第2話:ただの『お掃除魔法』で、岩山が消し飛んだ件
王都を離れ、馬車に揺られること数日。
俺は、大陸の最果てにある辺境の森に到着していた。
ここは魔獣が多く住み着く危険地帯と言われているが、だからこそ人が寄り付かず、静かに暮らすには最適だ。
「さてと。今日からここが俺の家か」
目の前には、長年放置されていたボロボロの木こり小屋がある。
屋根は抜け落ち、壁は隙間だらけ。おまけに周囲は鬱蒼とした森と、日差しを遮る巨大な岩山に囲まれていて、とてもじゃないが人が住める環境ではない。
「まずは掃除と、家の修繕だな」
俺は袖を捲り上げ、軽く息を吐いた。
宮廷にいた頃は、常に魔力の九割以上を『王都の防衛結界』に注ぎ込んでいたため、他の魔法を使う時はひどく息苦しかった。
だが今は、不思議なほど体が軽い。
「まずは、邪魔な岩山と枯れ木をどかして……っと。『風刃』」
俺は、庭木の枝を払う時に使う、初級の生活魔法を放った。
――ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
「えっ」
凄まじい轟音と共に、突風が吹き荒れた。
いや、突風なんて生易しいものではない。まるで巨大な竜巻が横薙ぎに発生したような衝撃だった。
土煙が晴れた後、俺は自分の目を疑った。
「……山が、消えてる?」
先ほどまで日差しを遮っていた巨大な岩山が、跡形もなく消し飛んでいた。
それどころか、周囲数キロにわたって鬱蒼としていた森の木々が綺麗に伐採され、広大な更地が出来上がっている。
「なんだこれ。いくらなんでも威力が……」
そこで俺は、ハッと気づいた。
――もしかして、俺はこれまで、無意識のうちに自分の魔力出力を極限まで抑え込んでいたのか? これだけの威力だ。そうしなければ、王都の結界のバランスが崩れてしまう。
それに、アリアや王子からのストレスが消え去ったことで、今は魔力回路の巡りが劇的に良くなっているのかもしれない。
「なるほど。本来の俺の魔力って、こんなにあったのか……」
宮廷では「出力が低い無能」と罵られていたが、どうやらとんでもない勘違いをしていたようだ。
「まあ、いっか。開拓の手間が省けたし」
俺は深く考えるのをやめた。もう俺は宮廷魔術師じゃない。魔力が強かろうが弱かろうが、スローライフを送る上では『ちょっと便利』なだけだ。
「よし、次は家の修繕だな。『土壁』」
これまた初級の土魔法を使った瞬間。
ズズズズズッ!!
大地が鳴動し、更地の中央に、白亜の美しい洋館が文字通り『生えて』きた。
ボロ小屋を修繕するつもりが、魔力過多で王族の別荘のような豪邸が錬成されてしまったらしい。
「……やりすぎたな。まあ、大は小を兼ねるって言うし」
俺は立派な玄関の扉を開け、ふかふかのソファ(これも土魔法の応用で作った)に深く腰を下ろした。
「はぁ〜……最高だ」
誰にも文句を言われない。
徹夜もしなくていい。
ただ、自分のためだけに魔法を使って、自分のためだけに生きる。
俺は初めて、心からの自由と安らぎを感じていた。
◇◇◇
一方その頃。王都、宮廷の執務室。
「ふふっ、ルークの奴め。今頃、田舎で惨めに泣いているだろうな」
第一王子レオンは、最高級のワイングラスを傾けながら上機嫌に笑っていた。
「ええ。あんな陰気な男、早く追い出すべきでしたわ。これからは殿下と私で、この王都を完璧に守ってみせましょう」
「結界の魔力充填など、我々が少し本気を出せば余裕だからな。……む?」
その時、王子の手元にある『結界管理の魔導具』が、微かにピキッと音を立てた。
水晶の表面に、髪の毛ほどの細いヒビが入ったのだ。
「あら、どうしましたの殿下?」
「いや、なんでもない。少し魔導具が古くなっているようだな。後で新品と交換させておこう」
「そうですね。ルークのお下がりなんて不吉ですもの」
二人は笑い合い、再びグラスを合わせた。
彼らは全く気づいていなかった。
その『ヒビ』が、王都を覆う絶対防壁崩壊の、最初のサインであることに。
そして、数日後には王都全体がパニックに陥り、自分たちが地獄の底へと突き落とされるという未来に。




