第二十九話 希望と絶望
「はいはいはい」
シルードはガインの話しを聞き粗方理解したよう。
「突如ミストを纏った人型の異形のがムラク市街全域に現れ魔災を撒き散らし、時を同じくしてギガンティックスライムが登場、そして小型異形によるミスト拡散の影響で大ミスト禍へと状況が悪化している、と」
シルードが眺める地図は現在の状況が逐一更新され表示されている。
「これを見るに、ミストの濃い部分はうっすらですが偏りがあります。これは太古に使われていたエーテル路でしょう」
「エーテル路、ですか」
中央防魔局局長、ガイン・ド・レールは聞き覚えのない言葉を聞き返す。
「遥か昔、神々がいた頃の物です。ご存知無かったですか?」
「お恥ずかしいことに。ムラクに眠る古代の遺跡や遺構はアカデミーが詳しいですが……。モンエド卿か、あまり良い噂を聞かない方だ。何かありそうだな……」
「……そちらはお任せします。で、現状、事態は危機的ですが、思いの外早く片付きそうですよ」
シルードは朗らかな声で微笑む。場違いなほどに。
「なんと?」
ガインはシルードの発言に耳を疑う。上空指揮所から下を見れば目を覆いたくなるほど悲惨な状況になっている。範囲もほぼムラク全域に広がりつつある中、新たに発覚した過去の遺構の中にも異形達が蠢いているとなれば、絶望がすぐそこまでやって来て然るべきだ。しかも貴族達の騎士団は使い物にならない上に何故か軍の応援も無い。ガインを今立たせているのは防魔局局長と言う肩書以上に、その下で懸命に活動している隊員達の命を預かっている重責だった。そんな中、他人事のようにも聞こえる楽観が過ぎるシルードの発言。ガインも少し表情が強張る。
疽にヤラれているな……。
シルードは口にせず態度にも出さずそのまま続ける。
「ここに来る前に市街上空を彷徨っていたんですが、その時に見つけたものが有りまして」
「それは何ですか?」
「向こうが過去の遺物を使ってるんです、此方もそうしましょう」
「……?」
シルードは地図のある点を指で指す。
「此処へ向かいます」
「ジルベル、楽になったぞ。礼を言う」
ルージィはインカム越しに礼を伝える。相手はジルベル・ブラッドロー西方防魔局局長。|対ミスト根元粉砕衝撃銃を用い巨大なギガンティックスライムを一撃のもとに葬り去った。
「会議から《《寝坊助》》の使用許可が降りた。試し打ちだ、礼はいらん。そして西方防魔局は中央より東へは行けない。此処から狙えるだけだ。ここは特別に組んだ別働隊だ。こっちも忙しいのでな」
「十分だ」
「お前の勝手な言い分を飲んでくれたガイン殿に感謝しろ。この大変な時に局長が単独行動など……。まあ、お陰で私も自由にさせてもらっているが」
「身内が下手打ったんだ。ケジメは俺がつけなきゃ示しがつかんかだろ。《《あのスライム》》は残しておいてくれ」
「ああ、どうせまだ撃てん。好きにしろ」
「コイツらに聖水使うのは無駄だ! 自身に掛けて蹴散らして行け! 聖水散布の隊が追っかけて来るから心配せずに突き進め!」
ダンケス達は自身に聖水を振りかけ駆け抜ける。小型異形駆除に聖水を散布するよりかなり節約になる。後から聖水栓を直結させたホースを延長して後続隊が来るはずだ。そんなことより小型異形達が押し寄せるその先に何があるのか、小型異形が湧き上がる泉でもあるのだろうか。などと考えながら奥に進む内にとうとう《《その先》》へと到着したダンケス達。
「な、なんだアレは……!」
そこにあったものは人型異形に見えた。しかしそれは立ったまま事切れた屍の様に、若しくは枯れ木の様に動かない。悍ましいのそれの胴にあった。それは空間に縦に開く裂け目だった。
「根元だ」
ダンケスは直感でそう判断した。ミストに覆われ、いや、極濃のミストを吹き出している人型異形の胴体中央に上から下へと入った亀裂。そしてそこからまさに泉の如く小型異形達が溢れ出ている。
「く、ミストが濃過ぎて近付けねえ!」
ダンケス達は押し寄せるミストの圧に押され近付けない。そして誰かが叫ぶ。
「おい! 何かが見てるぞ!」
そう言う隊員は震えながら根元を指差す。
「だ、ダメだ、見るな……。見るなー!!」
隊員は狂った様に叫ぶ。それを見る前にダンケスは危険を感じ目を覆い叫ぶ。
「見るな! 見るんじゃない!!」
根元を見続けた隊員は指を差したまま、サラサラと砂の様に崩れ落ちていった。それを横目にダンケスは決断する。
「退却だ! 退却ー!! 立て直すぞ!」
残った隊員達は這々の体でその場から逃げ出す。常識の外から殴り込んで来たような脅威にプライドも何消し飛んだ。後ろでは小型異形が湯水の如く湧き出ている。
「終わっちまうのか……? 俺達は」
ダンケスの顔は絶望に支配されていた。そしてムラクの状況も絶望に近づいている。




