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幕間3の3

今回の本編は後半過激な展開、描写を含みます、ということを明記しておきます。

 ギルは噂を聞いて、居ても立っても居られない気持ちになった。二つの国を巡る状況は膠着状態とはいえ、戦争はまだ終わる気配を見せていなかった。国境線では何度も小競り合いをしているのが現状だった。

 敵国の国境沿いの村に王子と王女が滞在しているらしい。それは最近形成された市場の商人からもたらされた情報だった。どうやら、自国の兵士たちを鼓舞するために屯所や砦を廻っているらしい。


(なんて危険なことを)


 最初にその話を聞いたギルの感想はそれだった。いくら一日で踏破出来ない場所に滞在しているからといって決して安全だということにはならない。出先がその時戦火に巻き込まれる可能性だってあるし、暗殺の可能性も捨てきれない。


 状況が状況である、ギルは軽率だと思わざるを得なかった。しかし、同時についている、ともギルは思った。国境近くにきているのであれば、どうにかすればウィルとアリシアに会える。ギルにとって二人に会うということは何にも勝る事柄であった。


 そう思った翌日にはギルは行動していた。偽造の割札を用意し、信頼出来る共一人と間者を一人を見繕って国境へと向かった。間者も用意するあたりがギルらしいといえばらしかったが、時勢を考えればそれも致し方ないことなのかもしれなかった。


 そうして無事に国境を越えたギルは二人に再び巡り会うことになったのである。


「何だか心配かけちゃったみたいだね」


 ギルの話を聞いていたウィルは胡座をかいた姿勢で落ち着きなく揺れている。背中越しに同じく胡座をかいているギルは一定の間隔で当たってくるその背中の衝撃に顔をしかめた。


「じっとしていられないのは相変わらずだな」

「ウィルはいつだってそうよ。目を離すと何処かへ行ってしまうんですもの」


 アリシアはギルの隣に座ると、作っていた花冠をギルの頭の上に乗せた。素敵よ、と微笑んで再び周りの花を摘み始める。

 ギルは苦笑して頭の乗っかる冠を外した。そのままアリシアの頭の上に乗せてやる。


「アリシアの方が良く似合う」


 三人が再会を果たしてから、ひと月が経とうとしていた。二つの国を巡る情勢は相変わらずだったが、彼らの間では穏やかな空気が流れていた。


「ねえ、ギル」

「なんだ?」

「戦争は、終わるかな」


 ウィルはよっ、という掛け声とともに勢いよく立ち上がった。彼に張り付いていた花弁や芝がはらはらと宙に舞う。


「終わらせるさ、必ず」

「どうやって?」


 胡座をかいたままのギルはウィルの姿を見上げた。その表情は逆光になっていてよく見えないが、親友の声色で彼が不安に思っているということがギルにはわかった。一瞬の沈黙の後、ギルは溜息をついた。これは一応機密事項なんだが、と前置きをして彼は話し始めた。僅かに苦笑しているのは親友に対して自分が甘すぎるという自覚があるからだろう。


「現在戦争が膠着状態にあるのは知っているな」

「うん」

「それは本国が停戦交渉をしているからだ」


 ギルからもたらされた情報には、ウィルだけでなくアリシアも驚いた。花を摘む手を止めて話の続きを待っている。


「その交渉では今回の戦争の原因、金鉱脈の共同採掘を提案している。ウィルの父君はまだ首を縦に振ってはくれていないが、この交渉がまとまれば戦争は、終わる」

「そうだったんだ」

「勿論ほかにも細かい交渉事はあるが、やはり鉱脈が一番の肝だな」

「ならなんとしても承諾してもらわないと。僕と姉さんからも話してみようか」


 表情を明るくしたウィルは興奮で鼻息を強くした。アリシアも頷き瞳を輝かせている。しかし、ギルは首を左右に振ったのだった。


「駄目だ。この話はまだ一部の人間にしか知らされていない。なのにウィルやアリシアが知っているとなれば、きっとヘネシー陛下は警戒なさるだろう」

「そっか」


 目に見えて表情を暗くしてしまう二人に、ギルはまるで大きい犬が二人いるみたいだ、と思ってしまった。安心させるように二人に笑いかける。

 ギルの笑顔に、二人も笑顔を取り戻す。三人の間を穏やかな風が通り過ぎていった。






 ボースワンという男がいた。彼は職務に忠実な男で、警備隊長という己の仕事に誇りをもっていた。十六の頃に警備隊に入隊し、コツコツと経験を積んできた彼は順調にその地位を高めていった。二十六歳の頃に美人ではないが気立てのいい嫁を貰い、その翌年には子供も生まれた。それ以降がむしゃらに働いた彼は、四十の年には警備隊長になった。以降十年その役職を続けて、もうすぐ現役軍人としては退役である。春には孫も生まれ、少しづつ貯めたお金で大きくはないが別荘も購入した。


 それ故現在のこの情勢には少なからずほっとしていたのだった。彼は自分に与えられた、王子と王女の護衛という任務に感謝していた。今日も数名の部下を連れて二人を森へと送った彼は、与えられた平和を噛み締めていた。

 しかし同時に警備隊長としての勘が何か違和感をボースワンに伝えていた。


(何もおかしいところなどない、何もーーー)


 ふと、送り届けた二人の様子を思い浮かべた。ここへ初めて連れてきたとき、彼らは一様に暗い顔をしていた。といっても、それはすぐ気付けるほどのものではなく、表向きは元気な表情を見せていた。むしろボースワンだからこそ彼らの様子に気付けたといってもいい。


 だが、最近の二人は心からの笑顔を見せているように思えた。最近の、というよりひと月ほど前のあの日からである。


(お二方の御心を喜ばせる何かがあった?)


 ボースワンはそう考えたがすぐにその考えを振り払った。二人の表情を陰鬱なものにさせていた理由が何かはわからないが、しばらく続いていたそれを短時間で払拭できるものがあるなどと思わなかったのである。


 そうこうしているうちにこちらへと戻ってくる二人の姿が見えた。やはり考え過ぎか、と安堵の息を吐くボースワンだったが、ふと彼らの表情にいつもと違う何かを感じた。

 以前と同じように、一見して普通の表情をしているのだが、注意深く見てみると僅かに興奮しているように見えた。頬もどことなく紅いように思える。

 ボースワンは怪訝に思い、さりげなく探りを入れることにした。


「おかえりなさいませ、王子殿下、王女殿下」

「ああ、ただいま、ボースワン」

「その様子ですといつも以上に息抜きできたようですな。それとも、今日は何か特別なことでもお有りでしたか」

「ええ。今日はリスが迷い込んできたの。それで可愛くって、つい二人で夢中になって遊んだのよ」

「ほほう、リスが。それはようございましたな」


 アリシアはボースワンの問いに間髪入れず答えたが、その時のボースワンはアリシアではなくウィルの方を見ていた。彼の表情が一瞬ではあるが、まずいといった感じで強張ったのである。

 すぐにウィルは元の表情に戻り姉の言葉に追従する形で頷いた。


 ボースワン以外の者は気付くことはなかっただろうが、彼は違った。

 やはり何かをお隠しになられている、と己の疑念を確固たるものにした彼はある決意をするのであった。


 翌日、いつものように二人を送ったボースワンは森の入り口で彼らと別れた。ウィル達の姿が見えなくなるのを待って、ボースワンは計画を行動に移した。あらかじめ事情を説明しておいた部下と共に森の中に足を踏み入れる。

 そのまま音を出さないようにウィル達の足跡を追いかけていった。


 足跡を辿っていくとしばらくして視界の前方に広場のような場所が入り込んできた。ボースワンは部下に目配せをし、様子を伺えるギリギリの場所まで身体を近づけると、息を殺して木々の間から顔を覗かせた。

 目が光に慣れてきたのか、徐々に中の様子が明らかになっていく。


 そこにはウィル達の他にもう一人の影があった。ボースワンは目をこらしてその影を見つめた。


(あれはーーー)


 ボースワンの瞳に映ったのは一人の狩人だった。黒く長い髪を後ろで束ね、切れ長のその瞳は優しげな色をたたえながらも油断なく辺りに意識を散らしている。ボースワンはその狩人の端正な顔立ちを眺めながらふと誰かに似ていると思った。


 そしてすぐにそれが以前王都で見た、隣国の王子であると思い至ったのである。ギルの正体に気付いたボースワンの身体は勝手に動き出してしまっていた。






 ギル達はいつものように三人での密会を楽しんでいた。午後の昼下がり、隙間から入り込んでくる木漏れ日の暖かさにいつも以上の穏やかさを感じていたギルはふと周囲に誰かの気配を感じた。しかしウィルやアリシアの様子を見て気のせいだとすぐに頭から振り払ってしまった。

 ひと月という時間が彼達に油断を与えていたのだろう。


 突如木々の間から飛び出す人影にも、放たれた声にも、ギルは反応することができなかった。


「敵国の魔手からお二人をお守りしろ!!」


 その声で三人の兵士が姿を現した。その手には弓がもたれており、矢がつがえられていた。少し遅れて声の主は現れた。片方の腕を上に振り上げている。


 ギルは咄嗟に距離をとるがそれは気休めでしかなかった。一瞬の後、男の腕が勢いよく降ろされた。


「放てっ!」



 ウィルは手前の一人に飛びついた。放たれた一本はぶれてギルの頬をかすって後ろの木に突き刺さるが、同時に放たれた二本は狙い違わずギルの方へと真っ直ぐに飛んでいった。


 その時である。死を覚悟したギルの目の前に影が飛び込んできた。放たれた二本は影へと吸い込まれ、鏃が肉に突き刺さる鈍い音が二度連続で響いた。影は矢の衝撃で大きく身体を仰け反らせながらギルへと飛び込んできた。ギルは悲痛な声で叫びながらその影を受け止め、ウィルもまたその影を見て叫ばずにはおれなかった。


「アリシア!!」

「姉さん!!」


 アリシアに当たった矢は彼女の左胸と腹部を貫いていた。予想外の出来事に、兵士たちの動きは止まってしまう。ウィルはギルの腕にもたれかかるようにして抱かれているアリシアに駆け寄った。

 矢を引き抜こうとするもギルに引き止められる。


 鏃の先から血が滴り、貫かれた胸は矢は刺さってはいるが、その矢を中心にして内出血でみるみるうちに赤紫に染まっていく。

 ギルは彼女を抱きかかえるようにしてゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。

 肺も同時に貫いたのだろうか。彼女の口からは血液と共に空気の漏れる音がしていた。


 瞳が急速に光をなくしていく。


「アリシア!」

「ギ……ル、あなたは……無事?」

「ああ!無事だっ」

「良かった。ねえ……何だか、暗いわ……あなたの顔、が、よく……見えない……」

「ここだっ!俺はここにいるっ」


 ギルは力なく下げられた手をとり、己の頬へと持っていった。アリシアの指先がギルの頬の傷へと触れた。頼りなく動かされた親指は傷から流れた血を拭う。

 何かを話そうと口を開いたアリシアだが、すぐにむせて血の粒を辺りに撒き散らした。


 慌てて二人がアリシアを呼ぶ。

 ウィルが顔を涙で濡らしながらもう片方の手を握りしめた。

 何でもいい、声をかけなければ、そう思う二人だったが口から漏れるのは言葉にならない音ばかりだった。


「ギル……まだ……側に、いる?」


 もはやアリシアの瞳は何も映し出すことはなく虚空を見つめていた。


「ああ、いるよ。だからアリシア、もう、喋らなくていい」


 ギルの瞳から溢れた涙は添えられたアリシアの腕を伝い彼女へと落ちていく。嗚咽が漏れないようにギルは喉から声を絞り出した。


「ウィル、あなたも……いるの?」

「姉さん!いるよ!」


 彼女から紡がれる声は弱々しく、残された時間はほんの僅かであると二人は受け入れざるを得なかった。

 アリシアは力なく微笑むと、ウィルとギルに握られた手に力を入れた。それはほんの小さな力であったが、二人はそれを慈しむかのように握り返した。

 二人はいよいよ嗚咽を堪えることが出来ず、溢れる涙はとめどなく流れ落ちていった。

 アリシアが一際大きく息を吸った。


「ギル……、ウィル……戦争が終わったら……また三人で……」


 それは最後まで語られることはなく、しかし語らずとも二人には理解できた。同時にアリシアの身体から完全に力が抜け、もはや二人の手を握り返すことはなかった。


 二人は何度もアリシアの名前を呼び慟哭した。やがて、ギルはアリシアを横たえると、立ち上がった。ウィルは放心してその様子を見つめるだけだったが、彼に反応する者がいた。


 ボースワンである。ボースワンは己が招いた事態に半ば魂が抜けた状態になりながらも、敵国の王子であるギルは見逃すまいと己を奮い立たせて再び部下に命令を下そうとした。だが彼が命令を伝えることはなかった。


 ギルが腰に刺したナイフを投擲したのである。ナイフはボースワンの首に突き刺さり、彼は喘ぐように両手を首元にやるとそのまま崩れ落ちた。

 部下たちは一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、我にかえるとギルに剣を向けた。しかしその頃にはギルは弓を取り出し、矢をつがえていた。


 弦が弾かれる音に合わせて放たれた矢は、一人の兵士の右目を貫いた。その隙を見逃さず、ギルは飛びかかり、その兵士の剣を取り上げた。そこから先は、ただの暴力であった。


 ギルはその場にいた他二人の兵士を殺しても、剣を振り下ろすのをやめようとはしなかった。雄叫びをあげ、剣を振り続けるギルに、ボースワンを含めてその場にいた四人は何度も剣を叩きつけられた。何度も何度も何度も何度も。


「ギル!もうやめろ!!」


 正気を取り戻したウィルがギルの腰にしがみついて彼を止めた時には、目の前には肉塊が四つ転がっていた。辺りは血と臓物と体内の汚物の匂いでむせ返るほどであり、周囲に咲く花は赤く染まりきっていた。

 ウィルはその凄惨さに堪えきれず胃の中のものを吐き出してしまった。


 ギルの顔は返り血で赤く染まり、涙を流し続けるその瞳の片方は血管が破裂して真っ赤に充血していた。手に持った剣はもはや剣の形をしておらず、握りしめられた拳には爪が食い込み流血していた。


 ギルは剣だったものを放り投げると、アリシアの元へと踵を返した。アリシアを抱き上げるといつも通る道へと歩き出した。


「ギル!!」


 涙と吐瀉物にまみれたウィルは、それでも何か声をかけなければと声を張り上げた。ギルの動きが止まる。


「ギル」


 ウィルは再び呼びかけた。彼の脳裏には数年前の光景が蘇っていた。まるで記憶をなぞるかのように、その腕はギルを掴もうと伸ばされていた。


「ウィル」


 ギルの口から出た声は、叫びすぎたからか彼のものとは思えないほどにしわがれていた。振り返らずにギルは続けた。


「すまなかった」


 それは何に対する謝罪なのか、ただ一言ギルの口から放たれた言葉であった。去っていくギルの背中に、ウィルは声をかけることが出来なかった。

 伸ばされた腕は、またしても力なく下げられ、ウィルはその場で項垂れた。再び涙がとめどなく溢れて、顎先を伝っては地面に落ちて吸い込まれていった。




 その日を境に、両国の戦争は激化の一途を辿っていくのだった。

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