第19話:神のパンケーキと、蠢く影
古代のロストテクノロジーである『全自動洗濯機』を配ってから、村の女性陣の笑顔がより一層輝くようになった。
重労働だった川での洗濯から解放され、彼女たちは空いた時間で刺繍をしたり、俺が作った図書館カフェで読書を楽しんだりしている。
「ルーク様。皆様、次は『甘いもの』の種類をもっと増やしてほしいと仰っていますよ」
カフェのカウンターで、シルフィが楽しそうに報告してくれる。
彼女は最近、俺から教わった紅茶の淹れ方をマスターし、今では立派な看板店員だ。
「甘いものか。ショートケーキはもう定番になったし、次はもっと手軽に食べられるものがいいな」
俺はカウンターの奥の厨房に立ち、イメージを膨らませた。
卵、牛乳、小麦粉。これらも村の豊穣な大地で育った最高級品だ。
「よし、『極厚ふわとろパンケーキ』にするか」
俺は魔力でボウルの中の生地を、雲のようにフワフワに泡立てた。
そのまま、これまた魔力で一定の温度(160度)に保った鉄板に落とす。
じゅわぁ……という心地よい音と共に、甘い香りがカフェ中に広がった。
焼き上がったパンケーキは、厚さが五センチ以上あり、お皿を揺らすとプルプルと震えるほど柔らかい。
「仕上げに、昨日作った『メイプルシロップ』と、冷たいアイスクリームを添えて……はい、完成だ」
「わぁぁ……っ! なんて幸せな光景……。まるで雲のようです!」
シルフィがうっとりとパンケーキを見つめる。
さっそく常連のエルフたちに提供すると、またしてもカフェのあちこちで「あふぅっ……」「溶ける、魂が溶けていく……」という恍惚とした溜息が漏れた。
温かいパンケーキと、冷たいアイス。その温度差が生み出す至福のハーモニー。
「……平和だなぁ」
俺は店内の賑わいを眺めながら、自分用のパンケーキを口に運んだ。
執着を捨てた先にある、この『美味しい日常』。
これさえあれば、他に何もいらないと本気で思える。
◇◇◇
――だが。
その『平和』を脅かす影は、確実に近づいていた。
旧王国の王都から遠く離れた、国境付近の隠れ里。
そこには、魔獣の襲撃から命からがら逃げ延びた、旧王国の貴族や魔術師の残党たちが潜んでいた。
「……間違いないのだな? 辺境の森に、厄災の竜を従え、国を一つ建てるほどの魔力を持つ青年がいるというのは」
薄暗い部屋で、一人の初老の男が尋ねた。
かつて宮廷魔術師団の副団長を務め、ルークを無能と見下していた男だ。
「はっ。ルミナス王国の姫騎士が、その青年に臣従の礼をとったとの噂も。……その青年の名は、『ルーク』。髪の色や特徴も、あの男と一致します」
「……何だと?」
副団長は、震える手で机を叩いた。
「あの、ただの結界維持装置だと思っていた男が、そこまでの力を隠し持っていたというのか!? 奴さえいれば……奴を捕らえ、再びあの防壁を張らせれば、我が王国は再興できる!」
「ですが、まともに戦っては……」
「フン。あのようなお人好しの男、やり方はいくらでもある。……仲間にエルフを囲っているそうではないか?」
男の瞳に、醜い野心が宿る。
「エルフを人質に取れば、奴に首輪を嵌められるだろう。……我が国を崩壊させた責任、その力をもって償わせてやる」
ルークが捨て去ったはずの『過去の亡霊』たちが、彼が築き上げた平和な村に牙を剥こうとしていた。




