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定食屋「海の幸亭」は、タルタルソースの一件でまだざわめいていた。板前さんの「てやんでい!」という威勢のいい声や、看板娘の「ルフィスさん、天才!」という賞賛が響く中、女騎士ミリアの乱入が場の空気を一変させた。
「エリザヴェート様! またこちらにいらしたんですね! さっ、王宮に帰りますよ!!」
ミリアの鋭い声に、エリザは「うわっ、ミリア!? なんでここに!?」と慌てて立ち上がる。ヨーコは「むむ、こやつは誰なのじゃ!?」と小さな体で毛を逆立て、ボクも「え、ちょっと、状況が……?」と困惑するしかなかった。
エリザは苦笑いを浮かべ、「ルフィス、ヨーコ、ごめん! ちょっと待ってて!」と言い残すと、ミリアにぐいぐいと腕を引かれ、定食屋の外へと連れ出されてしまった。扉がバタンと閉まり、店内の客たちが「なんだなんだ?」とざわつく。板前さんが「てやんでい、静かにしな!」と一喝すると、なんとか場は落ち着いた。
だが、すぐに外からドン!という爆発音のような響きと、「エリザヴェート様、いい加減にしてください!」というミリアの怒号、そしてエリザの「ミリア、ちょっと落ち着いてよ!」という叫び声が聞こえてきた。店内の客たちが窓に駆け寄り、ボクも思わず身を乗り出しそうになる。
――きっと、肉体言語で平和な話し合いをしてるんだよね。うん、そういうことにしておこう。
ボクは自分を納得させるように心の中で呟き、席に戻った。エリザなら大丈夫。彼女は龍聖女だし、ミリアだって本気でエリザを傷つけたりはしないはずだ。……たぶん。
店内の喧騒が少し落ち着き、ボクとヨーコは二人きりになった。看板娘は他の客の対応に追われ、板前さんは厨房で新しいタルタルソースの試作に夢中だ。テーブルの上には、食べかけの39㎝アジフライと、ボクが作ったタルタルソースの皿が残っている。
ふと、ヨーコが黙り込んだ。いつもは「~なのじゃ」と弾んだ口調で喋る彼女が、じっとボクの顔を見つめてくる。その瞳は、まるで湖の底のように深く、どこか真剣な光を宿していた。
「ヨーコ? どうしたの?」
ボクが尋ねると、ヨーコは小さな体を少し縮こまらせ、尾をそっと下げた。いつもならふわっと揺れる銀色の毛並みが、今は静かに沈んでいる。彼女は一瞬迷うように視線を彷徨わせ、意を決したように口を開いた。
「ルフィス……ルナリス森でのことなのじゃ。あの森、急に瘴気が消えて、魔物もいなくなった。まるで何かに浄化されたかのように……何か、心当たりはないか?」
その言葉に、ボクの心臓がドクンと跳ねた。ヨーコの声は普段の軽やかな調子とは違い、どこか重く、震えている。彼女はさらに言葉を続けたが、途中で言いよどんだ。
「おそらく……我が母が亡くなったのは……」
「――!」
ボクは息をのんだ。ルナリス森での出来事が、頭をよぎる。あの時、ボクは「聖女の癒し」のスキルを使って、森の瘴気を浄化し、暴れていた魔物を鎮めた。聖草を急成長させたのもその力の応用だった。でも、その影響で……ヨーコの母が?
「ヨーコ、ボク……」
言葉が喉に詰まる。ヨーコの母を奪ってしまったかもしれない。聖女の力を使ったことで、彼女の家族を、彼女の大切なものを壊してしまったのかもしれない。胸の奥に、冷たい罪悪感が広がっていく。ボクは聖女として、癒しを与えるはずだったのに。どうして、こんなことに――。
ヨーコはうつむき、テーブルの木目をじっと見つめていた。彼女の小さな肩が、ほんの少し震えているように見えた。ボクは何を言えばいいのか分からず、ただ彼女の次の言葉を待った。
やがて、ヨーコはゆっくりと顔を上げ、ボクの瞳をまっすぐに見つめた。その瞳には、悲しみと、しかしそれ以上の強い決意が宿っていた。
「大丈夫なのじゃ」彼女は静かに、だが力強く言った。「母も、戦って死んだのなら本望じゃろう。我が一族のモットーは弱肉強食。強い者が生き、弱い者は淘汰される。それがルナリス森の掟なのじゃ。ルフィス、そなたは強い。わらわの主として、わらわを守り、森を変えた。強い主様こそ絶対なのじゃ! だから……あまり気にせんでよいのじゃ!」
ヨーコの言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようでもあった。彼女の声には、悲しみを押し殺し、前に進もうとする覚悟が込められていた。ボクは、ヨーコの小さな体に宿る強さに、胸を締め付けられる思いだった。
「ヨーコ……」
ボクは彼女の名前を呼び、そっと手を伸ばした。ヨーコは一瞬びくっとしたが、すぐにその手を自分の小さな前足で握り返してきた。彼女の毛は柔らかく、温かかった。
「ボク、ヨーコの母さんのこと、知らなかった。もしボクの力が原因だったなら……本当にごめん。でも、ヨーコがそう言ってくれるなら、ボクはこれからもヨーコの主として、ちゃんと守っていく。約束するよ」
ボクの言葉に、ヨーコの瞳が一瞬潤んだように見えた。だが、彼女はすぐにいつもの明るい笑顔を取り戻し、尾をぴんと立てた。
「ふむ! ルフィスの言葉、しかと受け止めたのじゃ! わらわも、そなたの従魔として、もっともっと役に立つぞ!」
ヨーコの声は、さっきまでの重さを吹き飛ばすように弾んでいた。ボクも、彼女の笑顔に釣られて笑った。胸の奥の罪悪感は完全には消えないけれど、ヨーコの強さと絆が、ボクの心を少し軽くしてくれた。
外ではまだエリザとミリアの「平和な話し合い」が続いているのか、時折ドン!という音や叫び声が聞こえてくる。ボクとヨーコは顔を見合わせ、くすっと笑った。
「エリザ、そろそろ戻ってくるかな?」
「ふふ、あの龍聖女なら、どんな騎士も丸め込むのじゃ!」
ボクたちはアジフライをつまみながら、エリザの帰りを待つことにした。ヨーコとの絆は、ルナリス森の悲しみを乗り越え、もっと深いものになった。
よーし、いいぞ!
パクったらいい感じのクソっぷりになってきたぞ!




