第十一話 神は来ませり
「なんだよ、この骨は……」
警縛隊東方部隊長グラント・ルーガーは頭を抱える。
東の外れにある小さな村で起こった火災、その焼け跡に残っていた小さな骨。見てくれはただの骨だが、治安院内の鑑識部での調査の結果、未知の物質が含まれていることが解った。
「あの村もなんか可怪しかったよなぁ」
アキタ達が火災で向かった村。その後グラントも赴いた、確かに存在する村だがその存在は殆ど知られて居なかった。今回、煙が濛々と立ち上り防魔局の知るところとなった訳だが、それまでは殆ど人の往来が無い村だった。
「学術院に持って行ってみるか……。あー、行きたくねえなあ」
この国は宗教国であり、国家運営は教皇を頂点とし、十三人の枢機卿からなる十三席会議が執り行っている。各席にはそれぞれ役割があり、防魔局は第十三席の「健浄院」の配下、警縛隊は第十ニ席の「治安院」の配下である。学術院は第五席を長とする魔導技術関連の専門機関である。
各院は配下に多様な組織を持つが、学術院は内部組織としてアカデミーを置くのみ。学術院は様々な研究室が各々の課題や業務を行う。アカデミーは魔導技術や魔導学を学ぶ教育機関であり、また研究機関でもある。その門戸は国内外に広く開かれている。
学術院はその性質から鑑識や調査など防魔隊や警縛隊と連携することも多い。しかし、インテリ集団であることに誇りを強く持つ者が多い学術院の研究員は、
「遺留品調査ってさ、時間の無駄なんだよね。僕達のエレガントでスマートな研究の邪魔でしかない」
と平然と言い放つ。
「だから嫌なんだよなぁ」
グラントは呟くと咳払いをして、相手を睨みつける。
「人が殺されてんだよ。拒否するってことは殺人犯の仲間か? 引っ張って行けんだぞ?」
「脅しですかね、それ」
「本気だよ」
とグラントは研究員のシャルルに詰め寄る。
「グラント部隊長! 落ち着いてください!」
とグラントを制するのは隊長補佐のミシャル。
「うーん! ううん!」
小さい身体を二人の間に押し込もうとするも、小柄なミシャルはまったく刃が立たない。
「おや? 何事かい?」
そこに一人の男が現れる。
「おお。丁度良い奴が来たぞ。《《逃亡者》》のコイツなら大した研究も持ってないだろうし、矮小で下らない警縛隊の依頼も受けてくれるだろうさ。じゃあな」
シャルルは卑しい笑いを浮かべ去っていく。
「あんたは?」
グラントは訝しげな視線で男を見る
「私は……そうだな。皆からはワイズボイスって呼ばれてる」
「ああ? 通名で呼べってか。ホントにここの奴なのか? お前は」
グラントの眉間のシワが深くなる。
「ああ、研究員証はあるよ。ほら」
そこにはワイズボイスと記載がある。学術院は賢さ以外は些末なことなのだろう。
「《《逃亡者》》ってのは?」
「ああ、私があまりにも人前に出ないから皆勘違いして研究から逃げてると思ってるんだよ。ちゃんと仕事はしてるからご安心を」
「んん、なら良いけどな」
グラントは例の骨についての経緯を話し、詳細な調査を依頼したい旨を伝える。
「ふふん。面白そうだね。ちょうど手紙も貰ったことだし少し外と関わるのも良いかもね」
「?」
グラントとミシャルは顔を見合う。
「では、私の研究室へご招待しよう」
三人は暫く学術局の中を歩く。角を曲がり階段を昇り、いくつかの建屋をくぐり抜け、大きな中庭を越えた先の古めかしい棟に彼の研究室はあった。あったのだが、
「なんも無い」
ミシャルは思わず声に出してしまった。
室内にはテーブルと椅子が数脚あるだけ。他は何もない。ただ白い部屋。
「引っ越ししててね。まあ、話はここで聞くよ」
とワイズボイスは二人を席に着かせお茶を淹れる。
グラントはそれすら訝しげに匂いを嗅ぎ中々飲もうとしないが、ミシャルは、
「いただきます」
とグイグイ飲んでしまう。
「おいおい」
少し引き気味のグラントにワイズボイスは言う。
「毒なんて入ってませんからご安心を」
とワイズボイスも席に着き改めて骨を手に取りまじまじと見る。
「ふうむ……。これは珍しい物だが、昔に資料で見たことがある。ソロモンの秘儀の産物だ」
「ソロモン? 秘儀?」
ミシャルが興味深そうに聞き返す。グラントは知った風な顔をしているが其の実ミシャルと同じだった。
「ソロモンはグリゴリ教の一派だ。多くのグリゴリ教の宗派が死後に神の下に行くことを説いている中で、ソロモン派は我々が生きているこの世界に神を呼び出すことを目的としている。彼らは神を呼び出す方法を星の数ほど研究していて、その中の一つを行った結果、副産物としてこの骨は出来上がるんだよ」
「それって」
ミシャルは何か嫌な予感がした。
「依り代を使った神の召喚だよ」
ワイズボイスの目はランランと怪しく輝いていた。




