第3話:エルフの少女と、崩れゆく王都
更地に豪邸を建ててから、数日が経った。
俺はふかふかのベッドで昼まで眠り、気が向いた時に起きるという、宮廷時代には考えられないほど堕落した(そして最高な)生活を送っていた。
「そろそろ、保存食じゃなくて新鮮な食材が欲しいな」
俺は伸びをして、家の外に出た。
更地の先には、まだ手付かずの深い森が広がっている。果物か、食べられそうな野草でも探してみよう。
森を歩き始めて数十分。
草むらの中から、微かなうめき声が聞こえた。
「……ん?」
近づいてみると、そこには銀色の長い髪を持つ少女が倒れていた。
尖った耳。透き通るような白い肌。ハイエルフだ。
だが、彼女の美しいドレスはボロボロに引き裂かれ、肩口からはドクドクと赤黒い血が流れていた。毒を持つ魔獣にでも襲われたのだろう。
「うぅ……あぁ……」
「おい、大丈夫か!?」
俺は慌てて駆け寄り、彼女の肩に手を当てた。
かなり衰弱している。こういう重傷を治すのは少し時間がかか――。
「あ、そうか。もう魔力を絞らなくていいんだった」
俺は息を吸い込み、手のひらに魔力を集めた。
彼女の全身を包み込むように、ふわりと温かい光を放つ。
「大治癒」
その瞬間、ぱぁぁぁっ! と辺り一面が神々しい光に包まれた。
「……えっ?」
光が収まると、少女の傷は完全に塞がっていた。
それどころか、ボロボロだったドレスまで新品同様に修復され、彼女の肌は真珠のように艶やかな輝きを取り戻している。
「……ん……あれ? 私、たしか毒狼に噛まれて……」
少女がゆっくりと目を開けた。
新緑のような美しい瞳が、俺を捉える。
「あ、あの……貴方様が、私を助けてくださったのですか?」
「ああ。たまたま通りかかっただけだけど。立てるか?」
俺が手を差し出すと、彼女は恐る恐るその手を取った。
そして、俺の顔をマジマジと見つめ、突然ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「な、なんて温かく、澄み切った魔力……! まるで、大地の女神様のような……っ!」
「え? いや、俺はただの人間だけど」
「いいえ! 私には分かります! 貴方様は、この森を、いえ、世界を救うために降臨された神の御使い様に違いありません!」
彼女――シルフィは、俺の前に跪き、祈るように手を組んだ。
「私を救っていただいたこの命、すべて貴方様に捧げます! どうか、このシルフィを、貴方様の側にお仕えさせてくださいませ!」
「いや、そんな大げさな……。とりあえず、腹減ってないか? 温かいスープでも作ってやるよ」
「っ! 神の御使い様の手料理……!? あぁ、私はなんて幸せ者なのでしょう……!」
出会って三分。
なぜか俺は、絶世の美少女エルフから狂信的なまでに崇拝されることになってしまった。
◇◇◇
その頃。
王都の宮廷では、異変が起き始めていた。
「ねえ、最近お肌の調子が悪くないかしら……?」
鏡を見つめながら、アリアが不満げに呟く。
最近、化粧のノリが極端に悪いのだ。肌がカサカサに乾燥し、髪の潤いも失われている。
「気のせいだろう。それよりアリア、騎士団から報告が来ていてな」
レオン王子が、眉間に皺を寄せて書類を眺めていた。
「王都の周辺で、ゴブリンなどの低級魔物が頻繁に出没しているらしい。おかげで騎士団が駆り出され、不満が溜まっているそうだ」
「え? でも、王都には絶対の防衛結界が張られているはずですわよね?」
「ああ。魔導具の数値は正常だ。だが……どうも最近、結界の内側にまで冷たい風が吹き込んでくるような気がしてな」
二人は顔を見合わせた。
彼らは知る由もなかった。
ルークが張っていた結界は、魔物の侵入を防ぐだけでなく、王都内の『気温や湿度』までも最適に保つ、超高精度の環境制御機能まで備えていたということを。
そして、二人が引き継いだ「ただ魔力を注ぐだけ」の結界は、すでに魔物の侵入を許すほどに脆く、穴だらけになっているという事実を。
「……まあ、たかがゴブリン数匹ですわ。ルークの残した不具合でも出ているのでしょう。すぐに私が直してみせますわ」
アリアは余裕の笑みを浮かべた。
しかし、彼女がその過ちに気づき、後悔の涙を流すのは、もう間もなくのことだった。




