第三十ニ話 命を救う者
「ゲレミー!」
ルージィはスライムによじ登る。そのスライムの中には人の姿、ゲレミーだ。スライムの中にいて溶かされていないのは、おそらくコアとしてゲレミーの意思が働いているからだろう。そんな技術はムラクに無い。しかし、カルト教団が隠し持つ秘術であれば可能かも知れない。
「……」
スライムの中でゲレミーはゆっくりとルージィの方へ向く。意思はあるようだが、目は虚ろだ。人の意識など、不可解で巨大のスライムの前ではちっぽけな物。巨大な感覚の海を支配したが為に、反応速度が落ちてしまっているのだ。
「……不祥事を隠蔽する為に防魔隊へ入隊させられていたと思っていたが、実際はこうなる為に潜り込まされていたとはな」
ルージィはゲレミーに睨まれながら上へと登り続ける。ゲレミーはルージィを潰そうとするが、その全てがルージィの通ったの後を虚しく叩くだけだった。
「お前の両親が警縛隊へと飛び込んできたらしいぞ。ソロモンは我々を裏切った、と」
ルージィはスライムの天辺に立つ。
「グラントから防魔隊に敵がいると聞いて調べたらお前の家はソロモン派の資金源だそうじゃないか。監視を始めてすぐにこれだ。手っ取り早くて助けるがな」
「る、るー、じい」
ゲレミーは知性もスライムに溶け広がりぼやけてしまっている。
「……。俺の配下に来たんだ、俺がケジメを付けねばな」
ルージィは手持ちの鳶口に力を送り、防護魔層を纏わせる。
「ジルベルの狙撃を見てな、思い付いたんだ」
と言い鳶口を持って投擲の姿勢を取る。そしてスライムの頂点からゲレミーへ向け腕を高速て振り下ろす。
「ふん!」
高速で放り投げられた鳶口はストラタムを溶かされながらもそれが潤滑剤の様に作用し鳶口は速度を落とすこと無く高速でゲレミーの脳天から臀部まで貫き地面に突き刺さる。
「ここで生き延びても……な。せめてもの情けだ」
「ルージィ局長!」
大分遅れてルージィの部下がやって来る。それと白衣の集団。学術院の者達だ。
「遅かったな。もう終わるぞ?」
「そ、それはすみません……。ですが、ゲレミーは、ゲレミーは生かしてますよね?!」
「いや、それがかなり《《手強くて》》な。殺すしかなかった」
「そんな、この後の警縛隊での尋問が出来ないでは無いですか! 《《準備は万全に整っている》》と言うのに……」
「……悪かったな。そんなことよりまだスライムは残っている。行くぞ」
此処でゲレミーを生かして捕らえれば、奴らは尋問と言う名の拷問をゲレミーに行っただろう。スライムと同化した人間など普通でいられるはずも無い。どんな拷問であっても応えることは無いだろう。奴らの《《玩具》》にされるだけだ。ならいっそのこと……。
「次はちゃんと産まれろ。ゲレミー」
ルージィは次へと向かう。
「はあ、はあ、もうそろそろか……?」
ダンケスは地下を走る。前には拡張人間。
仲間たちは本隊へと戻れただろうか。そして自分は戻れるのだろうか。強がって仲間達を帰したが、少し怖気付いている自分に気付く。自分の持つホースが未だに繋がっていることが救いだ。エンハンスもいるにはいるが、同じ人間とは思えない違和感がある。
「くっ」
「どうした」
エンハンスが立ち止まり少し、後退りした。どうやらミストの濃さに耐えられなくなってきているようだ。
「よし、少し下がれ」
ダンケスはホースを散水モードへと切り替え前方へと散布する。すると円形に広がり撒かれた聖水によってミストが弱まる。随分と軽減されたようでエンハンスも前へと走りだそうとする。
「待てって! 走るな! 横につけよ!」
ダンケスは先走るエンハンスを制し隣を歩かせる。
「なんでお前達はそう死に急ぐんだ。長生きしたくねえのかよ!」
「……生きることにもう意味は無い」
力なく消え入るような声。それと比べダンケスと言えば
「馬鹿か! 死なねえように救うのが俺等なんだよ! 俺の前では死なせねえからな!」
たとえ大爆発の最中でも聞こえるであろうしっかりした骨太な声だ。
「……」
反論はしなかったがエンハンスの表情は何かを言いかけて諦めていた。
より一層ミストが濃くなる。
「おお、あれだ……」
ダンケスが撒いている聖水越しに見える暗い光。地下には光が無く真っ暗な筈だがあの根元の周りは認識出来る。明るい訳では無い。しかしその周囲はしっかりと目視できている。
「あ、おい!」
エンハンスはまたも飛び出していく。根元に開く裂け目からは未だに外を見つめる目がギョロギョロと動いている。ダンケスは目を合わせないよう気を付けながらエンハンスを見る。エンハンスは手に持つ剣で根元に斬り掛かって行くも、今までと同じには行かず、文字通り刃が立たない。何度やっても弾き返されることを繰り返していると、
「……!」
エンハンスは意を決したように顔を強張らせる。すると手に持が淡く光始めた。
「ふっ」
とエンハンスは身体ごと根元へ刺突する。
光る刀身は見事根元へと突き刺さりその瞬間ミストが弱まる。
「おお! エンハンス!」
とダンケスが喜んだのも束の間、根元の中の目はエンハンスをギラリと睨み付けさらなるミストを爆炎の如く放出しだす。
「うおあああ!!」
ダンケスの撒く聖水が一瞬にして消えて行く。浄化の作用を上回るミストの量、ミストの強さ。根元を中心とした空間がこの世も物とは思えない異常な、まさに地獄と化していた。
「皆……、生きろよ……」
ミストの爆風から踏ん張りながらダンケスは呟くとホースを引き摺りながら根元へ向かって駆け出す。
「おおお! おりゃ!」
ダンケスはエンハンスが突き刺している剣の真横にホースを突き当て直接聖水を流し込む。
「少しは効きやがれ!」
ダンケス、エンハンス共に根元へ立ち向かい最大限の力を振り絞る。しかし、二人の行為を意に介していないように、何事もなげに根元の目は確りと此方を見据る。そして裂け目が一回り大きく裂けいよいよ中身が出て来ようとしたとき、
「光……? うわああああ!」
大量の淡い青色の光の奔流が地下道目一杯に吹き抜ける。根元が壁になり、二人は吹き飛ばされないでいるが、直接当たれば一瞬で彼方まで吹き飛ばされるだろう。
「く、なんなんだ、よ……?」
突然の出来事に困惑するダンケスは眼前の光景に更に混乱する。根元が消滅していく。光を受けている根元の向こう側からポツポツと穴が空き、それらは瞬く間に根元全体に穿たれそのまま広がり根元全体を完全に消滅させたのだ。
「浄化されたのか……。うわっ!」
根元が消滅し直接光の流れに飲み込まれるダンケス達。
「これは、エーテル……。なんだろう、優しくて心が落ち着く……。聖水とは違う穏やかで力強いエーテルだ……」
吹き飛ばされるかと思いきや二人を擦り抜けるように過ぎて行く光は暫くして過ぎ去った。
「何だったんだ今のは……。あ、おい! 大丈夫かエンハンス!」
ダンケスは隣でへたり込むエンンハンスに声を掛ける。
「大丈夫だ」
「良かった。流石のエンハンスもあの根元はヤバかっただろ」
ダンケスは手を差し出す。エンハンスはその手を取らずダンケスの目を見る。
「ん? なんだ」
「プリニーツだ」
「な、なんだ?」
「エンハンスでは無い。プリニーツだ」
「ん、ああ……ははっ。そうか、そうだよな。さ、帰ろうぜ。プリニーツ」
「ああ」
プリニーツはダンケスの手を取って立ち上がる。そして二人は本隊の方へと帰って行った。その顔に笑みを浮かべて。




