新たな火種は喧騒の中に⑩
新連載です! 全12話でサクッと完結します。
頭を空っぽにして楽しんでいただけたら幸いです。
多少明け透けでコミカルな表現もありますが、どうぞ生温かい目で見守ってください。
気に入って頂けたらとても嬉しいです。(*ˊ˘ˋ*)。♪:*
夜の帳が下りる頃、文化祭のフィナーレを飾る「後夜祭」が始まった。
大広間は絢爛豪華な装飾と華やかな音楽に包まれ、生徒たちがドレスや礼装に身を包んでダンスを楽しんでいる。
(ふぅ……なんとか無事に終わりそうだな。これから、俺の平和な学園生活を取り戻すんだ……)
イアンは山盛りのローストビーフを皿に盛り付けながら、ほっと胸を撫で下ろしていた。
……だがアッシュには、そんな安らぎを与えるつもりなど毛頭ない。
「やあ、イアン。ドレスを脱いでも、君のその気品は隠しきれないね」
「ゲッ……!? アッシュ……!」
振り返ると、そこには完璧な仕立ての正装に身を包み、眩いばかりの美貌を誇るアッシュが立っていた。
その隣には、可憐なドレス姿でハラハラと二人を見上げるオティリエの姿もある。
今回アッシュの願いとイアンの情緒不安定さに、学園側が特別参加を認めたのだ。
それだけこの二人は、今まで学園でいろいろとやらかしているらしい。
アッシュはイアンの持つ皿の肉をチラリと見ると、冷艶な笑みを浮かべて、スッとイアンの前で胸に手を当て──完璧な礼を執った。
そして客席中の視線が集まる大広間の真っ只中で、朗々と手を差し伸べ言ったのである。
「先ほどの劇では、君の情熱的な『押し倒し』に応えきれなくてすまなかった。……お詫びに、この後夜祭のファーストダンスを、私に贈ってくれないだろうか、愛しの白雪姫?」
「〜〜〜〜〜っ!??? お、お前、正気か!? 俺はもう男の格好をしてるんだ! 男同士で踊れってかよ!?」
イアンはあまりの事態に血の気が上がり、肉の乗った皿を命綱のように握りしめて叫んだ。
周囲の女子生徒たちが「きゃあああ! アッシュ様からのダンスの申し込み!?」「やっぱりあの二人は本物だわ……!」「王子同士のダンスなんて尊すぎて死ぬ……!」と一斉に熱狂的な黄色い声をあげる。
「何を言ってるんだ? 劇の主役同士が後夜祭で踊るのは学園の伝統だろう? それに……さっきの『突き飛ばし』の謝罪はまだなんだ。……ダンスの一曲くらい付き合うのが筋というものじゃないか?」
───アッシュの甘い声の裏に、絶対零度の威圧感が宿る。
(断ったら明日から、TOPクラスのダンジョンで地獄訓練が、十倍過酷になるかも?!)
イアンの脳裏に死神のイメージが駆け巡った。
「くっ……! 覚えてろよ、こ、このドS悪魔がぁ……!!」
イアンは泣きそうになりながら、前世の「鬼嫁」であり、今世の「悪友」であるアッシュの手を取る。
アップテンポな旋律に合わせ、学園屈指の極上美形男子二人が、完璧なステップでフロアの中央を舞うのであった。
前世で夫婦だった二人の息はピッタリで、悔しいことに即興とは思えないほど、完璧なダンスを披露する。
アッシュの華麗なリードに引きずられ、イアンもまた見事なステップを踏まされていく。
「……なぁアッシュ、頼むからもう勘弁してくれ……」
「ダメだよイアン。君が前世分まで反省して、私の手の中で転がり続けるまで……私の愉しみは終わらないんだよ♪」
耳元で囁かれる元妻の甘く凶悪な宣誓に、イアンは白目を剥きそうになりながら、拍手喝采に包まれたダンスフロアで、虚しくステップを踏み続けるのだった。
「……あーあ。お義兄様、合掌……、ナムナムナームー……」
壁際で美味しいジュースを飲みながら、踊る(踊らされている)二人を、生温かい目で見送りつつ、義兄を弔うオティリエなのである──。
◇◇◇
フィナーレの喧騒を避けるように、アッシュは学園の図書室のテラスで、一人の令嬢と対面していた。
下駄箱に差し込まれた手紙の差出人。
───その名は、公爵家令嬢、エレーナ。
本来の乙女ゲームのシナリオであれば、第二王子イアンの婚約者となり、婿入りした彼を支える予定の『悪役令嬢』として、ヒロインと対立するはずの女性だ。
だが目の前のエレーナは、静かで理知的な瞳をアッシュに向けている。
「アッシュ様。単刀直入に伺いますわ。……あちらで妹様にポテトを『あーん』されている殿下に、我が家へ婿入りする意思はございまして?」
正面に見えるテラスでは、アッシュから解放されたイアンが、オティリエと「これ美味いな!」とのほほんと笑い合っていた。
「……見ての通りだよ、エレーナ嬢。彼は野に放たれてこそ真価を発揮する獣だ。公爵家という優雅な檻の中では、三日で衰弱死してしまうだろうね」
アッシュは苦笑を浮かべ、紅茶を口にした。
イアンは前世でも事務作業が死ぬほど嫌いな人間だし、書類を見た瞬間に寝るタイプのダメなヤツだ。
たぶん今世で「武闘派」に突き抜けたのも、彼なりの生存戦略であり本能だろう。
「やはりそうですわね。お父様……宰相は、殿下の武勇を公爵家に取り込み、文武両道の家柄にしようと画策していたようですけど、私は反対ですの」
エレーナは溜め息をついた。
「──殿下は、王太子殿下の『剣』として戦場を駆ける時が最も輝くお方。……それを文官の家柄である我が家に縛り付けては、国の損失ではございませんこと?」
アッシュは瞳を細め、彼女をじっくりと眺めた。
(……いい女じゃないか。前世、私の夫だった男にやるには、もったいないくらいだ)
元女子としての視点も、エレーナの賢明さを高く評価する。
「ところでアッシュ様。学園を騒がせている『噂』についても伺いたいのですが……」
エレーナが少しだけ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「殿下とあなたが禁断の仲だとか、あるいは殿下があなたの妹君を狙っているとか……。宰相である父も困惑しておりますの。私はその表情を見るのが密かな愉しみですわ」
「ああ、あれかい? 困ったものだよね。だが面白かっただろう。時には娯楽が必要だ」
アッシュは優雅に首を振り、ニヤリと口角をあげる。
「前者の噂に関しては、ただの悪ノリだよ。殿下の反応が面白くてね。……そして後者に関しては、イアンはオティリエを妹のように慈しんでいる。……が、もし彼が本気でオティリエを奪おうとするなら、私は彼を辺境の森に埋める準備ができている」
「あら、恐ろしい。……ふふ、でも安心いたしましたわ」
エレーナは立ち上がり、完璧な淑女の礼を執った。
「殿下の将来の展望、そしてあなたの決意。よく分かりました。……お父様には、殿下との婚約打診を白紙に戻すよう、私からも進言しておきますわ。その代わり――」
エレーナはアッシュをまっすぐに見つめた。
「いつか私がこの国を文官として支えるとき、辺境伯家が最強の盾となってくださると、信じてよろしいかしら?」
「約束しよう。辺境地は、裏切らぬ相手にはとても誠実だよ」
アッシュの言葉に、エレーナは満足げに微笑み、去っていった。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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