三章 北の森の魔物 3
天然たらし主人公、嫌いじゃないけど、
いやいやいや、お前絶対わかってるっしょ!!みたいな時、あるよねw
ロンメルの北に位置する森は文字通り北の森と呼ばれ、固有の名称はなかった。したがってロンメルの北側の国からはまた違った名前で呼ばれており、大体の地図にはそういった場所はひとくくりに森や川として描かれていることが多かった。
それはさておきこの北の森は確かに森であるがいわゆる樹海と呼ばれるほどの規模ではなく、中に入れば木々に阻まれて陽の光が入らないということはなかった。小径というか、獣道のようなものがあり、頻繁に人も出入りするためそれなりに整備された動線もあったのである。
三人は辺りの様子を伺うように慎重に歩いていた。時折進行を妨げる頭くらいの高さの草や、道に飛び出した木の根を避ける以外に立ち止まることはなく、順調に進んでいるといっても良かった。
手に持った短剣で煩わしそうに目の前の草を断ち切りながら、ウィルは後ろからついてくるメリダに声をかけた。
「そろそろ魔物のことを教えて、くれても!いいんじゃないか」
切り終えた草を無造作に投げ捨てて、ウィルは短剣を腰に吊るし直した。頭の後ろで両手を組みながらウィルとジャスカールに挟まれる形で歩いていたメリダは面倒臭そうにウィルの方をみる。
「何よ、出てきてからでもいいんじゃないの。魔王を倒すならそれくらい出来なきゃでしょ」
「そうかもしれないけれど、情報があるのに聞かないなんて非効率的だとおもう」
「そうねえ。住みついてる魔物はカザールよ。聞いたことくらいあるでしょ?」
「確か……、猿のような外見の魔物でしたか……」
二人の会話を見守っていたジャスカールが口を開いた。カザールという魔物について何か思い出そうと眉を寄せている。ウィルは振り向くと、ああ、と目だけで頷いた。
「カザールは猿に似てるというか、基本的な行動パターンは殆ど猿と変わらないね。凶暴で誰彼構わず襲いかかっては食料を奪ったり、村の畑を狙ったり頭の命令で……ん?ねえメリダ」
ジャスカールに機嫌よく解説をしていたウィルはふと何かひっかるものを感じてメリダに視線を向けた。
なあに、と可愛らしく首をかしげるメリダに、うん、とウィルは頷いた。
「魔物は一体だけかい?」
「ええ、そうよ」
「そうか、何かおかしいな」
「いかがされましたか、殿下」
考え込むように黙り込んでしまったウィルの様子に不安になったジャスカールはその顔を覗き込んだ。いつの間にか道はある程度開けていて、小さいが広場のような場所に三人は出ていた。
両手を組みしばらく立ち止まっていたウィルは自信なさげに口を開いた。
「うん、僕が史学省で読んだ本には、確かカザールは少なくとも十体ほどの群れで行動するって書いてあったんだ。一体で行動するカザールなんて、どの文献でも読んだことがない」
「はぐれかなにかじゃあないの」
それよりも少し疲れたわ。そういうとメリダは近くの地面から森上がった木の根に座り込んだ。肩にかけた、なめし皮の水筒に口をつけて勢いよく傾ける。小気味よく喉を鳴らして水を飲んでいたが満足したのか、口を離すと大きく息を吐いた。
「その可能性も低いんだ。群れをなすってことは言い換えれば一体だと脅威にならないってことでもあるんだ。なのに今回の場合は何人もの犠牲が出てる」
「そういえば、うちの学者達もそんなこと言ってたわね。でもそんなことを今話してもしょうがないじゃない、それよりも私お腹が減ったわ」
「そうですな。場所も開けていますしここいらで昼にしましょうか」
ジャスカールは頷いて手際よく準備を始めていく。ウィルは何かを言いたそうに口を開いたが諦めたように首を振るとジャスカールを手伝いだした。
メリダは座ったまま満足そうにふらふらと足を揺らしている。
「そうそう、話は食べながらでも出来るんだから」
「君も少しは手伝えよ」
「わかってるわよ、みてなさい」
恨めしそうに睨みつけてくるウィルに笑いかけながら、メリダは己の指を空中へと持ち上げた。そしてその指を鳴らす。
訝しげに眺めていたウィルはすぐにその目を見張ることになった。
彼女が指を鳴らすと木の枝が自然と集まってきて、綺麗に積み重なっていく。頃合いを見て再び指を鳴らすと今度はその枝に火が点いた。それはしばらく小さく燃えているだけだったが、馴染んでくるとすぐに勢いよく燃えだした。
「これで準備はよし、と。ジャスカール」
呼ばれたジャスカールは振り返った。その手には鞄から取り出した干し肉とパンが握られている。
メリダは彼に向かって三度、指を鳴らした。
「おおっ」
驚く声とともにジャスカールの手の中から自然とそれらのものが離れて焚き火の方に向かっていく。焚き火の近くでとどまった干し肉とパンはそのまま空中で香ばしい匂いを漂わし始めた。
「あとはそうね」
いつの間にか鼻歌を交えながら今度は岩塩を取り出した。ウィルが短剣で削ろうと準備していたものであるが、メリダはまたしても指を鳴らし、その岩塩の一部をいとも容易く割ってしまった。弾いた人差し指を焚き火の方へと向けると、岩塩は飛んでいき、干し肉の上で静止した。
どうするのだろうと二人は手を止めてその様子を眺めている。二人の視線を感じてメリダは得意げな様子だ。
人差し指を伸ばした手を今度は広げて手のひらが天を向くようにしたメリダは、ゆっくりとその手をにぎっていく。するとどうしたことだろう、静止していた岩塩はさらさらとその形状を粉末にしていく。メリダは握った手を少しは緩めて左右に動かした。すると干し肉の上に粉末になった岩塩が振りかけられていく。
同時に炙られてじわじわと滲んでいた肉汁が勢いを増してぽたぽたと落ちて地面に染みを作っていく。
満足げに頷いたメリダははぼうっとして動けないでいる二人にむかって愛らしく片目を瞑るのであった。
「どう?あっ、チーズは好みで自分で切ってよね」
その瞬間、男二人の歓声が響き渡ったのは言うまでもない。
賑やかに食事を始める三人の様子を伺う者が二人、茂みの中に隠れていた。一人は切れ長の瞳を持つ冒険者風の男と、一人はリゼッタだった。一応トリウムを出てからは動き易い服装に着替えてはいるがそれでも森の中に入るようなことを想定していない服装だった。ロンメルから出るときに着替えておけばよかったと、口には出さないがリゼッタは心底思っていた。彼女のスカートはすでにあちこちに引っかかって浅く破けたりほつれたりしている。
「ほう!あれは」
そんなリゼッタの心中を気にした風もなく、男は目の前で広がる奇怪な光景にすっかり興味を惹かれていた。メリダの操る魔法を眺めながら何やら物々と呟いている。
「魔法使い……ということは後の二人は……」
リゼッタもウィル達の様子が気になり茂みから顔を覗かせて、そして男と同じように感嘆の声を漏らした。
「あれは……」
「恐らく、というかほぼ確実に魔法だろうな」
リゼッタの様子に気が付いたのか彼女の頭の上に手を乗せ僅かにおさえながら、男は言った。その視線はいまだ三人の方を向いたままであり、油断なく彼らを見つめていた。
目の前ではいよいよ三人が食事を始めていた。
彼らを眺めていたリゼッタのお腹が可愛らしい音を鳴らした。朝食もそこそこにこの森まで来たのだ、仕方のないことであった。恥ずかしさに思わず俯いて顔を赤くするリゼッタをみて、男は表情をふと緩めた。
むっとするリゼッタを横目に腰袋を漁り、何かを取り出した。男が取り出したのは林檎だった。
片手で鞘から刃の頭だけを引き抜いた男はそこに林檎を押し当てた。赤い皮に切れ目が入り、果汁がこぼれた。
男は剣をしまうと林檎に手をかけた。力を込めて半分に割ったその片方をリゼッタに渡し、もう片方に噛り付いた。
リゼッタは暫くその林檎を眺めていたが、受け取ると同じように噛り付いた。勢いよく噛り付いた為、彼女の口から果汁が溢れ、服へと付着する。その様子を見て、男は再び顔に笑顔を浮かべるのだった。
息を殺して三人を眺める二人とは対照的に三人は何やら楽しげに会話をしていた。時折笑顔が混ざっているので、他愛もない話なのだろう。リゼッタは近くに行けないことを歯がゆく感じながら、再び林檎に噛り付いた。
「そういえば、どうしてあの子を連れてこなかったの」
メリダは中に浮く干し肉を器用にパンに乗せながら、ウィルに問いかけた。指で真ん中をくり抜くと間に干し肉を挟み込んでいる。
「リゼッタのことか。そりゃあ、彼女は戦えないんだ、連れてくるわけにはいかないさ」
「あら、俺が絶対に守る!!みたいなのはないのね」
「よせよ」
ウィルは肩をすくめて干し肉サンドにかぶりついた。噛み締めた拍子に肉汁が溢れる。
「大真面目よ。わたしもだけど、あなた達貴族や騎士は持たざる者の為に命を投げ打つ覚悟で戦うものよ」
そういうとメリダはまだ発展途中である胸を大きく反らせた。
「それはあくまで受け身の場合だ。安全な場所にいるのに、わざわざすすんで危険に巻き込む必要はないさ」
それに、とウィルは指についた肉汁を舐めとった。傍らでは同じようにパンを頬張っているジャスカールが頷いている。
「どうしてかはわからないけれど、もう二度と大切な人を失いたくないんだ。誰も失ったことなんてないはずなのに、二度と、っていうのはおかしいよな。でもそうなんだ。確かにいつか、僕は誰かを失っていて、僕のこの心は、魂は、もう誰も失いたくないって、そう叫んでる」
ウィルはそういうと少し辛そうな表情でメリダに笑いかけた。その顔は二人には何故か真実味を帯びたものに見えた。
「そう、ならいいわ」
「いいのか」
「ええ、嘘は言ってなさそうだもの」
メリダはそういうとつまらなそうに水筒の水を飲み込んだ。口の端から僅かに垂れた水滴が首筋を伝っていく。
満足した様子で息を吐いたメリダの表情は悪戯を思いついた子供のそれに変わっていた。
「でも、そうね。あなたの言ってることはつまり、それだけあの侍女のことを大事に思ってるってことなのね」
にやりと笑ったメリダだったが、彼女の想像に反してウィルはこともなげに頷いた。
「そりゃあ、もう長い付き合いだもの。大事に思わない方がおかしいさ」
「あ、あら、そう」
どうしてそんな当たり前の事を聞くんだという顔をしているウィルに肩透かしを食らったメリダはその後に続く言葉に思わぬ打撃を食らうことになる。
「勿論、今じゃメリダも大事な人だから、危ないことなんてさせたくないよ」
「えっ、ちょっ、やだ、不意打ち」
何とも無しに放った一言にメリダは思わず赤くなってしまう。このあたりはやはり年相応と言うべきだろう、例え相手に他意はなくてもそんな事を言われれば嬉しいものだ。何も言えずに俯いたメリダの事を気にも留めずに、ウィルはジャスカールに笑いかけた。
「ジャスカールも大事な人のひとりだよ。危ないことはなるべくしないでね」
「はっ、ありがたきお言葉。ですが私はそれが仕事ですので」
メリダはもの凄い勢いで顔を上げてウィルを睨みつけた。ジャスカールはそんな彼女を横目に苦笑せざるを得なかった。
「うちの殿下はこういうお人柄だ。下手にからかおうとしても、無駄さ」
「ふん!なによ」
きょとんとして目を開いているウィルに舌を出すとメリダは今度は別の感情から頬を紅潮させながらそっぽを向いた。
その様子が可笑しくてジャスカールは声を出して笑うのだった。
その時だった。悲鳴とともに少し離れた茂みの中から人組の男女が走り出してきた。女は一直線にウィル達の方を目指し、男は後ろを油断なく警戒しながら既に剣を抜きはなっている。
三人はこちらへと走ってくる女の顔をみて驚きの声を上げた。
『リゼッタ!!』
髪を乱しながらこちらへと走りくるのは街に残してきたはずのリゼッタだった。ようやく三人の元へたどり着いた彼女は大きく肩を上下させながら息を吐いた。
「リゼッタ、どうして君がここへ」
「話は後だ!お前らも剣を抜けっ」
戸惑うウィル達に、いつの間にか近くまで来ていた男が声を張り上げた。その視線は厳しい色をたたえながら茂みの奥を見つめている。男の声から一拍遅れて茂みから何かが現れた。
「うそ、あれは……」
メリダはのそのそと茂みを掻き分けて現れたその、何かを見て言葉を失った。彼女の言葉を引き継ぐように、ウィルが声を絞り出す。その声は緊張から僅かに掠れていた。
「……ベアズリー」
ベアズリーと呼ばれた怪物は五人の姿を黄金色に煌めく瞳におさめると、激しく牙を向いて腹の底から響くような声で咆哮した。
次回ようやく戦闘シーンです。緊迫感ある描写ができたらいいなあ。




