辺境の森と哀愁⑤
新連載です! 全12話でサクッと完結します。
頭を空っぽにして楽しんでいただけたら幸いです。
多少明け透けでコミカルな表現もありますが、どうぞ生温かい目で見守ってください!
静まり返る辺境の森。
月明かりが差し込む場所で、イアンは剣を構えながら冷や汗を流す。
対するアッシュは武器すら持たず、ただ優雅に佇んでいた。
「……なぁアッシュ、なんで夜の森なんだ? 訓練場じゃダメなのか……」
「夜間戦闘の訓練だよ、イアン。それに……」
アッシュの銀髪が夜風に揺れ、月光に反射した瞳が妖しく光る。
「ここなら君の悲鳴が、オティリエの安眠を妨げずに済むだろう?」
「……ヒッ!」
「さあ、前世で私を放置して夜遅くまでゲームをしたんだ。……身をもって体験できる機会を与える私は、出来た妻だと思わないか?」
───直後、暗闇から無数の魔力弾がイアンを襲う。
「嘘だろぉぉぉ!?」というイアンは叫び、弾け飛ぶ爆発音が夜の森に虚しく響き渡る。
さらに月明かりを反射し、ギンッと澄んだ音を立てて交差するのは、鋭い剣先だった。
「くっ……重ぇ……っ!」
イアンの必死に打ち込む剣撃を、アッシュは手首のわずかな返しだけで軽々と受け流す。
刃と刃が擦れ合い、散る火花が夜闇を瞬時に照らし出した。
「てめぇ、剣持ってやがったのか!!」
「──どうでもいいだろ。それより踏み込みが甘いぞ、イアン。前世の知識だけで剣を振るうから、重心がブレるのさ」
澄み切った冷ややかな声とともに、アッシュの剣先が閃く。
「ッ?!……クソッ!!」
イアンの体勢が崩れ、そのまま地面へ打ち据えられそうになる、——その時だった。
──ずしん、と地鳴りが響く。
「……ッ!? なんだ……この威圧感は!」
暗闇の奥から現れたのは、漆黒の毛並みを持つ魔狼。
さらに樹上からは、毒液を滴らせる大蛇と、車輪ほどもある巨大な斑蜘蛛が、死の気配を撒き散らしながら二人を取り囲む。
辺境の夜の森は、王都の甘い訓練場とは訳が違う。
一歩足を踏み入れれば、そこは本物の魔境だった。
「おいアッシュ! 一旦引くぞ!流石にこの数は——」
イアンが剣を構え直し、後退しようとしたその瞬間──。
アッシュは一切動じることなく、溜息混じりに刃の血払いをしてみせた。
「逃げる必要がどこにある?……ちょうどいい。あの魔狼の皮はオティリエの冬用カーペット、大蛇の肉はスープの出汁、蜘蛛の糸は裁縫用に回収しようか」
「目的が生活感、溢れすぎてんだよ!!」
「君のノルマはあの魔狼だ。五分以内に首を落とせなければ、あの蜘蛛の毒液で全身麻痺になるかな」
「鬼! 悪魔! 前世の鬼嫁ぇぇぇ!!」
暗闇の中で目をギラつかせる凶悪な魔物たちと、それ以上に恐ろしい「元妻」の冷酷な指示。
イアンの悲鳴と、魔物の咆哮、そして剣劇の音が、夜の魔境に何度目かの絶叫が響き渡る——。
月明かりすら届かない、辺境の深緑の森──。
「はぁッ……!」
イアンの疾走とともに、剣身がボッと鮮烈な赤に染まった。
彼が習得した『炎魔剣』——魔力を炎へと変換し、刃に纏わせる高火力の一撃だった。
繰り出した鋭い踏み込みからの縦横無尽の火炎の軌跡───。
夜の闇を切り裂いて灼熱の炎が、迫り来る魔狼の胴体を焼き切った。
「よしっ、一頭……!」
手応えを感じた瞬間、樹上からカサカサと不快な蠢動音が響く。
見上げれば巨大な斑蜘蛛と、枝に巻き付いた毒大蛇が、イアンの隙を突いて同時に跳びかかっる。
「甘ぇんだよ!」
イアンは剣を振るう動作の余勢を駆り、左腰のホルスターから平たい金属片を指に挟んで抜き放つ───。
前世の知識と、この世界で血の滲むような修練を重ねて身につけた投擲技術。
暗闇を切り裂き、鋭く回転しながら放たれた複数の鋼片が、寸分の狂いもなく空中を舞う魔物たちの核を正確に撃ち抜いた。
パシュン、と小さな音を立て、大蛇と斑蜘蛛が地面に叩きつける。
「ふぅ……。どうだアッシュ! 俺だって王都で遊んでたわけじゃ——」
イアンが勝ち誇った顔で振り返ろうとし───。
「——速度が遅い。あと、無駄な動きが多すぎる」
背後から放たれた氷のような冷酷な声──イアンがゆっくりと完全に振り返れば、そこは絶望と謎の癒やしが同居したとてもシュールな光景だった。
「……は?」
イアンの口から間の抜けな声が漏れる。
いつの間にかアッシュの足元には、先ほどまで闇にいたはずの凶悪な魔物たちが、文字通り『山』となり積み上がっていた。
巨大な斑蜘蛛は綺麗な状態で全滅し、毒大蛇など、白身の素晴らしく三枚におろされ、いつでも食べれそうなほど綺麗に解体されている。
その山のてっぺんから、アッシュは腰掛けイアンを眺めていた。
アッシュの膝元にいるのは、この森の生態系の上位に位置する巨大な魔狼だ。
だが、その威厳は欠片もない。
「キュ〜ン……キュン……」
まるで威圧感に屈し、生まれたての子犬のように小さく身体を震わせ伏せている。
アッシュは冷艶な顔のまま、その魔狼の頭を「よしよし」と優しく撫でるが、魔狼は今にも気絶しそうに怯えて哀れだ。
「……な、なぁアッシュ。お前、いつの間にそんな大群を仕留めたんだ……? というか、その魔狼はどうしたんだよ!?」
「生存本能に従って『服従』を選択しただけじゃないのか?……可愛いだろ」
アッシュはキュンキュン怯える魔狼を撫でながら、氷のように冷ややかな視線をイアンに向けた。
「炎魔法で視界を狭め、周囲を制圧されるようではダメだな。それにイアン……投擲の精度は褒めるが、あの蜘蛛の糸はオティリエへのプレゼント用だぞ。ノーダメージで回収するべきだが?」
「知るかよ! 命がけの戦闘だぞ!!」
「お前はバカか?……魔物を資源にしてこそ意味があるんだぞ。ほら、この子の毛並みをみろ。素晴らしいだろう」
キュンキュンとよりいっそう怯える魔狼──。
イアンはまるで自分を見ているようで、哀れで仕方ない。
魔狼からめちゃくちゃ助けてアピールされている。
(自分でさえ逃げれないのに、助ける訳ないだろう)
その間もアッシュはネチネチと言っていた。
「───から、オティリエの冬用カーペットか防寒着にしようかとな。それまで抱き枕として連れて帰るか?」
「物扱いどころかペット化してんじゃねぇよ!」
一思いに殺した方がいい気がしてくる。
「さあイアン。次は奥にいる群れだ!炎はダメダメだ。皮が傷つき価値が下がる。すべて投擲か素手で仕留めたまえ!」
「理不尽の極みぃぃぃぃ!!」
夜の魔境に、魔狼の哀愁漂う「キュ〜ン」という鳴き声と、不憫なイアンの絶叫がまた、虚しく響き渡った──。
──翌朝。
地獄から解放され、満身創痍で屋敷へ行くことになった魔狼だったが──待っていたのは予期せぬ天国だった。
「わぁ……! すごく綺麗な毛並み! 兄様、この子どうしたの?」
目覚めたオティリエが目を輝かせると、アッシュは冷めた顔で言い放つ。
「お前のカーペットだ。……まずは解体して肉を調理させよう」
「クゥ〜〜〜ン……!?」
アッシュが容赦なく手を伸ばした瞬間、魔狼は絶望に瞳を濡らし、ガタガタと震え上がる。
だがその絶体絶命の危機を救ったのは、ほかでもないオティリエだった。
「待って兄様! こんなにかわいいのに殺しちゃうの!? ダメ、絶対にダメ! 私がこの子の面倒を見るから、お願いだから助けてあげて!」
小さな身体でオティリエは、魔狼を必死に庇う。
「……お前がそこまで言うなら、生かしておこう」
「やったー! ありがとう、兄様!」
魔狼はオティリエを驚きながらも見ていた。
庇われながら、小さな身体から伝わる震えと恐怖──。
オティリエは早速、厨房から持ってきた特製のボイル肉(自家製タレ和え)を「召し上がれ」と差し出す。
一口食べた瞬間、魔狼の瞳に衝撃が走る。
命の恩人にして、神の如き絶品料理を与えてくれる天使——。
魔狼の中で、オティリエは「救世主(絶対神)」として君臨した。
そしてイアンに対しては───。
「ガルルルルッ!!」
「どわぁっ!?」
その直後、廊下を通りかかったイアンに対し、魔狼は牙を剥き出して猛烈に威嚇し始めた。
(この見た目ばかり一端なクソ野郎ガァルル……!!)
さっきまでアッシュの前でキュンキュン鳴いていた情けない姿は影も形もない。
完全なる魔物の凶悪な顔である。
「おい待て! なんで俺にだけ牙剥いてんだよ!? 昨日の夜、森で一応お前を庇って、アッシュにボコボコにされたぞ!?」
「ガルルッ! ヴァウッ!(お前は訓練の一環だろうガァルル……!!)」
「イアン様、ダメですよ。この子、まだ警戒してるんです。……ほら、ポチ(仮)、こっちにおいで。いい子だね〜♪」
「キュ〜ン♪」
オティリエが優しく頭を撫でると、魔狼は一瞬でウットリとした表情になり、尻尾を千切れんばかりに振り回す。
そしてイアンが前世のノリでオティリエの肩に手を置こうと近づいた瞬間——。
「ガウッ!!(※手出し禁止だ人間のオス)」
「なんでだよ?!俺が何したってんだぁぁぁ!?」
「フム、なかなかいい番犬を手に入れたようだ」
アッシュの恐怖政治から、魔狼の反撃行動。
イアンの不憫な悲鳴が、今日も平和な屋敷にまたまた響き渡るのだった。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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