最悪な学園生活③
新連載です! 全12話でサクッと完結します。
頭を空っぽにして楽しんでいただけたら幸いです。
多少明け透けでコミカルな表現もありますが、どうぞ生温かい目で見守ってください。
気に入って頂けたらとても嬉しいです。(*ˊ˘ˋ*)。♪:*°
第二王子、イアン・ヴァルフレートの朝は絶望から始まる。
豪華な天蓋付きのベッドで目覚め、侍従たちに傅かれながら着替え、鏡に映る自分の鍛え上げられた肉体と、王族らしい気品を兼ね備えた容姿は──まさに『完璧な王子』だった。
(今まではな……)
そんな見せかけのプライドは、教室の扉を開けた瞬間に消し飛ぶ。
(……いる。今日も、ヤツがいる)
教室の中央、窓際の特等席───。
銀髪を陽光に輝かせ、優雅に魔導書を開いているアッシュの姿が見えた。
彼は一言も発していない。
ただそこに座っているだけだ。
それなのにイアンの心臓はドクンと嫌な音を立て、魂に刻まれた記憶が、幻痛を伴って鳩尾に走る。
「おはよう、イアン。今日も立派な『王子様』だね。ご苦労様」
横を無言で通り過ぎようとすると、アッシュが本から目を離さずに、鈴の音のような声で囁いた。
周囲の生徒たちには、なにげない貴族同士の挨拶にしか聞こえないだろう。
だがイアンの耳には「ちゃんと仮面はつけてるのか? 脇が甘すぎるぞ」と聞こえていた。
「……アッシュ。貴様、公の場ではもう少し弁えろと言っただろう」
精一杯の威厳を込めて返すが、声が微かに震えるのを止められない。
アッシュはゆっくりと顔を上げ、氷のような瞳でイアンを射抜いた。
「臣下としての親切な進言だよ。……御礼は、頼んでいた『王宮図書館の禁書目録』だけど。まだ届いていないのかな? もしかして前より要領が悪くなったわけじゃないよね?」
「っ……! あれは持ち出し手続きに時間がかかるんだ! 明日までには用意する!」
「……そう。楽しみだね。もし遅れたら、放課後の『特別稽古』で手加減を失敗してしまうかもしれないから……」
アッシュの口角がわずかに吊り上がる。
イアンは絶望していた。
「武闘派王子」として鳴らした自分の剣術も、アッシュの前では赤子の火遊びに等しい。
入学式のあと、訓練場で手合わせをした際にアッシュが放った無言の圧力──たったそれだけで剣を取り落とした屈辱を、イアンは一生忘れないだろう。
さらにイアンの神経を逆撫でさせるのは、学園内での「評価」だった。
「ねえ、見た? アッシュ様……今日もなんて麗しいの」
「イアン様も素敵だけど、アッシュ様のあの神秘的な雰囲気には勝てないわよね……」
女子生徒たちの黄色い声。
イアンが血の滲むような努力で築き上げた「モテ要素」を、アッシュは「ただ座っているだけ」で軽々と塗り替えていくのだ。
(……おかしいだろ! 中身はドSだし、怒らせたらマジで消されるんだぞ!? なんで俺よりモテるんだよ!!)
イアンは心の中で叫んだ。
前世でも、自分をねじ伏せた女子ネットワークを駆使する圧倒的な『女王気質』。
今世でもそのカリスマ性と恐怖政治は健在らしい。
「──おい、イアン。何をそんなに不機嫌な顔をしているんだ?」
放課後になると、アッシュがネチネチと距離を詰めてくる。
「……別に、なんでもない」
「ふーん。まあいいや。……あ、そうだ。もうすぐ夏休みだよね。辺境のオティリエから手紙が来たよ。……『義兄さんに会えるのを、……震えながら待っています』だってさ。なんか文字書き忘れかな♪」
「忘れた文字は、恐怖だろうさ!!」
アッシュはクスリと笑うと、イアンの肩を親しげに──けれど、万力のような力強さで──叩いた。
「楽しみだね、イアン。今度は逃げ場のない辺境伯領で、家族水入らずの時間を過ごそうな?」
イアンは、遠い辺境の空を仰いだ。
王都での学園生活も地獄だが、夏休みは「敵の本拠地」への強制連行──。
そこには、アッシュによって極限まで鍛え上げられた、前世の「弟(現・妹)」も待っている。
武闘派王子の目には、一筋の涙が光っていた。
◇◇◇◇
──ついに地獄の夏休みに突入した。
王都から馬車に揺られること数日──たどり着いたのは、切り立った崖と広大な原生林に囲まれた、王国最果ての地——辺境伯領。
そこはこの国の「最強の防波堤」であり、同時にアッシュという怪物を生み出した「魔境」でもある。
馬車の扉が開いた瞬間、イアンの顔は土気色に染まっていた。
「……着いてしまった。ついに、処刑場に……」
「情けない顔をするな。ほら、オティリエが待っているぞ」
アッシュに背中を(物理的な強さで)押され、イアンはよろよろと地面に降り立つ。
呆れ果てたようにイアンを眺めたアッシュだったが、出迎えの場に立つオティリエに視線を移すと、その瞳をわずかに和ませた。
久しぶりに会う妹は少し背が伸び、相変わらず愛らしい少女の姿があった。
「……お、お兄様。おかえりなさいませ。お待ちしておりました」
オティリエは完璧な淑女の礼でアッシュを迎える。
アッシュは、きちんと『予習』をこなしていた妹に対し、満足げな優しい微笑みを浮かべた。
──しかし。
オティリエの視線がアッシュの背後にいるイアンを捉えた瞬間、彼女の瞳に隠しきれない深すぎる親近感(同情と哀愁)が宿った。
(……ピキッ)
アッシュの額に密かに青筋が浮かぶが、再会を果たした二人には、それに全く気づかない。
「……あ、あの。初めまして、イアン様(お義兄さん)」
「……ああ。……初めまして、オティリエ(義弟)」
二人は固い視線を交わし合い、完全にアッシュを蚊帳の外に置いていた。
かつて同じ「暴君」に怯え、姉/妻の死を共に悼み、時折慰め合っていた二人の間には、理屈を超えた「犠牲者同盟」の絆が存在するのだ。
……だが、その様子を極めて剣呑な眼差しで見つめる「元・妻であり現・絶対支配者」の気配に、いまだ二人は気づいていないのである。
───ハタから見れば、高貴な身分同士の麗しい挨拶に見えるだろう。
だが二人の間には、第三者には決して理解できない「生存者同士の共鳴」が走っていた。
オティリエは、イアンのやつれ気味の頬と、アッシュの顔色を窺う怯えた目つきを見て、すべてを察した。
(……間違いない。この人も王都でとてもとても大変だったんだわ……!)
一方のイアンも、オティリエの自然体すぎる回避姿勢と、アッシュを見た瞬間の反射的な身構えを見て、彼女が今までどんな地獄を生き抜いてきたかを理解した。
(……お前、こんな幼い身体で、アイツのそばでまた耐えてきたのか……!)
二人は無言のまま、互いの無事を讃えるように熱い握手を交わす。
……その光景を、アッシュがゆっくりと目を細めて見つめていた。
「……本当に仲がいいだな。打ち解けるのが早くて助かるけれど……なんだからすごく妬けるよね」
───低く澄んだアッシュの声が響く。
「……さあ、立ち話もなんだから中に入りなよ。イアンの部屋は、私の隣(監視下)に用意してあるから。それから……」
アッシュはオティリエから死角になる角度で、イアンだけに向けた極冷の眼光を叩きつけた。
「……オティリエは私の『可愛い妹』だ。……意味、わかるよな?」
(前世で弟だったからとか関係なく馴れ馴れしくするな!手を出すものなら殺す、という意味だな……!?)
「……っ、謹んで拝命いたします!」
──直立不動で返答するイアン。
アッシュが、今世で妹になった弟に対して前世以上の「激重な愛情」を抱いていることを、全身の毛穴で理解するイアンであった。
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