第5話:虫除け結界と、最高のお風呂
巨大なトマトとキャベツを収穫した後。
俺とシルフィは、家の設備を整えることにした。
「ルーク様。先ほどのお野菜、キッチンに運んでおきました!」
「ありがとう、シルフィ。でも、この家にはまだ水回りが通ってないんだよな」
土魔法で作った家なので、形は立派な洋館だが、水道やガスといったインフラはない。
宮廷魔術師時代は、水汲みから火起こしまで全部下っ端の仕事だったが……今は俺一人だ(シルフィは手伝うと言ってくれているが、重労働はさせたくない)。
「よし、ちょっと水路を引いてくるか」
「水路、ですか? 近くに川はありますが、少し距離が……」
「大丈夫だ。『水脈探査』……あ、地下に綺麗な水脈があるな」
俺は庭の隅に立ち、地面に向けて指を指した。
「『湧水』」
ゴボァァァァッ!!
地面が割れ、透き通った水が間欠泉のように数十メートルの高さまで噴き上がった。
あまりの水量に、あっという間に庭の端に巨大な池ができあがる。
「……また出力調整を間違えたか。まあいいや、ついでに『熱交換』」
湧き水の一部を適温に温め、土魔法で作った配管を通して、家の中のバスルームへと繋ぐ。
これで、いつでも温かいお風呂に入れるようになった。
「よし。シルフィ、一番風呂に入っていいぞ。服も汚れてるだろ?」
「えっ!? ル、ルーク様が神の奇跡で生み出した『聖なる泉』に、私のような者が入ってもよろしいのですか!?」
「聖なる泉っていうか、ただの地下水だけど。ほら、タオル」
俺が作ったバスタオルを渡し、彼女をバスルームへ押し込む。
しばらくすると、「ふぁぁ……極楽ですぅ……」という気の抜けた声が聞こえてきた。
「さて、風呂上がりの準備でもしておくか」
俺は庭に椅子を出し、のんびりと空を眺める。
森の奥から、凶暴そうな魔獣がこちらに向かって突進してくるのが見えたが――。
バチィッ!
敷地の境界線に張っておいた『虫除けの結界』に触れた瞬間、魔獣は黒焦げになって消し飛んだ。
王都を覆っていた絶対防壁を一人で張っていた俺にとって、この家くらいの範囲の結界なら、息をするように無意識で張れるのだ。
もちろん、蚊やハエだけでなく、害獣も完璧にシャットアウトしてくれる。
「今日の晩飯は、あのイノシシ肉にするか」
俺は黒焦げになった肉を回収しに向かった。
◇◇◇
「ルーク様……本当に、私なんかがここにいてよろしいのでしょうか?」
夜。
お風呂でさっぱりしたシルフィが、申し訳なさそうに俺を見つめていた。
俺が作ったイノシシ肉のステーキと、巨大トマトのサラダを平らげた後だ。
「どうした急に。飯がマズかったか?」
「とんでもありません! ルーク様のお料理は、世界一……いえ、宇宙一美味しいです! ただ……」
シルフィは伏し目がちに言う。
「私、ルーク様に助けていただいてばかりで……何もお返しができていません。私みたいな役立たず、迷惑じゃないかと……」
その言葉を聞いて、俺は少し前の自分を思い出した。
宮廷で、『役立たず』と罵られ、居場所を失ったあの日の自分を。
「……シルフィ」
俺は、彼女の頭にポンと手を乗せた。
「俺は、君がいてくれて嬉しいよ」
「え……?」
「一人で食べる飯より、君が『美味しい』って笑ってくれる飯の方がずっと美味い。それだけで、俺には十分すぎるお返しだよ」
「ル、ルーク様……っ」
シルフィの大粒の涙が、ポロポロとこぼれ落ちた。
彼女は俺の手にすり寄り、愛おしそうに目を閉じる。
「私……ずっと、ずっとお側にいます。ルーク様が嫌だと言っても、絶対にしがみついて生きていきますから……!」
その温かい涙を見て、俺は確信した。
俺はもう、誰かのために無理をして生きる必要はない。
ここが、俺の本当の居場所なのだと。
◇◇◇
――同じ頃。王都。
「ぎゃああああああああっ!!」
「逃げろ! オークの群れだ!!」
炎上する街並み。
結界が完全に機能不全に陥った王都は、無数の魔獣に蹂躙されていた。
「殿下! お願いです、私を連れて逃げて……っ!」
宮廷のバルコニーで、アリアがレオン王子に泣きすがっていた。
しかし王子は、彼女の手を冷酷に振り払う。
「触るな! 結界一つまともに張れぬ無能女が! お前のせいで、私の国が……っ!」
「ち、違いますわ! あれはルークが……っ!」
「ええい、五月蝿い! 近衛兵、この女を囮にして突破口を開け!」
「ひっ……!? で、殿下……嘘、ですよね……?」
アリアは絶望に顔を歪ませ、その場に崩れ落ちた。
自分を愛してくれていると思っていた王子は、あっさりと自分を見捨てたのだ。
迫り来る魔獣の咆哮を聞きながら、アリアの脳裏に浮かんだのは、ただ一人。
かつて自分が「陰気でつまらない」と切り捨てた、あの温かく優しい青年の顔だけだった。
「ルーク……ごめんなさい……助けて、ルークぅぅぅっ……!!」
彼女の悲痛な叫びは、誰にも届くことなく、魔獣の咆哮にかき消されていった。




