幕間4の4
ギルと行動を共にするキュール。二人は少しずつ、友人としての互いを見出していった。
お待たせ致しました。
そのぶんやや長めです。
楽しんでいただければ嬉しいです。
鋭い声が響き渡った後、暗闇の中から現れたのは貴族風の三人組であった。
およそこういった場所にそぐわない風貌の三人組は猛禽類のような視線をこちらに向けている。
「見たことない顔だな、労働者というわけでもないが……」
三人組はの真ん中の男が口を開いた。声から察するに、先ほどの誰何の声を上げたのも、この男だろう。
絡みつくような視線をギルとキュールに向けている。その様子はまるで獲物を見逃すまいと狙いを定める蛇さながらであった。
己にまとわりつくような視線に居心地の悪さを覚えながら、キュールは慌てた様子で弁明した。
「あ、怪しい者ではないです!私は研究者で、ここに地質の調査に来てます」
「ん?お前男か?そっちの男はなんだ、見た所研究者というわけでもないが……」
キュールの声を聞いて男は僅かに目を大きくすると今度は視線をギルの方へやった。
ギルは内心で舌打ちしながら顔を隠すことをしていなかった己の迂闊さを恥じた。
ギルは目の前の酷薄そうな男に見覚えがあったのだ。当然、向こうもこちらを覚えている可能性があった。
悟られることのないように顔を俯かせてはいるが、誤魔化せるかどうかは怪しいところだった。
「こ、この人は、僕の護衛です!」
キュールはギルと男とを遮るように腕をばたばたと振りながら広げた。
「護衛……ん、貴様誰かに似ているような…」
男は鋭い目をさらに細くしてギルの方を睨めつけた。
顔を確かめるようにギルの方へと近付いていく。
「わわ、わ、あの本当に護衛ですので、その……」
「うるさい。貴様には聞いていない!」
キュールの身体を押しのけてギルの真ん前まで歩を
進めた男は顎に手を当てて記憶を辿るかのように唸った。
そこへ、後ろに付き従っていた男達の片方が、あっ、と図体に似合わない甲高い声を上げた。
「ランツァ様、こ、この方はギル殿下ですよ!第1王子の、ギル殿下です!」
「ああ、そういえば、間違いありません!」
「なんだと?バストン、イヤサ、確かか?」
ランツァと呼ばれた男は振り返り、二人の表情を見た。
言葉から察するに、先ほど声を上げた巨漢がバストンで、続いて追従した細身の小狡そうな男がイヤサだろう。
二人が嘘を言っているわけではないと感じたランツァは再びギルの顔を真正面から観察した。
そして、己の記憶に辿り着いたのか、一瞬驚き、続いていやらしい笑みをその顔に浮かべる。
「ほう、どうやら本当にギル殿下のようですね。殿下、こうようなところへどう言った御用向きで。それにその格好、公の視察というわけでもありますまい?」
「貴殿は確かランゴバルト公爵家の、ランツァ殿といったかな。貴殿こそ、このような場所にどういった用件だ。物見遊山、というわけではないだろう」
ギルは舌打ちが漏れそうになるのをなんとかこらえた。こちらを探るような相手の言葉に同じく探りを入れる。
(ランゴバルト家……過激派の中でもかなりの発言力をもつ大物だ。やっかいな奴らに出くわしたな)
再度舌打ちしそうになりながらも頭の中で考えを巡らせていった。
その様子にランツァはふん、と鼻を鳴らしている。そして、ふと何かを思いついたのだろう、下卑た笑いを浮かべながらキュールとギルとを見比べた。
「ははあ、これは失礼いたしました。私としたことが、かようなことに気付かぬとは。殿下はここで逢瀬をしていらっしゃったのでしょう。男色な上に、わざわざこのような場所まで出向かれるとは、殿下はどうやら暇を持て余されておられるようだ」
その言葉に追従してバストンとイヤサも品のない笑いをその顔に浮かべた。どうやらギルの格好から強くでれないと踏んだのだろう。ギルの今の立場を充分に理解している証だった。
(ちっ、ゲスな男だ)
何かを言い返そうと一歩前に出ようとしたギルだったがそれよりも早く反応したものがいた。
「ギル様に対して失礼なことを言わないでください!僕と殿下はそんな関係ではありません!」
キュールだった。その大きな瞳がきっと、相手を睨みつけている。しかしよく見るとその両拳は強く握りしめられ、力の入った肩は小刻みに震えていた。
身分の違う相手に噛み付いているのだ、内心の恐れは生半可なものではないだろう。
そんなキュールの様子を一目で悟ったのか、虫でも見る目つきでランツァは吐き捨てた。
「ふん、貴様は黙っていろ。下賤がうつる。それに貴様がいったのだ、護衛だと。下賤な者の護衛もまた下賤、失礼なことなどないだろう」
ギルとキュールを小馬鹿にしたその物言いにキュールは悔しそうに唇を噛み締めたのだった。悦に入った表情でキュールを眺めたランツァは首を振って合図をした。
それに応えてバストンとイヤサはキュールへと近付いていった。
「そういえば世話になっているお方に男色の方がいてな、貴様を手土産に持っていったらさぞかし喜ばれることだろう」
もはや完全に自分の優位を確信したランツァには、遠慮することなどなかった。見下した笑いを浮かべて二人が手を伸ばすのを見ている。
男二人の手がキュールのか細い肩にかかろうとしたその時だった。沈黙していたギルが二人の前に立ちふさがった。
「俺から言わせれば貴様らの方がよほど下賤なように思えるがな。その薄汚れた手で俺の友人に触れるのはやめてもらおうか」
その声は底冷えするほどに低く、藍色の瞳は冷たく相手を見据えていた。キュールは自分を守る背中を眺めながら周囲の温度が下がったような錯覚を覚えた。
バストンとイヤサは怖気付いたかのように、その動きを止める。ギルの視線を浴びてなおも臆することがなかったのは、ランツァだけであった。
「殿下にそのような言葉をかけられるとは、悲しいものです。しかしいいのですか、そのような態度で。ここにいたことが公になっても」
余裕を崩さないランツァはその唇を一層吊り上げた。
「構わん。貴様らも条件は同じだろう、どうせ貴様らのことも後々調べるつもりではあったのだ」
ふん、と鼻を鳴らすギルの言葉にぴくりと眉を動かしたランツァ。表情こそ変わらないが、どこか纏う雰囲気が変わったようにキュールには感じられた。
「そうですか、それは残念。ところで、殿下。私いいことを思いつきまして」
不気味なまでに笑みを崩さないランツァはギルには近寄らず、逆に一歩引いて距離をとった。そうすることでランツァとバストン達とが横並びになる。
対してギルは無表情で油断なくランツァを見ていた。
ランツァが両手を開き芝居掛かった仕草と口調で話し始めた。
「金鉱脈にお忍びで現れるギル殿下。その目的は金の横流し。ランゴバルト家の嫡男である私がその一部始終を目撃し、諌めるも、抵抗するギル殿下。仕方なく私は殿下とその案内人を手にかけてしまう……どうでしょう、この筋書きは。穏健派だけではない、あなたのお父君もそんなことが知れ渡ってはただではいられません」
「はっ、下衆の考えそうな話だ。父上はそんなことでは揺らぎはしないさ。それにしてもランゴバルト伯爵も哀れだな。貴様のような者が嫡男とは。さぞかし手を焼かれたことだろう」
ランツァの表情が変わった。先ほどまでの表情から一変、顔を醜く歪めた。瞳には冷酷な光が宿り、爛々《らんらん》と怒りに燃える色を内包していた。
「詫びれば許してやろうと思っていたが。父上を侮辱されたとあっては是非もなし。望み通りにしてやろう!」
「なるほど。それが貴様の本性というやつか。そっちのほうが下衆らしくていいではないか」
嘲るように笑うギルに耐えきれなくなったランツァは腰に下げていた細剣を抜刀し、吠えた。
「奴を殺せ!!」
振り下ろされた切っ先に押されたように残る二人も獲物を構え、ギル達に向かって走り出した。
(大した腕ではなさそうだが、キュールを守りながら三人の相手をするのは分が悪いか)
「キュール!!ここは退くぞっ!来い!!」
「えっ、あ、はい!!」
振り返るやいなやじっと様子を見守っていたキュールの腕を掴む。そのまま驚きに戸惑うキュールを連れて、ギルは走り出した。
「くそ、逃すな!追えっ!!」
苛立ちを露わにしたランツァは再び声を張り上げた。
「キュール!そのまま走れ!!」
キュールの手を離し先に行かせたギルは立ち止まり追いかけてくる三人へと身体を向けた。
懐から解けやすく結ばれた包みを取り出すと地面へと投げつけた。
包みは勢いよく地面へと叩きつけられ、その瞬間、包みの口から煙のようなものが舞いあがった。
たちまちあたりは真っ白になり、追いかけていた三人はギル達の姿どころか、互いの顔さえも見えなくなってしまった。
「くそっ!なんだこれは!やつらはどこにいった!?」
「何もみえません!」
たじろぐ二人の様子にランツァは苛々を募らせる。舞い上がる煙に対して腕を大きく振り回す様子は癇癪を起こしている子供のそれだった。
ランツァの動きもあってか、徐々に煙は引いていき、辺りの様子が見え始める。
互いの姿もわかるようになり、三人は誰からともなく前方に目をやった。
そこにはギル達の姿はなく、光の届かない道が暗く伸びているだけだった。
「くそがっ!!」
ランツァは堪え切れず悪態を吐くと、地面を蹴りつけるのだった。
二人は三人の姿が見えなくなってからも、走り続けていた。地図を見る間などなく、もう何度分かれ道を進んだかわからない。
気がつけば、二人は自分が今どこにいるのかを見失っていた。
「戻る道に分かれ道はなかったから問題ないとは思うが……」
ごつごつとした壁に触れながらギルは唸るように呟いた。
ふと、先ほどから静かなキュールの方を振り返る。
キュールは沈んだ表情で俯いていた。
「キュール……」
「申し訳、ありません……。僕が、余計なことを言わなければ……」
紡がれる言葉も弱々しく、自責の念に溢れていた。
ともすれば泣き出してしまいそうな瞳を見て、ギルは責めるでもなく、溜息をついた。
キュールは思わずびくっと身体を跳ねさせた。何を言われても仕方がない、覚悟を決めてきゅっと目を瞑ったキュールだったが、いつまでも彼を責める言葉が聞こえてくることはなかった。
代わりに、頭の上に暖かい温度と心地よい重みを感じた。
恐る恐る目を開けたキュールの目の前に、ギルがいた。
目はまだ少し殺気立ってはいるが、口元に笑みを浮かべてキュールの頭の上に手を乗せている。
「あっ」
「別段キュールが気にするとかではないだろう。そもそもの話をするならば、俺が王子という身分でこのような軽率な行動をとったことがいけないのだ」
「や、ちがっ」
「とにかく、お前のせいではない。あまり気に病むな」
キュールの言葉を遮ったギルは二度ほど彼の頭を搔きまわすと再び背を向けて進んでいった。
目の前を歩く背中を見て、キュールは嬉しそうに頭を押さえたのだった。
どのくらい逃げただろう、二人はついに行き止まりに当たってしまった。
「戻るしかないか……しかし」
煩わしそうな声で呟いたギルはふと声色を変えて足元に視線をやった。
眼前には削られた土壁と、その手前数センチから広がる、二メートルほどの巨大な穴がぽっかりとその口を空けていた。
「あっ、ここはこの辺りです!ほらっ」
キュールが広げてみせた地図には縦穴、と記載された円が描かれていた。
頷くギルにキュールは眉を寄せる。
「おそらく元々空洞があって、採掘の時に崩落したのでしょう。少なくとも、僕はこの下に何があるという話は聞いていませんでした」
キュールは縦穴に近づくと松明の火をかざした。火は穴の入り口から数メートルほどを照らすも、その奥には依然として闇が広がっている。
それはかなりの深さ続いていることの表れであり、中を眺める落ちたことを想像し、思わず背筋を凍らせるのだった。
人工的に作られたのではないその穴は、まるで御伽噺に出てくる怪物の口のように、そこにあった。
場所と状況も相まって、覗き込む二人にはその穴の中から今にも長い舌が飛び出し、自分たちを絡めとってしまうのではないか、そんな不安を覚えた。
「やはり、一度戻るか」
立ち上がり、縦穴から距離をとったギルは引き返そうと決めた。
キュールも頷いて、立ち上がる。
その時だった。
「どこへ戻ろうと言うんです?」
人を嘲声が響いた。二人は身構え、身体を固くする。
靴が土を削る足音と共に現れたのは、やはりランツァだった。
こちらを見る瞳は獲物を捕らえた蛇のように残忍そうに細められ、もう逃すまいと舌舐めずりする様子は悪寒を感じさせた。
「ふふっ、私は本当に運がいい。こんなにも入り組んだ道で、あなた方にたどり着けたのだから。いや、あなた方の運が悪いというべきですかな、殿下?」
そういってランツァはゆっくりと腰から細剣を抜いた。鞘と刀身が走る心地良い音が、今の二人には酷く不快な音に聞こえた。ランツァに続き、他の二人も得物を構える。
ギルはキュールの様子を確認した。彼は顔を青くして、抜かれた剣を凝視している。
仕方ないか、と覚悟を決めたギルは、己も剣を抜いた。ずっしりとした重さと手に馴染んだ感覚のおかげで僅かに心を落ち着かせることができた。
正眼の位置で構え、ゆっくりと息を吐く。
「キュール、隙を見つけたら、すぐに逃げるんだ」
「で、でも……」
「構わない。というか、守りながらでは正直厳しい」
ふと、ギルは表情を緩めた。このような修羅場だというのに、その様子には余裕があった。
キュールはざわついていた心が静まって行くのがわかった。同時に、ギルが自分のためにわざと空気を弛緩させてくれたということも。
ギルの気遣いを有り難く思いながらしかし、その言葉が真実だということをキュールは悔しく思った。
ならせめて、足を引っ張ることのないようにと、目の前で油断なく剣を構えているギルに頷いた。
「わかりました。僕は逃げるの、得意ですから」
ギルもまた、キュールがわざと茶化すような物言いをしたことがわかった。
ふっと、口の端を吊り上げる。
「お話は終わりましたか?最後の会話なんですから。もう少し、話しておいた方がいいのでは?」
嘲った声が一瞬にして場の空気を元の冷たさに引き戻す。
ランツァは手に持った細剣を弄びながら小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
表情を引き締め、ギルとキュールは身構えた。
「話の続きは天国でしてもらいましょうか。そろそろ帰らないと、使用人達がうるさいのでね」
「はっ、貴様さえ良ければ、朝まで話してもいいんだがな」
「そうですか。じゃあお言葉に甘えて話しましょうか。死体になったあなた方と、ゆっくりとね!!!」
言うやいなやランツァは大きく踏み出し、細剣を真っ直ぐ突き出した。
身体を捻り躱すがすぐに次の一撃がやってきた。
(存外、速いっ!)
三撃目を剣の腹で弾いたギルは返す一撃を横薙ぎに振るう。
しかし、後ろに跳んだランツァはすでに間合いの外にいた。
「しっ!」
ギルが剣を戻す機を狙って、再び飛び込み切っ先を突き出した。
狙いは首元だ。
「くっ!」
僅かに首を傾けたが、避けきれず、頬に一筋の傷が出来た。血が滲み、ゆっくりと頬を伝っていく。
痛みに顔を歪めたギルに追い打ちをかけるランツァは引いた細剣を今度は横に縦にと切り込んできた。
すんでのところで直撃を避けているものの、相手の調子に飲まれて思うように身体を動かすことが出来ない。
「ギル様!」
心配になり叫ぶキュールを、尻目にギルは剣を袈裟斬りし、行ききったところで手首を返し次は逆袈裟、攻撃の継ぎ目を狙ったその二撃を避けるためにランツァは、再度大きく後ろに跳躍した。
互いに剣を構え直す。右の手の甲で頬から伝う血を乱暴に拭ったギルはランツァに細剣に視線を集中させた。
(細剣は突きに特化した性能、速さでは少し不利か……なら)
今度はギルからランツァの間合いへと踏み込んだ。前のめりになり、やや下段の位置から大きく斬りあげる。
ランツァはギルの攻撃を弾かずに後ろへと跳んだ。
ギルはそれを予想していた。さらに一歩踏み込んだギルは剣を振るわず、左足を軸にして身体を回転させる。振り返ると同時に蹴り出した足はランツァの胸元に勢いよく突き刺さった。
鈍い音と共に空気を飲み込むくぐもった声が響く。
衝撃によろめき後退したランツァは怒りを込めてギルを見つめた。
しかしその姿勢は崩れ、構えはとけてしまっている。
ギルは駆け込み、飛ぶようにして上段からの斬りおろしをランツァへと見舞った。
「ひっ」
ランツァは思わず恐怖に顔を強張らせるが、その頭に攻撃が当たろうという瞬間、鉄と鉄とがぶつかる甲高い音が周囲を包んだ。
ギルとランツァとの間に一振りの剣が割り込んでギルの一撃を止めていた。
バストンである。大柄な身体から放たれる膂力は歪な体勢でもギルの攻撃を受け止め、さらには弾き返した。
今度はギルが衝撃を殺し大きく後ろへ下がった。再度、攻防は膠着した様子を見せる。
(くっ、やはり多勢に無勢か。せめて馬があれば)
「どうしたんですか、苦い顔をして。先ほどは無様にも一撃をもらいましたが……この服高かったんですよ?どう償ってもらいましょうか」
悦に入ったランツァは見下すようにギルを笑った。バストンも追従して嫌らしい笑いを浮かべる。
「しかし些か疲れましたね。バストン、しばらく任せます」
「はい、ランツァ様」
バストンはギルを睨みつけて頷いた。二人と比べて少し尺のある剣を無造作に持って近付いてくる。
ギルは牽制のつもりで横へ跳ぶとそのままバストンの左腕を狙って剣を振った。
対しバストンは手に持った剣を無造作に振るう。紙でも振っているのかと思うほど軽々と振られた剣はギルの一撃を弾いた。
「くっ、なんて力だ」
ギルは距離を取り正眼に構え直す。弾かれた勢いで手がじんじんと痺れを訴えていた。
バストンの剣は技術などなかった。己の持つ力で来たものを拒み、攻撃の際にはただ振り下ろすだけでよかった。
今まで何人もの人がが彼の圧倒的な筋力の前に技術による自信を打ち砕かれて来た。事実、ギルもまた、攻めあぐねている。
何度か攻撃を仕掛けるも、構えや型を無視した暴力的な一撃に遮られてしまう。
舌打ちを何度となく漏らし、打っては引き、打っては引きを繰り返していた。
ギルが最も厄介だと思ったのは、剣の長さだった。通常の獲物とは異なる長さに、間合いが狂うのだ。それ故とる距離も必然的に大きくなってしまう。
踏み込んだ時にはすでに相手の間合いに入っているのだ。
何度目だろう、剣を弾かれたギルは己の息が僅かに乱れていることに気が付いた。
「ちっ」
「おやおや、先ほどまでの威勢のよさはどこへいったんですかな、殿下」
バストンの背後から高みの見物を決め込むランツァはその笑みを増した。
その言葉に勢いづいたバストンはギルへと横薙ぎの一閃を浴びせる。
ギルは姿勢を低くすることでそれを躱わし、下から斬りつけた。
しかしやはり軽々と振るわれた返しの一撃にやすやすと弾かれてしまう。再び距離をとるかと思ったその時、ギルはさらに姿勢を低くして伸びきった膝へと突きを見舞った。
ずぶりと肉に突き刺さる感触が切っ先から伝わってくる。
同時に、バストンは苦痛の声を上げた。
剣を引き抜くとギルは距離をとる。バストンの肘からは大量の血が流れていた。
「慣れてしまえば貴様の剣など恐るるに足らん。ただ力で振り回された一撃など、躱わしてくれと言っているようなものだ」
話すギルの息は乱れていなかった。どうやら相手の隙を誘う演技だったようだ。
利き手を使えなくなったバストンは剣を持ちかえ、怒りの声を上げてギルへと斬りかかる。
だがその攻撃は利き手よりも遅く、そうなって仕舞えばギルにはもはや下がる道理などなかった。
攻撃を交わし、バストンを斬りつける。
次第にギルが優勢になり、代わりにバストンは傷が増え、肩を大きく上下させるようになっていた。
苛立ったようにバストンは剣を振り下ろした。
ギルは余裕を持ってこれを避け、剣を持った手の肘を引くと勢いよくバストンへと突き出した。
「これで終わりだっ!」
相手の胸元へと剣先が吸い込まれていく瞬間、ギルの身体は硬直し、その動きを鈍らせた。
切っ先がぶれて、バストンの肩口へと突き刺さる。バストンは苦悶の声を漏らしながらも、剣を振った。
「がっ!」
一撃は偶然にも剣の腹だったため、ギルの身体は別れずに済んだが、代わりに大きく飛ばされてごつごつとした壁へと叩きつけられた。
背中への衝撃で息が詰まり、ギルは激しく咳き込んだ。
そして涙目でキュールの方をみる。
そこには、ギルの身体を硬直させた原因があった。
「キュール!」
先ほどから気配を消していた男、イヤサがキュールの腕を掴んでいた。
「ギル様っ!」
「くそっ!キュールから手を離せっ」
ギルはバストンの傍を駆け抜けた。繰り出される一撃を躱わして速度を落とさずイヤサ達へと向かう。
声が自然に漏れ、雄叫びを上げてギルは剣を振り抜いた。
それを避けたイヤサはだが、キュールの手を離してしまう。
その反動をもろにくらったのはキュールだった。引き離そうと後ろに力を入れていた為、突然離されたことで小柄な身体は勢い良く後方へと投げ出されたのだ。
キュールのいたところの後方、それは縦穴だった。
あっ、という間の抜けた声と共にキュールが穴へと落ちていく。
下には闇ばかりで何も見えないその縦穴はどこまで伝わっているのか皆目見当もつかない。
ましてキュールの身体には身を守る帷子すらついていないのだ、ギルは反射的に手を伸ばすが、その他は虚しく空を切った。
状況を飲み込めない様子のキュールはそのまま縦穴への落ちていく。
迷うことなどなかった。ギルは剣を捨て、己もキュールを追って闇の中へと勢いよく飛び込んだ。
落下の途中、なんとかキュールを捕まえたギルはその身体を衝撃から守ろうと、己に引き寄せてきつく抱きしめた。
心臓の縮む感触と落下の勢いで身体に当たる空気に耐えられず、ギルは目をきつく瞑った。
キュールもおそらく同じだろう、動きがないことから気を失っているのかもしれない。
ギルは一層キュールを抱く腕に力を込めた。
二人はもつれ合ったまま深い闇の中へと姿を消していった。




