57 迷宮の嫌われ者退治
お待たせしました。
4章の構成も少しずつ纏まってきたので、投稿していきます。
久しぶりに2話同時更新のため、ご注意ください。
これは1つ目の話です。
石造りの暗い通路を、黒色の外套に身を包んだ1人の男が歩いている。
周囲は薄暗く、光源といえば、時折壁に生えている光苔が、ぼんやりと淡い光を放っている位だろうか。
しかし、男はそんな暗闇の中を、特に気にした様子もなく歩き続ける。
どれくらい進んだことだろう。
男は通路を抜けて、広い空間に出た。
そこは、かなり広い正方形の部屋である。
入り口以外に部屋の出口は見当たらず、中央には2ルートル位の竜の頭部を象った石像が置かれていた。
更に、その石像の前には、1人の女性と思われる影が倒れており、よく見ると怪我をしているのか、腹部から流れる血が床に血溜まりを作っている。
明らな罠の雰囲気だ。
もし他の者がこの光景を見たら、間違いなく警戒するだろう。
実際、部屋に踏みいった時点で、男には何者かからの突き刺すような視線を感じていたのだが、あえてその視線を無視していた。
男は、倒れている女性の元へと進み、その安否を確かめる。
やはりと言うべきか、女性は既に死んでいた。
死体を見ると、肌が所々紫色に変色しており、喉を自らの爪で掻き毟ったような傷もある。
恐らく死因は何らかの毒だ。
そう男が分析していたその時、突如、床からガチャンと何かの仕掛けが作動したような音がする。
すると、正面に設置された竜の石像の閉じられていた顎が開く。
その開かれた竜の口の奥から、紫色の煙が勢いよく噴き出す。
ダンジョンで多く見られる、毒ガスが噴き出すタイプの罠である。
煙を見て、すぐにそれに男が気づいた男が、急ぎその場を離れようと後方へと跳ぶ。
だが、宙にその身を晒したその瞬間、竜の石像の口から、更に3本の矢が勢いよく飛び出す。
どうやら、時間差で仕掛けてあったボウガンから弓が飛ぶようになっていたようだ。
しかも、矢にもまた何らかの毒が塗られているのか、鏃には毒々しい紫色の粘液が塗りたくられていた。
そして、放たれた矢は無情にも、男の体に全て突き刺さった。
それによりバランスを崩し、その場で倒れこんだ男へと、竜の石像は容赦なく更なる毒ガスが浴びせる。
やがて、毒が全身に回ったのか、男は力尽きてその場に崩れ落ちると、動かなくなった。
男が倒れて少しの間を置いて、突如部屋の入り口近くの床の一部がゴトリと音を立て、外れる。
床の下には小さな空間があるらしく、その中から2匹の魔物が這い出てきた。
大きさは人間の子供と差して変わらず、されど赤色の肌、禿げ上がった頭には小さな角と魔物として一目で分かる姿をしている。
更にその顔には大きな目玉が一つあり、びっしり牙が生えて大きく裂けた口が見たものに恐怖を与える。
この魔物は、インプと呼ばれ、ダンジョンで最も嫌われているであろう魔物である。
インプは特殊な魔物であり、戦闘力は低く、また滅多にダンジョンで生まれる事も無い魔物である。
非常に狡賢く、手先も器用な魔物であり、その最大の特徴は、ダンジョン内部の仕掛けや罠を巧みに使うという性質だ。
例えば、元からダンジョンに設置されてあった罠を、より凶悪に改造したり、材料さえあれば、時には自分達で罠を製作することもあるという。
その罠の種類も様々だが、中には、冒険者が仲間を助ける事を利用して、他の冒険者の死体を餌に使い、得物を罠に誘き寄せることもあるという。
そして今回使われた罠もまた、そういう悪質な物であった。
自らの罠によって新たな冒険者を仕留められたと、インプ達は、自らの成果にゲヒャヒャと笑いながら倒れた男へと近づく。
インプは、冒険者の死体を漁る事でも知られる。
それは、死体その物や、身に着けている装備を使い、新たな罠を作り出す為だ。
そのため、ダンジョンにインプが出現したと分かれば、本来はなるべく早く討伐するべき事案であり、ギルドも依頼をすぐに依頼を張り出すものだ。
インプの討伐が遅れれば遅れるだけ、ダンジョンに不慣れな冒険者から命を落とすことになるのだから。
しかし、このダンジョン、紅蜥蜴の迷宮では、随分前からインプは目撃されていたにも拘わらず、ある理由のため、未だに討伐される事はなく、今もこうして被害が出続けている。
インプ達は、倒れた男へと腕を伸ばす。
その黒い外套を引き剥がそうと掴んだその瞬間。
倒れていた男が、その伸ばされたインプの腕をがっしりと掴むと、インプの腕を尋常じゃない力で捻り上げた。
「アギャアァッ!?!」
突然の出来事に驚き、訪れた痛みによってインプが叫ぶ。
その様子に危険を感じ、もう1匹のインプは即座に飛び退き、かつて冒険者から奪い取った短剣を構える。
インプが短剣を構えると同時に、倒れていた男がゆっくりとした動作で起き上がり始める。
その姿を見て、インプは明らかに動揺した。
間違いなく、先程、この男は確か毒によって死んだはずだと。
インプは、狡賢いだけでなく、とても憶病な魔物でもある。
なので、獲物が確実に死んだと、確信を待って、初めて姿を現すのだ。
実際、この2匹のインプも、男が確実に焼け死ぬまで観察していたし、矢に使用した毒は強力な神経毒であり、生身であんなものを食らえば、それだけでもショック死しかねない程のものだ。
自分達も罠を作るときに細心の注意をして、罠に掛かった人間を確実に殺せるようにと準備していた自信作でもある。
なのに、この男は確実に毒矢をすべてその体に受け、更にダメ押しとして、動けなくなったところへ毒ガスを息絶えるまで浴びせ続けたにも関わらず、なぜ動けるのか?
そして、その疑問の答えは、そのすぐ後に判明した。
起き上がった男は、深々と被っていたその黒い外套のフードを取る。
そうする事によって、隠されていたその顔が露わとなった。
そこにあるのは、黒い頭蓋骨。
その姿を見て、インプは気が付いた。
男の正体は、アンデッドの一種である、スケルトンだと。
だが、なぜ、ここにスケルトンがいる?
そもそもこの魔物は何をしているのか?
男の正体を知ったからこそ、そうした新たな疑問がインプの頭に次々と浮かぶなか、そのスケルトンが動く。
未だ暴れている掴んでいるインプを、片腕だけの力で強引に近くまで引き寄せると、腰に装備している剣を鞘から引き抜き、そのまま無造作に一閃を放つ。
たった一撃。
ただそれだけで、仲間のインプは、胴体を真っ二つに切り裂かれた。
傷口から血と臓物が溢れ出て、力を失った下半身が崩れ落ち、グシャリと嫌な水音を響かせる。
インプにとって、信じられないような光景である。
確かにインプは、戦闘力だけでいえば、弱い魔物だ。
とは言え、それでもスケルトンやゴブリン等に比べると、それらの種族の魔物よりは強い。
まして、このようにスケルトンの攻撃で、一撃で倒れるような事など本来ありえないのだ。
しかし、このスケルトンの攻撃を、そしてその一撃で倒れた仲間の亡骸を見て、とてもこのスケルトンが自分よりも弱い存在とは思えなかった。
つまりは、ただのスケルトンではなく、進化した上位種である。
インプの背筋に、ゾッと冷たい物が流れる。
明らかに自分が挑んで勝てる相手ではないと本能が理解する。
少しでも距離を取ろうと、ゆっくりと後退りするインプ。
それに対し、スケルトンは、掴んでいた、かつての仲間の上半身を無造作に投げ捨てると、ゆっくりとした足取りで剣を構えて近づいてくる。
スケルトンの手にした剣からは、先程切り裂いた仲間の血が今も滴り落ちており、歩く度に床を赤い血が点々と汚していく。
そして、このままでは、その刃が振るわれるのは次は自分になる。
そう理解して、今もなお目前に迫りくるスケルトンの姿に、明確な死のイメージとしてインプに襲い掛かる。
「グ、ゲゲギャ! ゲギャッキャー!?」
やがて、その恐怖に耐えきれなくなったインプは悲鳴を上げながら、一目散に部屋の入り口目掛けて走り出した。
もはや抵抗する気力も無く、あのスケルトンから少しでも遠くへ逃げようと、自らが生き残る可能性に賭けて、この部屋唯一の出口である、通路へと全力で走る。
突き刺さるような殺気を感じ、背後を振り返る。
しかし、スケルトンはゆっくりとした速度で未だに歩いてるだけだった。
その姿を見て、インプは安堵する。
あのスケルトンは力が強くとも、どうやら自分の速度に追いつけるほど早く動けないようだと。
ならば、今はこのまま逃げ延びさえすれば、それでいい。
また、ダンジョンで罠を集めて、次は確実にあのスケルトンを仕留められるような罠を仕掛ける。
生き残りさえすれば、今はそれだけで自分の勝ちなのだと。
そう僅かな希望に思いを馳せたその瞬間。
ヒュッと、小さな音が聞こえた。
それに反応して、前を振り向いたインプは、再び驚愕する事となる。
なぜならば、振り向いたその目の前には、正に今、自分の射抜かんとする一本の蒼く輝く矢が、避けられない速度で迫ってきていたのが見えたからだ。
それを理解した瞬間、インプの瞳が、大きく見開かれる。
直後、目前に迫っていた矢が、寸分違わずに、インプの瞳の中央を射抜くと、その頭を弾け飛ばした。
◆
インプを始末し、周囲に他の魔物の反応が無いかを生命探知によって確認した俺は、指輪に魔力を流し、人化の術を発動させて人間の姿へと戻る。
それを合図に、通路の奥で待機していたシルビアが声を掛けてくる。
「お疲れージェイド」
「おう。シルビアもな」
シルビアとお互いに労いの言葉を掛け合っていると、背後の通路からマシロを連れてアーティアが現れる。
マシロとアーティアには、万が一後方から別の魔物や、他の冒険者達がこの場所に来ないように見張りを頼んでいた。
「2人共お疲れ様。でもジェイド君平気なの? さっき思いっきり矢が突き刺さってたように見えたんだけれど、怪我とかしてないの?」
「ああ。スケルトンの姿の時は、痛みも感じないし、今より体が頑丈だからな。安物の外套には突き刺さってたけど、体には傷一つついてなかった。それに、毒もそもそもが効かないからな。だから怪我もしてないし、心配しなくていい」
「便利なものね……。それならいいけど。それにしても、予想以上に上手くいったわね」
「そりゃ、普通思わないでしょ。罠に掛かった相手がアンデッドで、自分達を狩るためにわざと罠に掛かったなんて」
「だからこそ、警戒心が強いインプをおびき寄せるには最適だっただろ? それに、最後の弓矢の一撃もなかなか見事だったぞ……って。待て待て待て。そういえば、これ大丈夫なのか? あいつの頭、派手に吹っ飛んでるから、提出しないといけないインプの目玉が一つ回収できないだろコレ?」
「や、やだなー! 指定されたのは、目玉と羽と魔石でしょ? い、一応、羽と魔石は無事だったんだし、片方の目玉もあるから、平気だってば! 心配しなくても大丈夫! 大丈夫!」
「いや、大丈夫ってお前、どっちにしろ提出する素材が減るとなると、報酬が下がる可能性もあると思うんだが、その辺の事も考えて……。おい。目を反らしてんじゃねーよ」
「あっ! そうだ、今までの被害者達の遺留品を探さないとね! あの穴の中かなー?」
俺の非難する声を、シルビアは、露骨に話題を変えて、そのまま1人でそそくさとインプの出てきた床の隠し通路の方へと歩いていく。
逃げやがったたアイツ……。
「シルビア。1人で行くと危ないわよ。少し待ちなさいってば!」
1人で歩いていくシルビアに対してそう呼びかけながらアーティアが引き留める。
「はぁ……。シルビアの分の分け前は減らすとして「ちょっと!?」だ。インプ討伐の依頼はこれで終了かな」
「依頼書には2匹だと書かれてたけど、インプは本当に2匹だけなの? 他にも隠れてる可能性は無いかしら?」
「その可能性も考えて、今も俺の生命探知でしっかり確認しているぞ。部屋に入った時点で、反応はあの2匹だけだったし、今も他の反応は無いから、大丈夫だと思う」
「そう。それなら問題ないわね。これで当分は出現しないといいんだけどね?」
「元々インプは滅多に出現しない魔物らしいからな。しばらくは大丈夫なんじゃないか?」
「そうね。それじゃ、早いとこ目玉と羽、あと魔石を回収しちゃいましょうか。1匹の目玉は、シルビアが派手にダメになっちゃたみたいだけど、幸い羽と魔石は無事みたいだしね」
「だな。インプの解体は俺がやっておくから、アーティアとマシロはシルビアと一緒に、あの隠し通路の中を調べてもらえるか? 一応、魔物の反応はないが、罠があるかもしれないから用心してくれ」
「ええ。シルビアだけだと不安だしね。一応、保険として、風魔法の風の障壁を張っておくわ。じゃ、行きましょマシロちゃん」
「シャシャ!」
「ぐむむぅ……!」
インプの目玉を、景気良く爆散させてくれたのを、アーティアにも地味に弄られて、シルビアが何か言いたそうに見つめてくる。
そんな目で見られても、減った分は当然、分け前から減らすからな?
シルビア達が隠し通路の内部を探索してくれている間に、俺は2匹のインプを解体しつつ、魔石と羽、そして目玉を回収する。
シルビアに教えてもらったのもあり、こうした魔物の解体作業にもだいぶ慣れてきたものだ。
程なくして、特に問題なく、全ての素材の回収が無事に終わった。
そして、ちょうど解体が終わったタイミングで、隠し通路の中を探っていたシルビア達も戻ってきた。
「お帰り。で、どうだった?」
「奥に被害にあった冒険者達の持ち物があったわ。あのインプ達、結構貯込んでたみたい。でも元々の品があまり状態が良くなかったみたいで、所々に破損が目立つ物が多いわ。正直、そのまま使うより武器屋にでも売ったほうがいいんじゃないかしら?」
「後はボロボロになった防具とかもあったけど、こっちは更に酷い状態かな。多分、再利用も出来ないと思う。これは持って帰る必要がないと思うかな」
「よし。なら、売り物になりそうな貴金属と武具だけ回収でいいか。被害者の遺留品は俺達が貰っていい契約だから、マックロウさんの店で買い取って貰えないか聞いてみよう」
今回のインプに限らず、一部の魔物の中には、仕留めた冒険者の装備や持ち物を好んで持ち帰る者もいる。
そうした魔物の討伐依頼では、見つけた遺留品の回収が出来た場合、それを追加報酬として貰える契約になっている。
手分けして、一通り、回収できる物はすべて回収し終わり、魔法の袋へと詰め込んだところで、俺達はギルドへ依頼を達成した事を伝えるため、地上に戻る事にした。




