第15話:姫騎士の訪問と、国宝級のバーベキュー
その日の夕方。
村の広場では、盛大なバーベキューパーティーが開かれていた。
「ルーク様! ワイバーンのお肉、焼けましたよ!」
シルフィが、自分の顔ほどもある巨大な肉の塊を串に刺して持ってくる。
俺の『超軟化魔法』と、甘辛い特製ダレに漬け込んだワイバーンの肉だ。炭火で焼かれた香ばしい匂いが、広場中に立ち込めている。
「ありがとう。ん……うまっ! 牛肉みたいに柔らかいのに、噛むと肉汁が溢れてくるな」
「はいっ! ルーク様が狩ってくださったお肉ですから、世界一美味しいです!」
エルフたちも、あちこちで「美味しい!」「力が漲ってくる!」とワイバーン肉を頬張っている。
端の方では、クロ(厄災の黒竜)が尻尾を振りながら、ワイバーンの骨をボリボリとスナック菓子のように噛み砕いていた。
平和な宴会風景だ。
――とその時、村を覆う虫除け結界の端っこが、微かに波打った。
「ん? 誰か来たみたいだな」
俺が視線を向けると、森の入り口付近で、数人の騎士たちが透明な壁(結界)をペチペチと叩いて困惑しているのが見えた。
先頭に立っているのは、見覚えのある銀鎧の女性だ。
「あ、あの時の姫騎士さんか」
俺は立ち上がり、結界の一部を解除して彼女たちを村の中へ招き入れた。
「ルーク殿! 突然の訪問、お許しください!」
フローラは俺の姿を見るなり、深々と頭を下げた。その後ろに控える数名の騎士たちも、一斉に片膝をついて臣下の礼をとる。
「わざわざ来たのか。怪我はもう平気なのか?」
「はい! ルーク殿の奇跡のような魔法のおかげで、私も騎士たちも完全に回復いたしました。本日は、我がルミナス王国からの正式な使者として、ルーク殿に御礼と、そして……」
フローラが後ろの騎士に合図すると、彼らは大事そうに抱えていた幾つもの宝箱を俺の前に置いた。
「これは、我が国の宝物庫から持参した、最高級の魔宝石と金貨です! どうか、お納めください。そして、我がルミナス王国は、ルーク殿と強固な友誼を……いえ、ルーク殿を『王』として仰ぐ準備も――」
「ストップストップ」
俺はフローラの言葉を遮った。
なんだか話がどんどん大きくなっている気がする。俺はただのニートになりたいだけなのに、王様なんて冗談じゃない。
「宝箱はありがたいけど、そんな堅苦しい話はいいから。ちょうど今、村のみんなでバーベキューをしてるんだ。あんたたちも、お腹空いてるだろ? 一緒に食おうぜ」
「えっ? ば、ばーべきゅー、ですか?」
「ああ。ほら、肉が焼けてるぞ」
俺はフローラの手を引いて、宴会の中心へと案内した。
フローラは戸惑いながらも、広場の光景を見渡して――ピタッと固まった。
「あ、あの……ルーク殿。あそこで皆様が串焼きにして食べている、尋常ではない魔力を放つお肉は、いったい何の……?」
「俺が狩ってきたワイバーンだよ。筋が多くて硬いって聞いたけど、魔法で柔らかくしたから美味いぞ。ほら、一本食べてみな」
俺が焼きたての串焼きを渡すと、フローラは震える手でそれを受け取った。
「ワ、ワイバーンのお肉を……屋台の串焼きのように……っ!?」
高級食材どころか、軍隊がかりで命がけで討伐するBランク魔獣の肉が、村人たち(エルフ)の胃袋に次々と消えていく光景に、彼女は目眩を覚えたらしい。
さらに、フローラの視線が、近くで肉を焼いているエルフたちに移る。
「そ、それに……あの村の方々が着ている、銀色に輝くお召し物は……まさか、『天衣魔蛛』の糸で織られた国宝級の防具では……!?」
「ああ、それ。この辺にいたデカい蜘蛛の糸で編んだ服だよ。丈夫だから農作業にちょうどいいんだよね」
「の、農作業に……国宝を……っ!?」
フローラはついに膝から崩れ落ちそうになった。
ルミナス王国の宝物庫にあったどの宝よりも、この村の村人たちが普段着にしている服の方が価値が高いのだ。
「おや? お客さんでございますか?」
ワイバーンの肉を腹一杯食べた長老が近づいてきた。
その後ろには、骨を噛み砕くのに飽きたクロがついて歩いている。
『ワフッ! ハッハッ!』
「ヒッ……!? 黒竜が、放し飼いに……っ!?」
フローラと一緒に来た騎士たちが、あまりの恐怖に泡を吹いて気絶してしまった。
フローラ自身も、顔面を蒼白にして震え上がっている。
「だ、大丈夫だよ、クロは噛まないから。……ほら、せっかくの肉が冷めるぞ。宝箱のお礼に、たくさん食べていってくれ」
「ル、ルーク殿……」
フローラは、渡されたワイバーンの串焼きを見つめ、そして村の『常識外れな光景』を改めて見回した。
国宝級の服を着て、神話級の魔獣をペットにし、Bランク魔獣の肉を笑いながら食べるエルフたち。
彼女は悟った。
ルミナス王国が国を挙げて用意した貢物など、この青年にとっては『そこらへんの石ころ』程度の価値しかないのだと。
彼とまともに交渉しようとした自分が、いかに愚かだったか。
「……いただきます」
フローラは諦めたようにワイバーンの肉を口に運び――。
「…………っ!!」
そのあまりの美味しさと、全身に駆け巡る圧倒的な魔力に、完全に思考を吹き飛ばされてしまった。
「美味しい……! 美味しいです、ルーク殿ぉぉっ!」
結局、その日の夜。
ルミナス王国の誇る姫騎士と精鋭たちは、ワイバーン肉の美味しさとルークの圧倒的なスケールに完全に胃袋と心を掌握され、エルフたちと一緒にどんちゃん騒ぎを繰り広げることになったのだった。




