第17話:大国の最高級茶葉と、森の図書館カフェ
フローラ王女たちがルミナス王国へ帰還してから、一週間後のこと。
村の境界に張ってある『虫除け結界』の外に、数台の立派な馬車が到着した。
「ルーク様! ルミナス王国から、お約束のお品物をお持ちいたしました!」
馬車から降りてきたのは、フローラ姫の側近の騎士と、いかにも身なりの良いふくよかな商人だった。
「おお、わざわざ遠くまでご苦労様。早いな」
「当然でございます! フローラ様より、『国運を賭けた最重要任務』と仰せつかっておりますゆえ!」
騎士が胸を張って答えると、隣にいた商人が、滝のような冷や汗を流しながら俺の前に進み出た。
「お、お初にお目にかかります! ルミナス王国筆頭御用達、ゴールド商会の会長を務めております、ゴルドンと申します……っ!」
商人のゴルドンは、まるで処刑台にでも上がるかのようにガクガクと震えている。
「そんなに緊張しなくていいよ。ただの物々交換なんだから。で、品物は?」
「は、はいっ! フローラ殿下のご命令により、我が国の王立図書館から厳選した書物一万冊と……っ! 国内最高級とされる『太陽の茶葉』を、馬車三台分お持ちいたしました!」
ゴルドンが合図すると、護衛の騎士たちが馬車から次々と木箱を下ろしていく。
中には、真新しい羊皮紙の匂いがする分厚い本や、素晴らしい香りを放つ茶葉がぎっしりと詰まっていた。
「すごいな。これだけあれば、一生退屈しないぞ」
俺は満足して頷き、家の裏手から『対価』を持ってくることにした。
「えっと、キャベツとトマトを何個かと……あとは、ワイバーンの牙と鱗でいいか」
俺が適当な麻袋に野菜と魔獣の素材を詰め込んで渡すと、ゴルドン会長は中身を見た瞬間、白目を剥いてその場に卒倒しそうになった。
「ひぃぃぃぃっ!? し、神話級の霊草が、こんな無造作に麻袋へ……っ! お、おまけに、これほど純度の高い飛竜の素材など、歴史上見たこともございませぬっ!」
「あ、足りなかったか? もうちょっとキャベツ足そうか?」
「と、とんでもございませんっ!! これだけで、我が商会が国ごと買えてしまうほどの価値が……っ! あぁ、心臓が、心臓がぁっ!」
ゴルドン会長は麻袋を抱きしめ、涙と鼻水まみれになりながら騎士に抱えられて馬車へ戻っていった。
とりあえず、無事に取引が成立して良かった。
◇◇◇
大量の書物と茶葉を受け取った俺は、さっそく村の広場に戻った。
「ルーク様、おかえりなさいませ! それは……本、ですか?」
農作業を手伝っていたシルフィが、エプロン姿で駆け寄ってくる。
天衣魔蛛の糸で作った服の上にエプロンという、またしても隣国の人が見たら卒倒しそうなファッションだが、よく似合っていて可愛い。
「ああ。隣国と野菜を交換してもらったんだ。せっかくだから、みんなでゆっくり本を読める場所を作ろうと思ってね」
「本を読める場所、ですか?」
「うん。お茶を飲みながら、のんびりできる『カフェ』みたいなところがいいな」
俺は広場の空き地に手をかざし、頭の中でイメージを組み立てた。
ログハウス風の温かみのある外観に、巨大な本棚。そして、日の光がたっぷり入る大きな窓と、くつろげるソファ。
「『超規模・土木建築』」
ズゴゴゴゴゴッ!!
地面が隆起し、木材とレンガが一瞬にして組み上がり、巨大で美しい『森の図書館カフェ』が出現した。
もちろん、隣国から貰った一万冊の本も、魔法で自動的にジャンル分けして本棚に収めてある。
「さ、さすがルーク様です……! また一瞬で、こんなに素晴らしい建物を……っ!」
「さっそく、お茶を淹れてみよう」
俺はシルフィを連れて、できたばかりのカフェの中へ入った。
地下から引いた水を魔力で瞬時に沸かし、貰ったばかりの最高級茶葉をポットに入れる。
コポコポと、琥珀色の美しい紅茶がカップに注がれた。
「どうぞ、シルフィ」
「ありがとうございます! ……あぁっ、なんて良い香り……!」
一口飲んだシルフィの顔が、とろけるように緩んだ。
「美味しいです……。でも、お茶の葉っぱ自体も素晴らしいのでしょうけれど、ルーク様の温かい魔力が溶け込んでいるから、こんなに心が落ち着くのだと思います」
シルフィが、頬を染めて俺を見つめてくる。
そのまっすぐな好意に、俺は少しだけ照れくさくなって視線を逸らした。
「そう言ってもらえると、淹れた甲斐があるよ。ほら、みんなも呼んできてくれ。お茶とお菓子にするって」
「はいっ!」
シルフィが広場へ駆けていくのを見送りながら、俺はソファに深く腰を沈め、本を一冊手に取った。
窓の外では、クロ(厄災の黒竜)が日向ぼっこをしてイビキをかいている。
温かい紅茶と、面白い本。
そして、俺の作ったものを心から喜んでくれる、優しくて温かい村の住人たち。
「……最高だな」
王都の地下で、一人で寿命を削っていた頃には、想像もできなかった光景だ。
すべてを諦め、執着を手放したからこそ、俺はこの『究極の日常』を手に入れることができたのだ。
俺はゆっくりと紅茶を啜り、平和な村の午後の日差しに目を細めた。




