった以外になにかある?」

壬「死ねません。あとは、願いは断れません。拒否するといちばん嫌な記憶がフラッシュバックします。」


重すぎる。契約だとしても一方的すぎる。みずちゃんはただの被害者だ。


バイパー「みずちゃんはさ。やらなくていいって言われたらどうしたい?辞めたい?続けたい?」

壬「正直。…分からないです。でも、やらなくちゃいけないことだから。」


義務。使命。あるいは一ー呪縛。

壬は自分の幸不幸すら分からないまま、ただ「やらなくちゃいけない」と言った。断ることを許されない存在が、自分自身の感情すら後回しにして生きている。


バイパー「やらなくちゃいけない…ね。」

壬「ら、楽にはなりたいです。けど、人の事は…見捨てられないです。」


ーー楽になれるならなりたい。


壬の声は小さく、けれど確かだった。疲れ切っている。3年間、休むことを許されず、死ぬことすら許されず、ただ願いを叶え続けてきた。それでも見捨てられない」と言う。疲弊しているのに、まだ他者を手放せない。


バイパー「なら私から1つ提案。1人で背負うのはもう辞めない?」

バイパーが微笑んだ。この子は放っておけばいつか壊れてしまうかもしれない。助けられるなら今だ。


壬「平気です。3年続けてきました。大丈夫です。やればいいだけだから。」


バイパーは一瞬だけ黙った。


自己否定が邪魔をする。何よりも厄介なもの。助けの手すら恐怖で拒んでしまう。自分の存在が邪魔や迷惑にならないか。自分が限界になろうとしている時まで相手のことを考える。


バイパー「そっか…。わかった。」


ずっと自分に言い聞かせて来たんだろう。ずっと1人で抱え込みながら。こんな子の"大丈夫"ほど信用出来ないものはない。けどここで押しても崩れないものはある。


バイパー「わかった。じゃあ定期的にここで会わない?どんな願いだったか聞かせてよ。愚痴でも何でも。」

壬「……え?ここで、ですか?」

バイパー「そう。放っておけないのが本音。どんな願いがあるのか聞きたいのも本音。これは個人的にね。」

唇に指を当て微笑む。


壬「で、でもバイパーさん他にもやることあるんじゃ…」

バイパー「そうじゃないでしょ。私からの提案。私がそうしたいの。」

壬「……。分かりました…。」

バイパー「決まりっ。いつがいい?」

壬「じゃ、じゃあ。三日月と満月。それぞれの次の日の夜はどうですか?願いを聞くのが三日月と満月の日なので…」

バイパー「良いタイミングだ。じゃあこれからもよろしくね。みずちゃん。」

壬「はい。」


バイパー「あと1つ。体質とか自分のことでなにか気になったことがあったら言ってね。助けになれるから。……今までよく頑張ったね。」


壬の瞳から涙がこぼれた。3年。誰にも言えず代償に耐えながらただひたすら願いを叶え続けた。それを認知して貰えた。よく頑張ったと言って貰えた。それだけで十分だった。心の檻が少しずつ崩れていく。


バイパー「今日は朝までゆっくりしよっかぁ。お姉さんの奢り。」

暖かい感情が沢山詰まった声。表情。

壬「…はい。ありがとうございます。」


二人の時間は朝までゆっくり過ぎていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ