第三十四話 正す大槌 レクティファイア
「アキター! グランベルー!」
ニアはリンクスを飛ばす。それに遅れまいと箒で飛ぶジョエストも続く。
「防魔隊の箒は遅いんだよなあ」
「そりゃ隊長のカスタムした箒に比べたら遅いですよ」
「そうだよ……、ってなんで私の箒のことを知っているんだ?」
「え、あの、あー……。あ! アレは!」
「ん!? なんだ?!」
「木でした!」
「なんだよ、もう。で、なんで私の」
「十一時の方向! 何かが!」
「ん?! なんだ!?」
「岩でした!」
「そうか。で、なん……」
「しつこい!」
二人でも賑やか。
「あ、ようやく気が付かれましたか」
「お、おう」
目を開け立ち上がるグラント。
ニア達に遅れること暫く。グラントとミシャルは聖魔門の前にいた。少し会話をする二人。何やらミシャルの様子がおかしい。
「さあ、グラント部隊長殿。先を急ぎましょうか」
「なあ、吹き飛ばされたとき頭打ったのか? お前なんかおかしいぞ」
「そんなことはありませんよ。私に異常はありません」
「いや、いつもそんな喋り方じゃねえし。んでなんだよこのデケえ金槌見てえな魔導具は。」
「これは正しきに戻す鎚です。鎚と言ってもメカニカブルームなのですがね」
「これが箒かよ。メカニカってなんでもありだな」
「気を失っていた貴方を拾ってこれで飛んできたのです」
「お前を探してたんだが、お前に見つけられるとはな……」
「この鎚、空を飛べるし釘も打てる。便利なんですよ」
「いや釘打つにはデカ過ぎんだろ。人間くらいのサイズあるぞ。……って、どうすんだこれから」
「この先に貴方、いや、私達の探していたモノが有ります。そこに行きます」
「骨か?」
「そう、それもあります」
「《《も》》? ……まあいいか。行くぞ。こんなエーテルが濃くて息苦しい所に長くはいたくないからな。さっさと終わらせて帰ろうぜ」
グラントはやれやれと首を振り遠くを見る。
「そうですね」
ミシャルはそれに微笑で返す。
「くくくく、見つけたぞ! 此処が黒夜神の眠る封印の社だ!」
バエルは荒野にポツンと佇む建物へ入ろうとする。それを見た少し距離を取っていたグランベルが一瞬で間合いを詰め斬り掛かる。
「させるか!」
「邪魔をするな!」
入り掛けていたバエルは引き戻され戦闘が再開される。
グランベルは剣撃で大地を抉り、バエルはその力で大地を荒ぶらせる。社の周りは二人の戦いでどんどん地形が変わって行く。
すると地面が振動し社の周囲に亀裂が走り社に近付けなくなった。
「な、なんだ? なんのつもりだバエル!」
「私では無い!」
社は光を纏い宙に浮く。そしてそのまま何処かへ飛んで行ってしまう。
「なに!?」
「なんつもりだ! バエル!!」
「だから! 私では無い!! くそっ!」
バエルは大地を隆起させグランベルを取り囲むと戦いを放棄し社を追う。
「待て! 黒夜神!」
「バエル!」
グランベルは完全にバエルを見失ってしまった。
「グランベルー!」
そこへニア達がやって来た。そしてグランベルを囲む土の壁を叩き割る。
「バエルは?!」
「取り逃した。奴のエーテルを探ろうにもブランクのエーテル濃度では紛れて見つけられない」
「そんなことできるのか? ふん! ふん!」
「隊長! どうしたんですか?! その体」
息荒くやって来たジョエストの体はいつになく盛り上がりツヤツヤして力が漲っていた。
「いやあ、ふん! ブランクに入って暫くしたら、ふん! エーテルが溢れちゃって、ふん! なんかこう、ふん! って息んで吐き出さないと、ふん! 破裂しそうなんだ、ふん!」
「うわぁ、暑っ苦しいしなぁもう」
「なんだニア隊員、ふん! 連れないなぁ、ふん!」
異様に鬱陶しくなったジョエストと距離を取るニアは空を見上げ叫ぶ。
「アキタ、どこぉー!」
「くそ、社はどこだ。突然消えるなんて聞いてないぞ」
バエルはブランクを彷徨っている。
目的の黒夜神が封印されている社は何処かへ消えた。途中まで追跡していたが目の前から突然消えたのだ。バエルは立ち止まり心を静め感覚を研ぎ澄ます。
「ミストの闇の波動も何かに阻まれているのか……。雑音が多くて分からない。くっ」
突然、探知を妨げる雑音が鋭くなりバエルの脳に突き刺さる。
「うっ! こ、これは……」
周囲を見渡すと、少し遠くに見える青い光が二つ。
「魔獣、か」
バエルは魔獣を話には聞いていたが実物は初めて見る。自分がまだ人間だった頃の時代には存在していなかったからだ。
バエルは召喚されてから他人に乗り移って長い間生きているがその間は捕らえられ監視され生きていた。バエルがソロモン派を主導するようになったのはここ数年のことなのだ。
バエルは魔獣から視線を逸らさず睨み付け牽制している。魔獣は獣がエーテルの影響で巨大化凶暴化した姿。元の獣から全く別物へと作り変えられているとも言われる。その身体にはエーテルそのものとも言うべきアクリス鉱と言う鉱物が結晶しており、魔法こそ使わないが驚異的な身体能力を発現させている。
「雑音さえなければ雑魚だが……」
「おいでませ、グリツキー君」
「だ、誰だ!」
バエルは声の方を見ると、そこには浮遊する巨大な大鎚に腰掛けている少女、とその横に気を失い項垂れた男。
「私は……」
少女はチラと気を失っている男を見る。
「あれくらいの速度で気を失うとは、鍛錬が足りませんね」
「だからお前は誰だ! なんで《《俺の名前》》を知っている!」
少女は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ、君は私を知らないかも知れませんが、私は君を良く知っていますよ。君の名も、君が今まで何を《《されて来た》》のか、そして君の……まあ良いか」
「なんだと…?」
バエルは魔獣と少女に挟まれ動けずにいた。すると少女は大鎚を振り上げ歩きながら間合いを詰めてくる。
「誰も観ていない内に終わらせましょう」
「ふざけるな!」
バエルは自身から少女へ斬り掛かる。只者では無いのは分かる。大地を操り目を眩ましを作り死角から斬り込む。
「君は死の匂いが強過ぎるんだ」
少女はバエルを見ることもせず大槌を振るう。いとも簡単に、木の枝を振るように。
べしゃり、と音を上げバエルは鎚にへばり付く。そしてそのまま地面へと叩き付けた。
「がっ!」
「曲がりなりにも大地母神ダウザ・ケ・イラの眷属たる力を持つものなら、大地も味方してくれようものなのに。嫌われたね、君」
地面にめり込むバエル。
「もう一度、立ち上がれるかな? まだ死んではいないだろう?」
挑発のようなその発言が聞こえたのか、バエルは震える膝を押さえ付けながら立ち上がる。そこに様子を伺っていた魔獣が割って入ろうとする。
「ちょっと待っててくれるかな?」
少女の一瞥が魔獣の身体を硬直させる。
「君は受け皿なんだから」
「な、何をゴチャゴチャと、言っている」
バエルは立ち上がりながら自身の違和感に気付く。ダメージはそれ程でもないが、力が入らなくなっている。この身体の制御から引き剥がされているような感覚。
「偉いですねえ。では、最後です」
少女はそう言うとバエルの視界から消える。
「何処だ!?」
探すよりも先に身体に衝撃が走る。
「はぐ!」
考える暇も無く打ち弾かれその衝撃は魔獣へと浴びせ掛けられる。
「正しきに戻す鎚は打ち付けたモノを正しい姿に強制的に戻す能力があります。私が研究室で作り上げたレプリカですが、上出来ですねえ」
少女は大槌を逆さにして鎚の部分に乗る。
「さて、後は任せましたよ。《《子猫くん》》」
少女は気を失っている男を拾い上げると何処かへ去って行った。叩き付けられた一瞬意識が飛んでいたバエルは少女を追いかけようとするも身体が鈍く倒れてしまう。
「グウウウウッ…!?!」
待て! バエルは叫ぼうとしたが声にならない。くぐもった獣の咆哮のような声が出る。そして目の前には倒れた人間がいる。誰だ。何かがおかしいと自身の身体を見る。
「?!!」
なんとそれは先ほど出くわした魔獣のそれだった。
バエルは少女によってアキタから追い出され、強制的に魔獣へと憑依させられたのだった。
「グッ……グゥオオオアアアアアア!」
バエルは叫んだ。身体に満ちる怒りの感情に任せるままに。それはバエル自身の怒りなのか、魔獣の中に絶えず渦巻く他者への敵意なのか、境目は曖昧にゆっくりと混ざり合っていく。




