第10話:神のスイーツと、忍び寄る巨大な影
エルフたちに新しい服を配ってから、さらに数日が穏やかに過ぎていった。
村の生活基盤は、俺の魔法のおかげで完全に整った。水も食料も尽きることはなく、家は快適で、虫除け結界のおかげで安全も保障されている。
「ルーク様。今日もお天気が良くて、気持ちいいですね」
家のテラスで、シルフィが幸せそうに目を細めていた。
彼女は新しい純白のワンピースを着て、俺の隣でニコニコと笑っている。
「そうだな。みんなの仕事もひと段落したみたいだし、今日は少し休むか」
広場の方を見ると、エルフたちが日向ぼっこをしたり、子どもたちが走り回ったりして遊んでいる。
衣食住が満たされると、次に欲しくなるのは『娯楽』や『嗜好品』だ。
「よし、シルフィ。みんなを集めてくれないか。お茶会をしよう」
「お茶会、ですか?」
「ああ。甘いものを食べて、のんびりしよう」
俺がそう言うと、シルフィはパッと顔を輝かせて広場へ走っていった。
エルフたちは「神の御使い様からのお呼び出しだ!」と、すぐさまテラスの前に整列した。相変わらず統率が取れすぎている。
「そんなに畏まらなくていいよ。今日は、みんなに甘いものを振る舞おうと思ってね」
俺はテラスのテーブルに手をかざした。
事前にしまっておいた小麦粉、卵、砂糖(魔力で精製したもの)、そして大量のイチゴサイズの真っ赤な果実を取り出す。
「『自動調理』。からの、『冷却』」
空中で食材が混ざり合い、フワフワのスポンジケーキが焼き上がる。
そこに、魔力で泡立てた純白の生クリームと、宝石のように輝く赤い果実をトッピングしていく。
数秒で、巨大な『特製ショートケーキ』と、芳醇な香りのする紅茶が三百人分完成した。
「さあ、食べてみてくれ。俺の自信作だぞ」
俺が切り分けたケーキを配ると、エルフたちは恐る恐るそれを口に運んだ。
次の瞬間。
「「「…………っっ!!!!」」」
三百人のエルフが、全員同時に目を見開き、そして――バタバタと地面に倒れ込んだ。
「えっ!? お、おい、どうした!?」
毒でも入っていたかと焦る俺の横で、シルフィも一口食べたまま、両手で頬を押さえてプルプルと震えていた。
「ル、ルーク様……っ。甘い……ふわふわして、お口の中で一瞬で溶けて……っ」
シルフィの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「こんなに美味しいもの、エルフの長い歴史の中でも食べたことがありません……! あぁ、私の魂が、天に昇っていきそうです……!」
「……気絶してるやつらも、死んでるわけじゃなくて昇天しかけてるだけか。びっくりさせないでくれよ」
どうやら、自然の果実の甘みしか知らなかったエルフたちにとって、極上の砂糖とクリームを使ったショートケーキは、脳を直接殴られるような衝撃だったらしい。
「長老様! 長老様が息をしておりません!」
「大丈夫だ、ただの気絶だ。『蘇生回復』」
気絶した長老に回復魔法をかけると、「はっ!? ワシは今、精霊の園でお花畑を見て……!」とむくりと起き上がった。
いくらなんでもリアクションが大きすぎるが、まあ、喜んでもらえたなら何よりだ。
「紅茶もあるから、ゆっくり食べてくれよ」
俺は自分の分のケーキをフォークで切り分け、のんびりと紅茶を啜った。
テラスから見渡す村の風景は、本当に平和そのものだ。
――ズシン。
「ん?」
ふと、ティーカップの紅茶の水面が揺れた。
――ズシン。ズシン。
微かな地鳴り。
それは、遠く離れた深い森の奥から響いてくるようだった。
「ル、ルーク様……っ! 森の方から、恐ろしい魔力の気配が……!」
ケーキの感動から立ち直ったシルフィが、顔を青ざめさせて森の方を指差した。
他のエルフたちも、地鳴りの音に気づいて身を寄せ合っている。
俺も森の方へ視線を向けた。
確かに、先日駆除した『毒蜘蛛』の群れなど比較にならないほど、巨大で濃密な魔力の塊が、一直線にこちらへ向かってきている。
「なんだろうな。山よりデカい猪でも来るのか?」
「い、猪どころではありません! あの気配、もしかして……伝説に語られる『厄災の魔竜』では……っ!?」
「魔竜? へえ、そんなのがいるのか」
俺は最後の一口をパクッと食べ終え、紅茶で喉を潤した。
王都の結界を維持していた頃の『ストレス』に比べれば、魔竜の一匹や二匹、どうということはない。
「まあ、結界を強化しておけば大丈夫だろ。シルフィ、ケーキのお代わりいるか?」
「ルーク様っ!? ケーキどころじゃありませんよぉっ!」
平和なスローライフ村に、新たなる『招かれざる客』が迫っていた。
だが、俺の心は驚くほど穏やかだった。
◇◇◇
その頃。王都、宮廷の地下牢。
「出してくれ……! 私は、私は第一王子だぞ……っ!!」
レオンは、鉄格子を血が滲むほど叩きながら絶叫していた。
誰も答えない。食事も水も与えられず、ただ冷たい石の床の上で、自分の無力さを噛み締めるだけの時間。
「ルーク……ルーク……! 貴様さえ、貴様さえ……っ!」
かつて自分が「無能」と見下していた青年の名を、レオンは呪詛のように呟き続けた。
だが、その声もやがて力なく途絶え、王都の地下の闇へと消えていった。




