第三十五話 破壊の始まり
ブランクに魔獣の声がこだまする。
それは魔獣へと強制的に憑依させられたバエルの慟哭でもあった。
ラボを抜けた日から今日まで、多くの金を集め多くの命を使った。
ブランクに魔獣の声がこだまする。
そのこだまは、誰も予想しない現象を引き起こした。
魔獣は体内に持つエーテルの塊、アクリス鉱の影響で一つの大きな意識域に接続されており、彼らの意識は個であり全である。そこに取り込まれた異分子であるバエルの因子もそのシステムに取り込まれ全てに波及する。それはバエルの大地を操る力であり、バルバトスの骨から得た全てを開く力である。ブランク中の魔獣達が一斉に、今まで以上に強い怒りと、今まで以上に驚異的な力を備えた瞬間である。中でもバエルが憑依した個体は更なる変化を遂げ一際大きな体躯へと巨大化した。ブランクの魔獣達は皆、ブランクの外にある怒りの対象に向かおうとしていた。それは本来バエルの怒りの矛先はムラクであったが、今となってはブランクの外であれば何でも良かった。
「アキタぁ、どこなのぉ」
ニアはリンクスに備え付けられているエーテル波動識別反応器でアキタの反応を探す。しかしエーテルの濃いブランクでは中々難しいようだ。グランベルも感知できない。そして砂嵐のような天候にもなり、目視で探すのも困難な状況になってきた。
「ん?」
反応が現れた。少し動いているようだ。
「アキタ! いた!」
ニア達は反応の位置へと向かう。砂嵐の中、そこにいたのは小さい身体全部を使って大手を振っているミシャルだ。
「えっ?!」
「ん? どうしたニア隊員」
ジョエストとグランベルを置いて一人大急ぎでミシャルの元へ駆けつけリンクスから飛び出すニア。
「ミ、ミシャル!? なんでここに?!」
とニアが問いかけたとき、微笑むミシャルとのその周囲に不意に視界が遮られる程の砂嵐が一行を襲う。
「きゃあ!」
僅かな時間だったがニアを砂まみれにするには十分だった。
「うわぁぁ……シャワー浴びたい……。あ、で、ミシャル一緒に……あれ?」
目を開けたそこにミシャルの姿は無かった。
「あ、あれ? ミシャル? あれ?」
一通り混乱したあと、倒れているアキタに気付く。
「え?! アキタ!?」
「ん、んん……」
弱々しく目を開けるアキタ。そこにはキラリと鋭く光る切っ先が突き付けられていた。
「うわぁっ!」
アキタは弱っているとは思えない程の素早さで切っ先から距離を取る。
「ふむ、大丈夫そうだな。フラガラッハも斬ろうとはしない」
グランベルは剣を納める。バエルに憑依されたものの、アキタ本人の人格は破壊されずに残っているたようだ。
「グランベルさん!? なんで? てかここ何処だ?」
「ああ! アキタ! 良かったぁ!」
ニアは安堵で少し目が潤む。
「ていうかさ、アキタはなんでどっか行ったの?」
弱ったアキタを心配そうな眼差しで見つめるニア。
「まあ、いてもいなくても? 変わらなかったっていうか? でも、バエルに乗り移られてアキタじゃ無くなっちゃったりしたからさ、私でも流石に心配するしさ……。」
少し照れがあるのか早口になるニア。
「なんで俺が何処かへ行ったのか、ニア……覚えてないのか?」
アキタはニアの瞳を見つめ返し真摯に聞く。
「何を?」
キョトンとした顔をするニア。ゆっくり口を開くアキタ。
「……お前がな?」
「私が?」
「俺を」
「俺を」
「吹っ飛ばしたからこうなってんだろうが」
「吹っ飛ばしたからこうなって……。あ……」
ニアは自身がリンクスのボタンを押しアキタを打ち上げたことを思い出す。
「あははは……、そんなこともあったような……」
「ふざけんなよ!」
「きゃー!!」
何も覚えていないニアと暴れ出すアキタ。そしてアキタを羽交い締めにするグランベル。
「ふふふ、仲が良いなぁ」
ジョエストは微笑ましく眺めている。
「あ、そう言えばグラントと逸れたんだけど見なかったか?」
アキタは突然暴れるのを止めた。
「途中で会ったよ。ミシャルを探してる風だったけど」
「そうか……。途中で何も言わずにいきなり引き返したから何かと思ったら、ミシャルか」
「て言うかミシャルと居たんじゃないの?」
「へ? なんで?」
「ミシャルがアキタを連れて来たんだよ? 覚えて無いの?」
「全然……」
「アキタ隊員はバエルに憑依されてたんだ。ミシャルと一緒にいた理由は無いだろう」
割って入るジョエスト。
「誰かが、アキタを救った。そして今、アキタ隊員がここにいる。だとしたらバエルはどうなったのだろうか?」
「消滅した……とは思えないな。ブランクの空気にはまだバエルの残り香が消えない。それどころかすぐ近くにいる気さえする」
グランベルは辺りを見渡す。
「あれか」
遠くから青い光の煌めき達が此方へ向かっていた。




