第9話:ただの裁縫魔法と、国宝級のドレス
エルフたち三百人が村に移住してきて、数日が経った。
彼らはとても勤勉で、俺が作った巨大な畑の管理や、森での採集を率先してこなしてくれている。おかげで俺は、本当に何もしなくても生きていける究極のニート生活を満喫していた。
ただ、一つだけ気になることがあった。
「ルーク様! 今日もトマトが美味しそうに育っていますよ!」
籠いっぱいの野菜を抱えて、シルフィが笑顔で走ってくる。
彼女の笑顔は最高に可愛いのだが、着ている服が、俺と出会った時に着ていたボロボロのドレス(一応、俺の回復魔法で修復はしたが、森での作業でまた土埃にまみれている)のままなのだ。
他のエルフたちも同様で、蜘蛛から逃げる時に着の身着のままだったため、服装がひどく貧相だった。
「シルフィ。みんな、着替えとかはどうしてるんだ?」
「えっと……川で洗濯をして、乾くまでは葉っぱで体を隠したりして……」
自分の発言に恥ずかしくなったのか、シルフィが顔を真っ赤にして口を手で覆う。
なるほど。衣食住のうち、「食」と「住」は解決したが、「衣」が足りていないのか。
「よし、みんなの服を作るか」
「ふ、服を作るのですか? でも、布も糸もありませんし……」
「大丈夫だ。ちょっと素材を出してくる」
俺は家の裏庭へ回り、『土倉解放』で魔獣の素材を保管している倉庫を開けた。
この数日で『虫除け結界』に引っかかって黒焦げになった魔獣は、イノシシだけでなく、巨大な蜘蛛や、空を飛ぶ怪鳥など様々だ。俺はそれらの毛皮や、蜘蛛の糸などを引っ張り出した。
「これを、こうして……『自動縫製』」
俺が指先から魔力の糸を放つと、魔獣の毛皮や糸が空中に浮かび上がり、目にも留まらぬ速さで裁断され、縫い合わされていく。
宮廷時代、破れた自分のローブを直すために使っていた地味な生活魔法だが、今の俺の魔力で使えば、三百人分の服など数分で完成する。
「できたできた。シルフィ、とりあえずこれを着てみてくれ」
俺は空中で完成したばかりの、純白のワンピースをシルフィに手渡した。
「わぁ……っ! なんて滑らかな手触り……! ルーク様、ありがとうございます!」
シルフィは嬉しそうにワンピースを受け取り、その場でクルリと回って着替えた(一瞬で着替えられる魔法も付与しておいた)。
銀糸のように輝く蜘蛛の糸で織られたワンピースは、彼女の透き通るような肌にとてもよく似合っていた。
「うん、似合ってるよ。サイズもピッタリみたいだな」
「えへへ!」
シルフィが笑う横で、様子を見に来ていた長老が、またしても目を見開き、口をパクパクさせていた。
「ル、ルーク様……。その美しい御召し物は、まさか……『天の羽衣』ではございませぬか!?」
「天の羽衣? いや、ただの服だけど」
「ただの服なわけがありませんっ! それは、伝説の神獣『天衣魔蛛』の糸で編まれた、絶対に刃を通さず、あらゆる魔法を弾くという国宝級の防具……! それを、村人全員分も作ってくださるなど……っ!」
またしても、エルフたちが一斉に地面にひれ伏し、祈りを捧げ始めた。
どうやら、虫除け結界に引っかかっていた蜘蛛は、ただの虫ではなかったらしい。
「まあ、丈夫なら野良仕事にちょうどいいだろ」
俺がそう言うと、エルフたちは「野良仕事に国宝を……っ!?」とさらに震え上がっていた。
ともかく、これでみんな綺麗な服を着て生活できる。
俺は出来立ての服を配りながら、平和な村の光景に目を細めた。
◇◇◇
その頃。王都の城門前。
「開けろ!! 私だ、レオンだ!!」
泥と血にまみれ、兜も失ったレオン王子が、必死に城門を叩いていた。
彼の背後には、ボロボロになった数名の騎士しか残っていない。ルークを探しに出た精鋭部隊のほとんどは、王都周辺の魔獣の群れに飲み込まれてしまっていた。
ギィィッ、と重たい門が開く。
中に入ったレオンを待っていたのは、冷酷な目をした国王と、重武装の近衛兵たちだった。
「ち、父上……! ルークは見つかりませんでした! しかし、恐るべき魔獣の群れが……すぐに防衛の指示を……!」
「黙れ」
国王の低く冷たい声が、レオンの言葉を遮った。
「貴様の無能な報告など聞きたくない。お前がルークを追放したせいで、我が国の国土はすでに三分の一が魔獣に奪われたのだぞ」
「そ、それは……っ!」
「お前はもう、次期国王ではない。ただの罪人だ」
国王が顎をしゃくると、近衛兵たちが一斉にレオンを取り囲み、その腕を乱暴に拘束した。
「は、離せ! 私は第一王子だぞ!! 父上、どうかお許しを……っ!!」
「地下牢へぶち込め。二度と私に顔を見せるな」
レオンの惨めな絶叫が、王城の廊下に虚しく響き渡る。
かつてルークを見下し、自分の方が優秀だと驕り高ぶっていた王子は、己の無力さを思い知らされた挙句、すべてを失って暗く冷たい地下牢へと落とされた。
そこは奇しくも、ルークが十年間、彼らのために魔力を注ぎ続けていたあの部屋のすぐ隣だった。




