第12話:厄災の魔竜のお散歩と、隣国の姫騎士
クロが村にやってきてから、数日が過ぎた。
かつて国を滅ぼしたと恐れられた厄災の黒竜は、今や完全に村の『番犬』として馴染んでいた。
『ワフッ! ハッ、ハッ、ハッ!』
「よしよし、いい子だ。キャベツ食うか?」
『バクッ! グルルル〜♪』
巨大な尻尾を千切れんばかりに振って、俺が育てた特大キャベツを丸呑みしている。
エルフの子どもたちも最初は怖がっていたが、今ではクロの背中によじ登って滑り台代わりにして遊ぶようになっていた。
「ルーク様。クロちゃん、すっかりおとなしくなりましたね」
「ああ。でも、ずっと村の中にいると運動不足になるかもしれないな」
犬だって散歩が必要だ。
こんなデカい図体でずっと寝ていたら、メタボ竜になってしまうかもしれない。
「よし、クロ。ちょっと散歩に行くか。空でも飛んでこい」
『ガウッ!!』
クロは嬉しそうに翼を広げた。
せっかくだから、俺も乗ってみるか。上空からの景色も見てみたいし。
「シルフィも行くか?」
「えっ!? わ、私もですか? で、でも、背中から落ちてしまわないでしょうか……」
「大丈夫だ。俺が落ちないように結界を張っておくから」
俺が手を差し伸べると、シルフィは頬を赤く染めながら、そっとその手を握り返してきた。
「『浮遊』」
俺たちはふわりと宙に浮き、クロの広い背中に着地した。
シルフィが落ちないように、俺の腰にギュッと両腕を回して抱きついてくる。背中に柔らかいものが当たっているが……まあ、今は気にしないでおこう。
「よし、出発だ。あまり遠くに行きすぎるなよ」
『グルルオオオォォォッ!!』
ドォォォォォンッ!!
クロが力強く大地を蹴ると、凄まじい風圧と共に、俺たちは一瞬で雲の上まで跳躍した。
さすがは伝説の魔竜。とんでもないスピードだが、俺が張った『風除けと温度調節の結界』のおかげで、背中の上はそよ風が吹く春の野原のように快適だった。
「わぁぁっ……! 絶景です、ルーク様!」
シルフィが目を輝かせて眼下を見下ろす。
見渡す限りの深い森と、遠くには山脈が見える。空の散歩は、最高の気分転換になった。
――だが、その時。
「ん?」
俺は、遥か下方の山道で、何やら土煙が上がっているのを見つけた。
目を凝らして『遠視』の魔法を発動する。
そこには、豪華な装飾が施された数台の馬車と、数十人の騎士たちの姿があった。
彼らを取り囲んでいるのは、空を飛ぶ十匹以上の『ワイバーン(飛竜)』の群れだ。
「くっ……! 陣形を崩すな!!」
先頭で剣を振るっているのは、美しい銀の鎧に身を包んだ、金髪の女性騎士だった。
しかし、騎士たちはワイバーンの毒爪に次々と倒れ、馬車は完全に包囲されていた。絶体絶命の状況だ。
「ルーク様! あの方たち、魔獣に襲われています!」
「みたいだな。……クロ、ちょっと降りるぞ」
『ガウッ!』
クロは急降下を開始した。
◇◇◇
「あぁ……ここまでか……っ」
隣国・ルミナス王国の第一王女であり、近衛騎士団長も務めるフローラは、絶望に歯を食いしばった。
隣の王国(レオン王子のいる国)が魔獣の襲撃で事実上の崩壊状態にあるという急報を受け、視察と救援に向かっていた道中。
まさか、国境付近にこれほど凶暴なワイバーンの群れが流れ込んできているとは。
「ギャァァァァッ!!」
巨大なワイバーンが、鋭い牙を剥き出しにしてフローラに襲いかかる。
魔力も体力も限界を迎え、彼女は死を覚悟して強く目を閉じた。
――その時だった。
ズドォォォォォォォンッ!!!!
まるで隕石でも落ちてきたかのような、凄まじい衝撃と轟音が山道に響き渡った。
「え……?」
フローラが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
自分を襲おうとしていたワイバーンが、上空から降ってきた『漆黒の巨竜』に踏み潰され、一瞬で絶命していたのだ。
『グルルルルルッ……!!』
黒竜が低く唸り声を上げると、それだけで周囲の空気がビリビリと震える。
生き残っていたワイバーンたちは、圧倒的な上位種のプレッシャーを浴びて白目を剥き、バタバタと地面に墜落して気絶してしまった。
「や、厄災の黒竜……っ!? なぜ、伝説の魔獣がこんなところに!?」
ワイバーンなど比較にならない、文字通りの『絶望』の登場に、フローラは剣を取り落とし、へたり込んだ。
もう終わりだ。国ごと滅ぼされる。そう思った時。
「おーい、大丈夫か?」
黒竜の巨大な背中から、一人の青年がヒョイッと飛び降りてきた。
その後ろには、美しい銀髪のエルフの少女がくっついている。
「えっ……? 人、が……竜の背中に……?」
「怪我してるみたいだな。ちょっとじっとしててくれ。『大治癒』」
青年が手をかざした瞬間。
フローラの全身を神々しい光が包み込み、ワイバーンから受けた致命傷や疲労が、嘘のように一瞬で消え去った。
それどころか、倒れていた騎士たちも、全員無傷で跳ね起きている。
「な……な……っ」
フローラは理解が追いつかず、ただ震えることしかできなかった。
伝説の厄災の竜を『乗り物』として扱い。
神の奇跡としか思えない回復魔法を、無詠唱で発動する青年。
「あ、あなたは……いったい、何者なのですか……!?」
フローラの問いに、青年――ルークは、のんきな笑顔で答えた。
「俺? ただの、通りすがりの村人だよ」




