三章 北の森の魔物 1
魔物を討伐することになったウィル一行。
出発の日、暖かな日差しが彼らを送り出すなか一人だけ、機嫌を損ねるものがいた。
三章スタートです。
メリダから条件を出されたその晩、ウィルは夢をみた。ぼんやりと朧げながらではあるが目を覚ました後もその時のことはなんとなく記憶に残っていた。
夢の中では今と背格好の違う自分と、もう一人の、恐らく男が泣いていた。一体どんな悲しいことが起きればこんなにも泣くことができるのか、それほどまでに二人は激しく慟哭していた。
翌朝、目が覚めたウィルは頬に涙が伝っていることに気付き慌てて拭ったが、拭っても拭っても涙はしばらく止まることはなかった。
夢の内容も出てきた男のことも何故か気になったが、布団からごそごそと抜け出し、朝の柔らかい日差しを浴びて伸びをする頃には頭の中から霧のように消え失せていた。
ようやく目が落ち着いたウィルは仲間の待つ食堂へと向かうために部屋を出た。扉を閉めたところで、隣の部屋からリゼッタが現れた。
「あっ」
声をかけようとしたウィルだったが目が合った彼女のあまりにも冷たい表情に何も言えなくなってしまう。つんとした顔で階段を降りていくリゼッタをウィルは眺めていたが苛立つように髪の毛をかき回すと天を仰いだのだった。
今回のリゼッタの不機嫌の理由にウィルは心当たりがあった。いや、ウィルとリゼッタ以外の人間、メリダとジャスカールはこうなることを確信していたといってもいい。
トリウムの時と同様リゼッタは貴族ではなく、直接討伐軍との関わりもないので、今回も謁見の間の外で待機していたのである。そして終わって主人が出てきたと思ったら、兵士達を連れずに魔物を退治するという難題を引き受けてきて、それを悪びれることなくヘラヘラしているのである。
リゼッタが怒ってしまうのも無理はなかった。
ウィルは彼女の怒りの原因がそれだけだと思っていたが、何かと人をよく見ているジャスカールはリゼッタの怒りのもう一つの原因にも気が付いていた。
朝食の席での二人を見てジャスカールはもうすぐ夏であるのに得体の知れない肌寒さを感じた。自分たちの座るテーブルだけ冷気が漂っているんじゃないかと思ったほどだった。
普段以上に済ました表情で黙々と食事をしているリゼッタを横目に、ジャスカールはウィルへと顔を寄せた。
「殿下、やはり彼女も連れていくとおっしゃったほうが……私も微力ながら護衛致しますし」
そう、リゼッタがヘソを曲げた最大の理由は彼女を連れて行かないとウィルが言ったことにあった。国同士の交渉ごとであるから、難題をふっかけられることはある程度承知していたし、仕様のないことだと思っていたリゼッタだが、事情を聞いて自分も行くといったところ、だめだ、の一言ですげなく断られてしまったことには我慢が出来なかったのである。
道中での件もあるが足手纏いであるという自覚が彼女の怒りを確固たるものにしていたのだ。
ジャスカールはそれをわかっていながら連れて行ってもいいと言っているのだが、ウィルは違った。
「いや、やっぱりだめだ。こればかりは首を縦に振るわけにはいかないよ」
暫く考え込む顔つきになったウィルだったが結局考えることはなかった。この話は終わりだと暗に知らせるように食事を終え、席を立つ。
「それじゃあ、リゼッタ。僕とジャスカールはもう行くから。君は僕たちの帰りを待ってて」
「ええ、殿下。断りなど入れずとも、お好きなようになさってくださいな」
取り付く島もないといった様子のリゼッタはウィルのことを見ようともしない。さすがにこれにはジャスカールが何かを言おうとするが、ウィルは首を振った。
渋々とジャスカールは引き下がる。
二人はそのまま何も言わずに宿を出た。ウィルは後ろを振り返ると、そこには一人で食事を続ける少し寂しそうな彼女の後ろ姿がいつまでも残っていた。
噴水のある広場を抜ければすぐに城門である。二人は気不味さから大した会話もなく城門を目指していたが、ふと彼らの目の前に一人の少女が現れた。
「これから出かけるってのに、貴方達は何をそんな辛気臭い顔をしているのかしら。まるでもう負けてしまった後みたい」
金髪を再び後ろで束ねたメリダは濃紺のローブ姿で二人の前で仁王立ちする。昨日の姿を見ている二人は、目の前の彼女をやはり何かの間違いだと思わざるを得なかった。
しかし今日の二人にメリダの容姿に触れる元気はまだなかった。半ば頭を抱えるようにして声を絞り出したのは、珍しくウィルだった。
「メリダ、僕たちの二人の表情の原因の大元は君だといってもいい」
「?どういうことよ?」
目を丸くしたメリダは年相応に可愛らしく首を傾げた。腰に両手を当てた為、腕に嵌められた大きさにかなり余裕のある腕輪がかしゃりと音を立てる。
再びウィルは深い溜め息をついたのだった。
「それについては俺から話すとして、早く向かいましょう。日が暮れる前には森に入りたい」
二人を促したジャスカールは城門へと向かう足を早くした。
「ちょっと、今回貴方は見てるだけだからね!それに一応私もこいつも王族なんですけど!!」
後ろからメリダが何やら喚いているがジャスカールは聞こえないふりをして、一層歩幅を広げるのだった。
(王族だって?わかってるよ!正直なところ俺が一番困惑してるんだ!)
大股で歩きながらふと、今朝の自分の枕元を思い出したジャスカールだった。明らかに枕に付着している髪の毛の本数が多い。
やはり血は争えないのかもしれない、トリウムに残る父親の頭を想像しながらジャスカールはまた別の意味で深い溜め息を吐くのだった。




