第二十八話 接敵
太古の昔に閉じられた門、聖魔門。それは人の地とブランクを隔てる門。
空白。そこは人が治める入ることを拒絶する広大な大地。人が住むには過酷な土地が多いが、実り豊かな豊穣の地もある自然の生命力に溢れている。しかしそこに住まう凶暴な獣達、更にはその上に君臨する魔獣達が人の知性などブランクでは無意味な物だと教えてくれる。
隣国グレンミュール帝国では真っ当な職に就けない者達の行き着く先として、ブランクでの狩猟を生業とする狩猟団なる者達がいるが、新たにブランクへ行った殆どの者は帰ってこないと言う。
ムラクにとってブランクは神々の降り立った地と考えられており、神聖なる大地として禁足地となっている。そもそも開かずの聖魔門がある為に長い間立ち入る事は出来ないのだが、それもバエルの行いで過去のことになった。
今バエルは聖魔門を開けてしまったのだ。
「おお、踏み入るだけで感じる分厚く濃いエーテル。懐かしい空気だ。失われていた生気が蘇ってくる。私を歓迎してくれているかのようだ……。 ふふふ……、ふははははっ!」
バエルは高らかに笑いながらまたも暗い渦の如き姿でブランクの大地を駆け抜ける。バエルが探すのは古の神、黒夜神グラムが眠りし祭壇。
「それにしても、人間達の弱体化の嘆かわしいことよ。昔の人間の身体であればこうも難儀することは無かったはずだ」
バエルは昔を思う。彼は元は人間であり、太古に生きていた。その頃と今ではどうも人類は変化しているようだ。
「さてと、黒夜神の祭壇はどこだったか……。私のミストに呼応してくれれば良いのだが」
バエルが少し心を落ち着かせ周囲の警戒を解き立ち止まったそのとき、目の前に空から光の筋が墜落する。
「そこまでだ。神もどきよ」
それは墜落ではなく激しい着陸だ。土煙のその中には金色の鎧を纏った人の姿。
「ほう、早かったな。だが、消えろ」
バエルは手を相手に向かって手を振ると金色の騎士にミストが襲いかかる。しかし、それらは全て霧散し届くことは無かった。
「ん……? おお、よく見ればそれは全身防護型防魔装具。久し振りだな。グランベル」
「ふん、この時を待っていたぞ、偽神バエル。ゴン・ド・レール枢機卿の身体を乗っ取り今まで、長かったぞ」
マクシミリアンを纏ったグランベルの手には眩く光り輝く一振りの長剣。
「ふははは。やれる時はいつでもあっただろうに。甘い奴らだ」
バエルは太々しく両手を広げ高笑いする。
「人がいる所で殺してもお前は憑依して逃げる。ここなら誰も居ない」
言うが早いかグランベルは斬りかかる。
「言い訳にしか聞こえん、な!」
バエルは左腕を硬化させそれを受け、すかさず右手を突き出すとグランベルが死角から繰り出そうとした小刀の二の太刀を受け止めた。
「レール卿は殺せなかった。しかし、レール卿《《だった》》お前は殺す」
「んん? この顔が気になるか?」
拮抗した中でバエルは口からミストを吹き出し、それを真正面から受けるグランベル。それにはミストを浄化する最上位防魔装備と言えども耐えきれずに面が少しずつ崩壊していく。
「受けてばかりでは負けるぞ?」
バエルはほくそ笑む。その隙を突き間合いをとるグランベルは一言。
「左腕は貰ったぞ」
「は、?」
バエルは左腕を見る。しかしそこにはそれは無く、地面に落ちていた。そして左腕は暗い靄となり霧散した。
二人の激しい戦いで震えるブランクの空気。そしてぶつかり合う二人のエーテルの振動もまた、ブランクへと広がっていた。
ムラク市街を駆け回るダンケスは、悍ましい物を発見した。
「な、なんだこれは……」
それは小型の異形を駆除していた時のこと、ミストで脆くなった地面を踏み抜いてしまった。
「これは、道、か?」
どうやら地下道へと落下したダンケス。
「うわ!」
そこには夥しい数の小型異形が。手持ちのタンクでは間に合わない。
「ディテース! ヤバい! 俺の座標にタンクたらふく撃ち込んでくれ!」
「どうした? 何があった!?」
「小型異形、が……、大量……、ヤバ……」
「なんだ! 聞こえないぞ!」
ディテスは嫌な予感がしていた。魔導聖水輸送装甲車と前衛の間を空から繋ぐ役割のリーダーであるディテスはダンケスより状況がよく見える。当初現れた人型が消え、後に小型異形が発生した。そしてその後から地面が抜ける場面に度々遭遇していたディテスはある推測をしていたが、ダンケスの連絡が推測を確信へと変えた。
「地下に根元があるな……」
ディテスは至急身近にあるホーリーグレイルの横へ降り立つ。
「すまん、借りるぞ」
「え!?」
ディテスは手慣れた手付きでホーリーグレイルの操作盤を叩いていく。
「これだけじゃ足りないな。ちょっと失礼……」
「おい、何をしているんだ……」
とディテスはホーリーグレイルの操作担当であるタンカーを差し置いてどんどんと操作を進める。その操作は専門のタンカーも知らないものだった。
「よし……。周囲二百メージュのホーリーグレイルの制御系を掌握した。死ぬなよ、ダンケス!」
ディテスが最後の操作を行った時、周囲のホーリーグレイルから聖水タンクが一斉に射出される。
「うわ!」
「なんだ!?」
辺りにはタンクの噴射音が響き、その後に溢れる不意にタンクが発射されて戸惑うタンカー達の声。
「じゃ」
事を終えるとディテスは飛び去っていく。
「ちょ、おい! あー……」
残されたタンカーは呆然と立ち尽くしていた。
「ちょ、ちょっとヤバいぞ……」
ディテスへ連絡した後も小型異形の大群は収まらない。ダンケスはそのミストに当てられ意識が朦朧としてきた。踏ん張りも利かなくなり片膝が崩れたその真横にズドンと衝撃が走る。
「……ん? タンク、か。ディテス」
脳裏に朧げながらディテスの顔が思い浮かぶ。がそれを打ち消すかのようなタンクの雨が降ってくる。
「ディ、ディテース! ディテース!」
上空で競り合い弾きあったタンク達が正確に座標へ到達する訳もなく、弾かれたタンク達は広範囲に降り落ちダンケスの。
「やり過ぎだー!」
とタンクの雨あられに当たらぬように必死に転がり回る。そうしながらもダンケスは着弾したタンクの上部レバーを叩き下ろし聖水を噴射させる。それはダンケスにとってまさに恵みの雨だった。
「今の俺にはこの濃いエーテルが丁度良いぜ」
そこに連絡を受けた多数の防魔隊員が駆けつける。
「よし! 根元を断つぞ!」
ダンケス達は奥へと進む。




