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三章 北の森の魔物 2

 馬の歩みを止めた三人の目の前に広がるのは、うっそうと生い茂る森だった。その森はロンメルの北に位置していて、薬草の採集地として多くの薬師や商人が訪れていたが、いつの頃からか魔物が居座ってからは護衛なしでは踏み込めないほどの危険地帯となっていた。それでも質のいい薬草(便宜上、地面から生えているものも木からなるものも薬草とする)が手に入り、また兎や猪などの動物も棲息しているので密猟や盗掘するものが後を絶たないでいた。


 結果として被害も大きく定期的に巡回するロンメルの兵士によって多くの報告が上がることとなり、クライベルを始めとして文官たちも頭を悩ませずにはおれなかった。


 メリダは自分がどうにかすると何度も乗り込もうとしたのだがその度に止められ、しまいには密猟者達も取り締まることが出来るという理由から森の入り口には警備が立つようになった。だがそれでも発見される被害者の数はあまり減ることはなかったのであるが。


「ようやく来たわね」


 待ちに待ったといった様子で鼻息を荒くするメリダを横目にウィルはふとメリダと出会った頃のことを思い出していた。


「ねえ、メリダ。そういえば君は僕たちと会った時、北の森の魔女と名乗っていたけれど」


 メリダはその小さなおとがいに人差し指を当てて少しの時間考え込んでいたが、すぐに思い当たり肩をすくめた。


「ああ、あれはなんかそういう、ハッタリよ、ハッタリ。魔女には昔から活動の拠点にしている、いわば縄張りね、それを二つ名にする習わしがあるのよ。ああ、勿論私は王宮に住んでいるわよ、けどどこが縄張りかといわれたら、魔女としてはここにしか来たことがないから」


 ウィルとジャスカールは成る程、といった面持ちで頷いた。話したメリダはなんとなくばつの悪い感じで正面を見つめている。


 三人の目の前に森の監視をしている兵士が近付いてきた。馬から降りてメリダは女王の勅書を見せる。簡易のものであるため封はされていない。兵士は恐る恐るその内容を確認すると怪訝そうにウィル達を眺めた。


「ええと、魔物の討伐ということですが、御三方だけでありましょうか」

「ええ、そうよ。もっとも戦うのは彼だけよ」

「頑張ります」


 頷いてメリダはウィルの方を指差した。兵士は馬鹿げたことを、と思ったが三人の表情を見てその顔を驚きに変え大きく目を見開いた。


「ま、まさか、本当にお一人で?」

「だからそういってるじゃない」

「私は殿下の危機には手を出しますよ」

「ええ、頑張ります」


 兵士は開いた口が塞がらないといった様子でウィルのことを半ば睨みつけるようにしてみていた。魔物が住みついてからこれまで多くの仲間が討伐に失敗して犠牲になっているというのに、それを目の前の、自分より年下であろう優しそうな少年一人が成し遂げるというのか。ウィルを見つめる兵士の瞳は次第に尊敬と畏怖の念をたたえるようになっていた。


「頑張りま……」

「何回いうのよ」

「しょうがないだろっ、そもそもどんな魔物がいるのかも聞いてないんだから!」

「何よ!私が悪いっていうのっ?」


 同じ言葉を繰り返すウィルの肩をメリダは叩いた。それを合図に二人の言い争いが始まる。緊迫した空気を台無しにした二人はそのまま争いを続けながら森の中へ歩を進めていく。

 後に残されたジャスカールと兵士はどちらからともなく顔を見合わせた。


 兵士は先程からめまぐるしい速度で表情を変え、今は困惑の色を瞳に宿していた。

 ジャスカールは兵士を安心させるように頷くと、その肩に手をおいた。一度軽く叩くと、すぐに二人の後を追いかけて自分も森の中に足を踏み入れた。


 残された兵士はしばらくの間その後ろ姿を見つめていた。そのため、どさくさに紛れて横道から入り込む二つの影に気がつくことはなかった。






 時刻は少し遡り、場所は再びロンメルの宿である。リゼッタはむすっとした表情で食事を続けていた。ウィルとジャスカールはもう出発した頃だろうか、今頃はあのいけ好かない王女と合流したのだろう、もやもやと考え込んで食事などすすむ筈が無く、リゼッタは溜め息をついて手に持っていたパンを皿の上へと戻した。


 それにしても、とリゼッタは昨日のことを思い出して再度驚いていた。謁見が終わり、二人がようやく出てきたと思ったらそこにはあの女がいたのだ。聞けば、彼女は王女であり魔法使いであり、しかもウィルに条件を出して彼を危険な目に合わせようとしていて、なんともまあ、詰め込みすぎだとリゼッタは目を丸くしたものだ。

 それまでの不敬を咎められるか、などといった考えに思考が向かわないのはリゼッタの強さだろう。


(本当にお美しい御髪だった、それに引き換え……)


 リゼッタは自分の髪を手にとって溜め息をついた。リゼッタの髪も決して汚いわけではない。手入れもしているし、漆黒のその色は一番深い宵の闇のように吸い込まれそうな色をして、サラサラと掬った時に指から零れ落ちる様は星が流れるようであった。


 それでも、と思う。記憶の中のメリダの髪は本当に美しかったと彼女は思うのだ。絹糸のように柔らかな金髪は腰くらいまでの長さがあり、それでいて毛先まで彼女の生命力を吸い込んだかのように活き活きと揺れていた。


(太陽のように眩しくて)


 同性の目から見てもそれは美しいと思えるものだった。そして王女という身分と、魔女という才能である。贔屓目に見ても敵う相手ではなかった。

 食欲の失せたリゼッタはすっかり冷めてしまったスープを眺めて、再び大きな溜め息をつくのだった。


(じっとしていても仕方ない、か。街でも見て回ろうかしら)


 リゼッタは立ち上がり大きく伸びをして宿を出ることにした。昼までにはまだ時間があるからだろう、人通りもまばらであった。涼しい風がリゼッタの傍を吹き抜けていく。

 何処に行こうかしら、と思案するも土地勘のないリゼッタでは何処に何があるのかなどわかりようもなかった。しばらくいったところで立ち止まってしまう。


(これじゃあダメね、私ってばホント面白みにかけるわ)


 それに引き換え、とリゼッタの思考は再びメリダのことを考えてしまう。リゼッタからみて彼女は自分と真逆の性格であった。


(それでいて、自由だわ。無理もしていないし、周りもそれを受け入れている)


 羨ましい、彼女のことを考えるたびにリゼッタはそんな思いにとらわれてしまうのだった。


(ウィル様も、きっと……)


 次いでリゼッタは己の主人のことを考えた。明るく、およそ人の黒い部分を感じさせない優しいウィルは彼女にとって心から世話をしたいと思える主人だった。彼の笑顔を見る度に自分も自然と笑いそうになってしまうのを何度堪えたことか。


(ウィル様もあの人も、どちらもまるで陽だまりのようなお方だわ。けれど私は……)


 置いていかれたことで無力感に苛まれたリゼッタは自然と暗い考えに取り憑かれていて、周りが見えていなかった。目の前に一人の男がいることにも気付かずに歩いていた彼女はその男にぶつかってしまう。


「っ!ごめんなさい」


 我に返った彼女の視線の先にいたのは、切れ長の目をした冒険者だった。彼女を意外なほど優しく受け止めたその男の瞳は黒く、どんな表情も映し出してはいなかった。


「構わない。怪我は、ないか」


 その黒い瞳と目があったリゼッタは思わず彼の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。男の口から顔に似合わず少し掠れた声が漏れた。それは地声というよりは何処となく傷んでいるといった印象をリゼッタに与えた。



「は、はい。申し訳ありません。すこしぼうっとしてしまって」

「だろうな。まっすぐ俺の方に突っ込んで来たからな」


 男は苦笑して肩をすくめた。背中のあたりまで伸びた長髪がふわりと揺れる。その髪はリゼッタと同じように漆黒で、多少の傷みはあるものの男としてはかなり綺麗な部類に入るだろう。そして笑うと男の表情は存外に幼く見え、冷たい印象も薄まった。


「考えごとをしていて」

「歩きながらか」


 男はリゼッタを支えていた手を離した。青色の軽鎧の留め具がかちゃりと音を鳴らした。

 咎めるようにリゼッタを見つめていたが、何かを思いついたかのように口を開いた。


「俺でよければ話を聞くが」

「いえ、見ず知らずの人にお話するようなことではありません」

「構わん。それにこのまま帰して考え事のせいで気付かずに崖から落ちでもされたら流石に夢見が悪い」

「なっ」


 男の辛辣な言葉にリゼッタは思わず鼻白んでしまうがその口許をみてそれがすぐに冗談だということに気付いた。男なりに場を和ませようとしたのかもしれない。どうせやることもないし、と言い訳じみた考えにいたったリゼッタはぽつぽつと内心で思っていたことを話し出した。


 男は黙って腕を組んで彼女の話を聞いていた。まとまらない話だったが、男は急かすことはしなかった。時折相槌のようなものを入れて、リゼッタが話しやすいように誘導してやる。


 なんとか話を終えたリゼッタは黙り込んだままである男の顔色を恐る恐る伺った。別に何か答えを期待していたわけではないが、真剣な男の表情が彼女にそういった気まぐれを起こさせたのだった。


 しばらくだまりこんでいた男は、話を聞く前と同じく僅かに頷くとリゼッタの腕を掴んだ。そのまま城門の方へと歩き出す。


「えっ、あの!ちょっと!!」


 最初は戸惑っていたリゼッタだったがすぐにいつもの調子を取り出すと男の手を振り払った。


「どうした」

「どうしたって。どこに行くんですか」


 男は振り払われた手を眺めていたがすぐにリゼッタの方を見た。結構な勢いだったはずなのにその顔には痛がる様子も気を悪くした様子もない。


「決まっている。その仲間たちのところだ」

「ええっ!?でも」

「足手纏いだと思われるのが嫌なのだろう?だったらいってそうじゃないところを見せてやれ」

「それはそうですが」

「それとも何か。このままいけ好かないその女に対して完全に敗北したと、認めるんだな?」

「っ!……わかりました。行きます」


 男は変わらず真っ直ぐな瞳でリゼッタを見つめた。その瞳からはやはり何も読み取ることはできなかったが、彼女は男の言葉に乗ってみよう、と思った。このまま惨めな思いをして旅を続けるのは自分には無理だと、思ったのである。リゼッタは真正面から男の瞳を受け止めた。ふと、男が表情を緩めて微笑んだような気がした。


「いい目だ。急ごう」

「はいっ」


 今度は男は彼女の手を取らなかった。リゼッタは己の足で城門へと踏み出した。

 リゼッタ達はこうしてウィル達の後を追ったのだった。

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