#10
「次は…右、だよな」
「だね」
ダンジョンをどんどん進んでいく。
でも、行けども行けども同じような風景だ。
最初はわくわくしていたけれど、さすがに飽きてくる。
昨日は初めてだったし、ついでにスリルが大きかったので飽きることはなかったんだけど、今回は「確実に戻れる」とわかっているのだから、緊張感がなくなるのもある程度仕方がない。
「うーん……これでモンスターとか出てくれば、また違うんだけど」
「ちょっとダイチ、そういうこと言わないでよ、本当に出たらどうするのさ」
「その時には、オレが『めぇん!』ってやっつけるから大丈夫だ」
ケンゴが、手に持った枝(本人曰く「剣」)をブンッと振ってみせる。
おお、さすが剣道少年。頼りになるなー。
「にしても」
ケンゴは周りを見回す。
「何にもねぇな」
「だね」
コータも同意する。
「何のために作られた場所なのかな」
「婆ちゃんに訊いてみる?」
「それが良いかもね」
言いながらどんどん突き進む。
昨日みたいにおそるおそる歩くのとは大違いだ。
そのうちに、さすがにみんなダレてきて、一旦戻ろうということになる。
ここまで歩いてきた道を引き返す。
うーん、ドラマがない。
「これだけスペースがあるんだから、もっと色々持ち込もうぜ」
「やっぱり灯りが欲しいよね」
などと話し合いながら、今来た道を振り返る。
仲間と一緒だからまだわくわくしていられるけれど、真っ暗な石積みの通路はどうしても不気味な雰囲気だ。
「次は、右」
「右ね」
どんどん戻る。
「けっこう歩いたからな。今何時くらいだと思う?」
「1時間くらい歩いたもんね。順調に戻れば5時半ギリギリくらいには出られるはずだよ」
ちなみに相変わらずスマートフォンの電源は入らなかった。
そのことにぼく一人釈然としないまま、もと来た道へ突き進む。
……と。
「何だここ?」
何故か来たときには通っていないはずの広い場所に出た。
「えっ」
コータが慌てた声を出す。
「どこかで間違えた?」
「いや、あってると思うけど……」
そこは教室くらいの大きさで、八つの通路につながっている。
これまで通ってきたのは最大でも四差路で、こんな場所は通っていないはずだ。
つまり。
「迷った……?」
ケンゴが震え声で言う。
「どどどうしよう」
「お、落ち着け、ほらダンジョンの歩き方で歩けば大丈夫なはずだ」
大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
「でも、間違えた道と正しい道、どちらも通ってきたわけだから、昨日ダイチに教えてもらった蛍光石をたどる方法でも正しい道がどちらかまではわからないよ」
コータが困ったように言う。
ちょっと震えているので、泣くのを我慢しているのかもしれない。
どうしよう……と途方にくれていると、フッとあたりが暗くなった。
「「「!!!!!」」」
懐中電灯が切れた!
これはマズい。一瞬にしてパニックが広がる。
「落ち着け!」
思わずオレは叫んでいた。
「こういう時は慌てると余計に状況が悪くなる! 大丈夫だ。こんなトラップもない、モンスターもいないような低難易度のダンジョンで命の危険などない」
畳み掛けるように言うと、あたりはシン……と静かになった。
脅かしてしまったか……? まぁいい、パニックを起こされるよりは……
「「キターーーーーーー!!!!」」
いきなり二人が叫んだ。
なんだ?
「キタキタキタ! 大人ダイチ!」
「いやぁケンゴさん、来ましたねー!」
何を喜んでるんだ? わけがわからん。
オレはコホンと咳をして、
「なんだか知らんがとりあえず出るぞ。大丈夫だ、三十分ほどで出られる。付いてこい」
と、二人を促して歩き出した。
「二人とも何がダメだったかわかるか?」
暗い場所を歩く時、黙っているのは良くない。
何でも良いので会話を続けるほうが生存率が高まるのは、冒険者としては常識だ。
モンスターに索敵される確率が上がるが、精神疲労で戦えなくなる方がよほど危険だからだ。
「わかりません!」
「ぼくも同じく」
二人が元気よく返事する。
ふむ、特に精神的に追い詰められているようなことはなさそうだ。
ならば、ついでに昨日のレクチャーの続きと行こう。
「どこでミスしたかわかっていないと同じことを繰り返す。今回は低難易度ダンジョンだから命の危険はないが、同じようなミスを他のダンジョンでやらかすと自分ばかりか仲間の命まで脅かされる」
「はいわかりました! 先生!」
「……先生?」
怪訝そうな顔をして二人を見ると、キラキラした目でオレを見ていた。
何を考えているのやら。
「今回のミスの原因は道程を記憶に頼ったことだ。右、左、右…と進めば、逆にたどればいいと思っていただろうが、それは間違いだ」
「なぜですか?」
「一度でも間違えれば、100%帰れなくなるからだ。特に三差路は来る時に右折だったのか、左折だったのかわかりようがない。『今回は右に曲がれなかったから左』なんてやってれば、間違えないほうがおかしい」
「では、どうすればよかったんでしょうか、先生!」
「……蛍光石を読むことを覚えておくことだ」
「蛍光石を、読む…?」
「そうだ。人が通ったあとの蛍光石がしばらくの間ぼんやりと光ることは知っているだろう? ならば、あとはどの角を曲がったかがわかればいい。そこで――」
埋め込まれた蛍光石に手を触れて見せる。
曲がり角に二色の光の文様が現れた。
それを見た二人は「わぁっ」と声を上げた。
「この形を覚えておけばいい」
「ええっ、そんなの覚えられっこないですよ!」
「ムリムリ!」
二人が悲鳴を上げるので「そうでもない」と言って黙らせる。
「ダンジョンでは一つの階層に同じ模様は決して現れない。これは絶対のルールだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
次の角でも、同じように文様を光らせる。
「この模様はダンジョン語で『棘』という意味になる」
「ダ……ダンジョン語?」
「蛍光石を使って書かれる、ダンジョンでのみ使われる言語だ。そうだな……『魔法陣』のようなものだと思えばいい」
「あと、す、すぴな? ってどういう意味?」
「『棘』だ。発音が難しいか?」
「ちょ、ちょっとうまく聞き取れないです」
「そうか」
ちょっと肩を落として、
「まぁなんだ、一つの模様が、日本語でいう『犬』とか『猫』といった単語のようなものだと思えばいい。同じ単語は絶対出てこないので、角に来るたびに、記憶にある単語の方へ進めば、基本的に迷うことはない」
「えー、結局記憶に頼っているような……」
「それに、模様を覚えるなんて……」
「さほど複雑でもないだろう。それに、右左二種類を延々覚えるよりはずっと現実的だ。仮に間違えても、記憶にある単語のところまで戻ることもできる。それに、ダンジョン詩篇はダンジョンは制作者のセンスが色濃く現れるからな」
また壁に手を触れ、蛍光石を光らせる。
現れた模様が意味するのは――痛み。
「どういう道筋を歩くにしても、うまく一つの文章――詩とか散文になるようになっている。故にダンジョンを歩くのに必要なのは、記憶力よりも言語センスだと言われている」
説明すると、二人はがっかりしたような顔をして、
「……なんか難しいこと言いだしたぞ」
「ダイチはいつも難しい言葉を使うけど、今日はまたとびきりだね」
「……説明ベタですまない」
ダメだ、うまく説明できん。今日のところは諦めよう。
今日は成人の日ですね。新成人の方は成人おめでとうございます。
本日は二話更新します。ささやかではありますがお祝いです。
今年(令和三年)は成人式の殆どが中止になったと聞きます。
暇つぶしにお使いください。




