第8話:神のお風呂と、300人分の朝ごはん
エルフたちを村に転移させてから、一夜が明けた。
朝の澄んだ空気を吸いながら庭に出ると、すでにエルフたちが広場に集まり、何やらざわめいていた。
「ル、ルーク様ぁぁぁっ!」
俺の姿を見つけるなり、長老が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら駆け寄ってきた。
「長老さん、おはよう。新しい家はどうだった? 寒かったりしなかったか?」
「と、とんでもございません! あのように温かく、フカフカの寝床で眠れたのは、生まれて初めてでございます!」
長老は俺の足元にひれ伏し、大声で泣き叫んだ。
「それに、あの『お風呂』という泉! 捻るだけで温かい聖水が無限に湧き出て、長年苦しんでいた私の腰痛が、一晩で綺麗さっぱり治ってしまいましたぞ!」
「ああ、魔力給湯器に少しだけ回復魔法の術式を混ぜておいたからな。気に入ってくれて良かった」
「か、回復の術式が組み込まれた魔導具が、各家庭に……っ!? ひぃぃ……ルーク様は、我らをどれほど甘やかしてくださるおつもりですか……っ!」
長老だけでなく、周囲のエルフたちも「お肌がツルツルになりました!」「神の泉だわ!」と拝み倒してくる。
……喜んでもらえたのは嬉しいが、朝からこのテンションは少し照れくさいな。
「ルーク様っ!」
そこへ、シルフィがパタパタと走ってきた。
彼女も朝風呂に入ったのか、銀色の髪が少し濡れていて、ほんのりと石鹸のいい香りがする。
「おはよう、シルフィ」
「はいっ! ルーク様、おはようございます! えっと……皆様が、ルーク様のお手伝いをしたいと仰っているのですが……」
シルフィが周囲を見渡すと、エルフたちが「なんでもやります!」「このご恩は労働で返させてください!」と目を輝かせていた。
「手伝いか。うーん……そうだな。じゃあ、みんなで朝ごはんにしようか」
「あ、朝ごはんですか? で、でも、私たちは三百人もいます。さすがに、それだけの食料をルーク様に用意していただくわけには……」
「大丈夫だ。昨日のうちに、ちょっと多めに野菜を作っておいたから」
俺は広場の中央に向かって歩き、パチンと指を鳴らした。
「『土倉解放』」
ズズズンッ! という音と共に、地面から巨大な土の倉庫がせり上がってきた。
その扉を開けると、昨日『成長促進』で大量に育てておいたスイカサイズの巨大キャベツや、特大のトマト、そして結界で黒焦げになったイノシシ肉の塊が山のように積まれている。
「ひっ!? こ、こんな大量の神話級の霊草を、一晩で……!?」
「すごい……お肉からも、とんでもない生命力を感じます……!」
「さてと、三百人分を一気に作るぞ。『熱風調理』」
俺は魔力で空中に巨大な炎の渦を作り出し、そこに切り刻んだ野菜と肉を放り込んだ。
空中で食材が踊り、絶妙な火加減で炒められていく。味付けは、魔力で生成した特製の塩とスパイスだ。
数分後。
「はい、完成。ルーク特製・巨大野菜と魔獣肉のワイルド炒めだ。お皿を持って並んでくれ」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」」」
一口食べた瞬間、広場にエルフたちの歓喜の叫びがこだました。
「な、なんて美味しいの!? お肉が口の中で溶けるわ!」
「力が……体の底から魔力が溢れ出してくるぞ! これが、神の食事……っ!」
三百人のエルフたちが、我先にとおかわりを求め、涙を流しながら料理を平らげていく。
シルフィも、俺の隣で幸せそうに頬を緩ませていた。
「ふふっ。皆様、すっかりルーク様の胃袋を掴まれてしまいましたね」
「大げさだな。ただの炒め物だよ」
青空の下、大勢の笑い声に包まれながら食べる朝ごはんは、宮廷でのどんな豪華な食事よりも美味しく感じられた。
◇◇◇
――その頃。王都周辺の荒野。
「クソッ! なぜこんな所に、オーガの群れがいるのだ!」
レオン王子は、泥にまみれながら剣を振るっていた。
国王の命令により、ルークを連れ戻すために王都を出発した王子と精鋭騎士団だったが、その道のりは地獄だった。
ルークが張っていた結界が消滅したことで、王都周辺は完全に魔獣のテリトリーと化していたのだ。
「殿下! もう持ちません! 騎士の半数が負傷しております!」
「ええい、退くな! ルークを見つけ出さねば、父上に殺される!」
焦燥と恐怖で、レオンの顔は醜く歪んでいた。
安全な王城の奥深くで威張っていた彼にとって、命を削るような本物の戦闘など経験したことがなかった。
(ルークの奴め……! まさか、このような化け物どもがウヨウヨいる場所に一人で住んでいるというのか!?)
レオンは、初めて自分とルークとの『絶望的なまでの実力差』を悟り始めていた。
だが、プライドが高い彼には、それを認めることができない。
「殿下ぁっ! 後ろから別の群れが来ます! このままでは全滅です!!」
「ひぃっ!? 退け! 一旦王都へ退却だ!!」
結局、レオンたちはルークの足取りを掴むどころか、王都のすぐ外で魔獣にボロボロにされ、惨めに逃げ帰るしかなかった。
彼らがルークのいる『安全で豊かな神の村』に辿り着ける日は、永遠に来ないのかもしれない。




