戦慄の文化祭!白雪姫の悲劇⑧
新連載です! 全12話でサクッと完結します。
頭を空っぽにして楽しんでいただけたら幸いです。
多少明け透けでコミカルな表現もありますが、どうぞ生温かい目で見守ってください。
気に入って頂けたらとても嬉しいです。(*ˊ˘ˋ*)。♪:*
──ついに地獄の場面の幕が上がる。
舞台の上には、静寂が広がっていた。
照明を浴びて横たわる、大柄な白雪姫イアン。
そして、その傍らに跪き、愛惜の念を込めた瞳で姫を見つめる王子アッシュ。
客席の令嬢たちは、息を呑んでその光景を見守っている。
アッシュの指先が優しく、逃げ場を塞ぐようにイアンの頬を撫でた。
(……来る!絶対に、ただ『フリ』じゃ済まさない、何かが、絶対来る!!)
閉じた瞼の裏で、イアンは絶望に震えていた。
アッシュは現在、完璧に「王子」を演じきっている。
───優等生で真面目でノリが良い。
その彼が本気で「BLの噂を加速させる」という悪ノリに舵を切ったとき、どんな惨劇が起きるのか──。
アッシュの顔が、ゆっくりと近づく気配がする。
前世で何度も経験した、あの鬼嫁の悪ノリ。
今まで獲物を追い詰めるように、感じるゾワリとするような静かな覇気。
「……さらばだ、私の愛しき人」
アッシュが美しい声で愛の言葉を囁いた。
その顔が数センチの距離にまで迫り、息がかかる。
アッシュの唇がイアンのそれに触れようとした、───その瞬間!
「……っ、ごめんなさいぃぃ!!」
恐怖と生理的なパニックが、イアンの限界を超える!!
「白雪姫」にしてはあるまじき勢いで跳ね起きるイアン。
王子役のアッシュを渾身の力で突き飛ばした!
ドォォォォン!!
「ぶっ……!?」
武闘派殿下の馬鹿力が、アッシュの華奢な(といっても騎士並みに鍛えてはいるが)体を捉えた。
アッシュは優雅な王子の姿のまま、舞台上のセットの壁まで吹き飛び、凄まじい音を立て激突する。
───静まり返る会場、カラン……。
舞台上にはドレスを振り乱し、ガタガタと震え、半泣きで立ち尽くす白雪姫と、壁にめり込んだ王子。
「……あ?!」
イアンは自分のしでかしたことにザー…ッと青ざめる。
ガラガラ……カラン……。
アッシュが、ゆっくりと、しかし信じられないほど滑らかな動作で立ち上がる。
その顔には、一点の曇りもない「優等生」の微笑みが貼り付いていた。
しかし、その背負っているオーラは、明らかにどす黒い。
「……おやおや。目覚めの接吻が少し情熱的すぎたかな? まさか、これほど力強く『愛』を返されるとは……」
唇の端を指先で触り、ニヤリと嗤う目がめちゃくちゃ座ったアッシュの様子に───。
(終わった……俺の学園生活も、俺の命(魂)も、全部終わった……!)
絶望に打ちひしがれたイアンの視界に、舞台袖で「ああ、もうダメ」と頭を抱えているオティリエの姿が映る。
──その瞬間、彼の理性が弾け飛んだ。
「オティリエェェェ!!」
イアンは「姫」としての所作も、王族としての矜持もすべてかなぐり捨て、舞台の縁から飛び降りた。
スカートを豪快にバサバサ翻し、絶対的避難所(元・義弟)へと猛ダッシュで突っ込んで来る。
「ちょ、お義兄様!? こ、来ないで、こっちに来ないでくださいっ!」
逃げ惑うオティリエだったが、武闘派王子の突進から逃げ切れるはずもない。
イアンはそのまま彼女の細い体にヒシッとしがみつき、その肩に顔を埋めて子供のように号泣し始めた。
「聞いてくれオティリエ! アイツ、あんなの絶対なにわざとだ! 前世の恨みごと、今世の劇にブチ込むなんて理不尽すぎるだろ! 完璧な王子面して、裏で俺を精神的に追い詰めて楽しんで!あの悪魔から助けてくれ……!!」
「わ、わかりましたから! だ、だから、お義兄様、みんな見てます、は、離してください!」
必死に慰め、引き剥がそうとするオティリエ。しかし、イアンは「お前だけが俺の癒やしだ……」と、耳元で呪文のようにアッシュの理不尽さを訴え続ける。
その光景を静かに見下ろす影は──、アッシュは優雅にゆっくりと、一歩ずつ階段を降りて行き、その一歩ごと、周囲の空気が凍りつくしていく。
会場にいる皆もあまりの恐怖に、静まり嵐が過ぎ去るの青ざめた顔で待っていた。
「……イアン。私の妹にいつまでベタベタと触れているんだ? 」
アッシュの声は、驚くほど静かだった。
それが逆に、イアンの生存本能を逆なでる。
「ヒィッ……! ご、ごめんアッシュ! でもこれは不可抗力で……!」
「──……死にたいようだな」
アッシュ瞳がギラリと瞬き、静かな怒りがブワ。ッと膨らませる。
だが直後、必死にイアンを庇い出すオティリエの様子を目にし、凍りついた観客席から、これまでとは質の違う、ザワザワとしたどよめきが沸き起こった。
「ねえ、あの子誰……? 凄く可愛いけど……」
「今、アッシュ様が『私の妹』って言わなかった!?」
「えっ、あの方が噂の辺境伯令嬢!? でも見て、イアン様があんなに必死に抱きついて……」
「……まさか、イアン様の相手はアッシュ様じゃなくて、あの妹さん!?」
これまで「アッシュ×イアン」という禁断の友情を信じて疑わなかった生徒たちの間で、新たな疑惑が凄まじい速度で形成されていく。
『冷酷魔王なアッシュvs妹を手に入れようとする第二王子イアン』
『禁断の恋を隠すためのカムフラージュだった……!?』
無責任な噂の奔流を耳にしながら、アッシュはピクリと眉を動かした。
最愛の(元)弟であり、今世の大事な妹であるオティリエに、よりによってこの「元・夫」との恋仲の噂が立つ。
本来なら、即座にイアンを物理的に排除すべき事案だった。
しかし、アッシュは静かに思考を巡らせる。
(……待てよ。このまま『イアン×オティリエ』の噂を定着すれば、少なくともBLの噂は消える。さらにイアンを『妹の婚約者候補(仮)』という鎖で繋げば、私の監視下に置き一生こき使えるのでは……?)
アッシュの瞳の奥で、前世の「策士な姉」としての知略が、カチリと音を立てて噛み合った。
「……ふむ。面白いことになってきたじゃないか」
「ア、アッシュ? お前、なんでそんな不気味な顔で笑ってるんだよ……」
イアンが震えながら問いかけるが、アッシュは答えず、ただ優雅に妹の手を引いて自分の方へ引き寄せた。
「オティリエ、お疲れ様。……イアン、続きをしようか。今度は『愛の逃避行』でも演じてみるかい?」
「もう嫌だぁぁぁ! !」
文化祭の舞台は、さらなる混乱の渦へと飲み込まれていく。
一連の騒動を見ていた学園生徒たちの脳内では、もはや修復不可能なレベルで「物語」が書き換わっていく。
「見た……? アッシュ様の、あの獲物を捕らえるような目……」
「イアン様は、本当はオティリエ様と一緒にいたくて、アッシュ様に反抗していたのね……!」
「つまり魔王様と王子様が、一人の少女を巡って火花を散らす……『禁断の兄妹愛 vs 王道の婚約者争奪戦』ってこと!?」
後日、学園中に配られた壁新聞に「悲恋! 辺境伯兄妹愛と王子の三角関係」というデカデカとした見出しが躍り、アッシュがそれを笑顔でイアンに突きつけ笑ったのは別の話である……。
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