第二十四話 動き出した者
「いやあ、良い天気だなあ。何やら街が騒がしいけど……」
アカデミーにある自身の研究室の窓を開け、心地よい風を受けるワイズボイス。
「こんな日は、何か起こりそうだねえ」
その時、チャキンと鳴る金属音と共にワイズボイスの背中に硬いものが突き当てられる。
「……急なお客様とか」
グイッと押し付けられるそれは銃口に違いない。
「バルバトスの骨片を渡せ。振り向くな」
認識を曖昧にする紋章片を使用しているのか、話しの内容は判るが声の男女の区別が付かない。
「それなら、ほら、テーブルの上にありますよ」
そこにはリボンを掛けられた小箱が一つ。
「な、なんだこれは」
「プレゼントです。欲しかったのでしょう?」
「く……。ほ、本物だろうな?」
「もちろん」
「……」
賊は音も無く立ち去り、ドアが閉まると何事も無かったかの様な穏やかさが戻る。
「……構えた時に鳴る特徴的な金属音、あれは《《国が新たに正式採用した最新型の銃》》ですね。そしてある程度の立場になければ所持が出来ない認識妨害のグリフ……。密偵には向きませんね、モンエドのエスコートは」
ワイズボイスは窓を閉める。すると、中は漆黒の闇に包まれる。
「さてと。細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ、ですね」
その闇の中でワイズボイスはニヤリと微笑む。
ムラク中央、教皇庁の一室。
「ゴン・ド・レール枢機卿はまだか?」
そこに集い円卓を囲む十三席会議の面々。
ムラクでの突然発生した未曾有の災害に急遽会議が招集された。
しかし一人が席にいない。
「使いの者を出しております……」
と後ろに立つ、装飾された覆面の騎士。
各席の背後には付き人兼護衛、エスコートが立っている。彼らは軍や騎士団とは別に枢機卿が所有する者達である。十三席会議では議員意外は素顔を見せてはならないとされ、その素性は隠されている。エスコートは他の組織と掛け持ちしている者もいる。
「良いではないかバフラック卿。レール卿も配下の防魔局の対応で忙しいのであろう。まあ、最近の防魔局は実質次官が切り盛りしているのだからヤツが来た所で、だがな」
「しかしガウズ卿、今肝心の健浄院がいないのでは……」
「バフラック卿、法院としての卿の気持ちも分かりますが、事は一刻を争いますゆえ。ガウズ卿の言うようにレール卿もお忙しいのでしょう」
「ナー卿、しかし……」
「ふむ、話になりませんな……。私は失礼する」
「ロドジャフト卿!」
「どうせ我ら軍院は動けん。今軍が国内向けに動けば睨みを利かせているサージナが良からぬ動きをするやもしれん。奴らに弱みは見せられんのだ」
「それはそうだが……」
「法院としても看過出来ぬ筈だぞ? 奴らの侵攻理由は『サージナ正統教会こそ神智の主である』、だからな」
「ぐ……」
「私も失礼する」
「モンエド卿?」
「そもそもそのような野蛮な事柄は我ら学術院には関係の無いこと。更に付き合いで来ただけなのに始まらないのではね……時間の無駄だ。貴方がたとは違って私の時間はもっとエレガントでインテリジェントなことに使われるべき貴重なものなのですよ。では」
部屋を後にする二人。残された者達はざわつき始める。
「はあ……」
法院レオン・バフラック枢機卿はテーブルの上で組んだ手に額を預け大きく溜息を吐く。法院に就いて間もない若者に訪れた最初の試練、とでも言おうか。
「目を閉じても現実が消える理由では無いでしょう。バフラック卿」
「ナー卿……」
「嘆いていても進みません。目を開け前を向き、歩みを進める事が今我々のすべきことです」
「そう、ですね」
レオンは深く息を吸い、邪気を絞り出すように大きく吐き出す。
「では、今から会議を始める」
その頃、ゴン・ド・レール枢機卿の邸宅。
「我々は教典騎士団だ。ゴン・ド・レール枢機卿猊下はおられるか?」
「あの、御館様は連れの者ととうに出られておられますが……」
館の使用人はキョトンとした顔で騎士を見る。騎士達も顔を見合わせ困惑する。
「どこへ行ったんだ……」
「靄が濃くなっているな」
箒に跨り飛ぶジョエスト。遠くからでも分かるほどにムラクに掛かる靄が暗く濃くなっていく。
「急げー!」
ニアはリンクスのアクセルを目一杯に踏み込み全速力で駆け抜ける。そのリンクス後方に牽引されている客車は暴れに暴れ人が乗れる状態では無い。しかし中にはアナリシスの二人がいた。
「早く着くと良いですが……」
中空に浮いたジフィが丸め込むように八哥を抱き抱え、暴れる客車から難を逃れている。
「……動き出しましたね、ゴン・ド・レール。いや、魔神、うわあああ!」
突然横転する客車。回転が落ち着くと八哥達は思わず外へ出る。
「どうしました?!」
目の前には横倒しになったリンクス。そこからクシャクシャになったニアが這い出してくる。
「何か高速で飛行する物体とすれ違ったんです。そしたら大地が盛り上がって……」
「豊穣の神、バールの力が歪んで発現したか……。思ったより早いですね……」
「?」
「直ぐに追いましょう、ニアさん」
「へ? でもムラクは?」
「彼処は誰かが上手くやります。コッチが優先になりました」
「何なんですか? あれは」
ジョエストが降りてくる。
「アレは遥か昔にソロモン王が召喚した幽界の神です」
八哥は静かに口を開く。




