第十ニ話 蓼食う虫も好き好き
爛々とした目を落ち着かせワイズボイスは言う。
「でもね、ソロモン派は言うなればカルト集団ではあるけど、最近は大人しくしてて。根拠の怪しい魔導本とか効くか分からない薬とか、人の弱き心に漬け込んだ悪徳商法でセコい稼ぎをしてるみたい。今は拝金教団って呼び名の方が通ってるかもね」
「拝金教団は聞いたことあるぞ。結構被害者いるみたいだな」
「エリミナは動かないのかな……」
ミシャルがぽつりと呟く。
「エリミナなんて子供みてえなこと言ってんじゃねえよ。絵本の中の話しだろ」
さっきの悍ましい目つきの持ち主とは思えないほど、彼らの遣り取りを微笑ましく眺めるワイズボイス。
「そうだね、そして絵本でもエリミナはグリゴリ教内の異端、たとえば正典に名の無い神だったり、存在しない神を信奉してる所謂邪教とか偽教とかを成敗しに出て来てたよね。今回はちゃんとしたグリゴリ教の神だから、出てこないんじゃないかな」
ははっと笑うワイズボイスはお茶を一口啜る。そこにグラントが一言。
「と、まあ長々と話しを聞いたが憶測で捜査は出来ねえ。調査報告書ちゃんと書けよ。じゃな」
ぶっきらぼうに席を立つグラントにミシャルが慌てて声を掛ける。
「グラント部隊長!!」
「なんだよミシャル。どうも学者様とは肌が合わねえ。帰るぞ」
グラントはさっさと扉を開け外に出るとミシャルも続き、またも
「グラント部隊長!」
と声を掛ける。
「なんだよ! さっきから」
「帰り道が分かりません!」
「……」
固まる二人。
「帰り方なら、楽な方法があります」
ワイズボイスは二人を中へ手招きし、今出た扉のノブを握る。
「この扉には仕掛けがしてありまして」
ワイズボイスは徐にノブを回す。
「右に五回、左に三回、最後に右に回すと……」
扉が開くとそこは学術院の正門前。ワイズボイスの研究室は正門横にある夜間に使う小さな扉に繋がっていた。
呆気に取られボーっとするグラント達はハッと我に戻り、
「じゃ、じゃあな! しっかりやれよ!」
「ありがとうございましたー」
とその場を後にする。その後ろからワイズボイスが
「同じ手順で研究室に来れるから、いつでもおいでー。君達なら歓迎するよ!」
と手を振っている。一頻り手を振り部屋の方へ向き直すと笑顔が消える。
「さて、上手くやってくれよ」
数日前。
「ふーん。ここがソロモン派の教会か」
グラントは大きな門扉の前で腕を組む。
「お金持ちの豪邸だと思ってたら、教会だったんですね」
ひょっこりと現れるミシャル。
「拝金教団、か。善良な市民から巻き上げた金の塊なんだろうな」
ソロモン派の教会はムラクでも立地の良い場所にあった。俗に言う高級住宅街だ。昔からの貴族や富豪の邸宅が立ち並ぶその中にあって見劣りしないその外観は気品と言うよりは成り金趣味の雰囲気が漂っている。
「お? グラントじゃねえか」
とそこに声を掛ける者。
「あん? ってアキタかよ」
「何してんの?」
「ニアさん!」
アキタの隣にニアを見ると腑抜けた声になるグラント。
「部隊長……?」
怪訝な顔をするミシャル。
「あら、可愛い子。迷子?」
「迷子じゃないです! グラント部隊長補佐、ミシャル・ロンゲニス! です!」
ミシャルは少し前のめりに語気を荒げる。
「ああ、ごめんなさい! 私はニアよ。隣のはアキタ。警縛隊なら会うこともありそうね。宜しくね」
「ニアさん、何でこんな所に? アキタなんかと」
「なんかってなんだよ」
「ちょっと用事があって、家まで行ってたんだけど……」
ニアの実家はムラク城壁外だが此処には別宅兼工房がある。
「い、家!? アキタこの野郎!!」
「なんでだよ! ただの付き添いだよ!」
「お前、ニアさんに手え出したら殺すからな」
「お前ホントに警縛隊か?」
「……グラント部隊長、私が防魔局に連れて行かれない理由ってあの女なんですね……」
「ば、馬鹿。そうじゃない! 防魔隊の奴らは野蛮なんだよ! お前を連れてくのは危険なんだよ」
「へぇ、《《防魔隊の奴らは野蛮》》、なんだあ」
ニアが白い目でグラントを見る。
「あ、いや、ニアさんは別です!」
「部隊長……」
「違う! ミシャル!」
「何やってんだよ」
呆れるて首を振るアキタ。
「ん?」
首を振った先にアキタは何かを見つける。
「あれって……」
アキタの視線の先にはローブのフードを目深に被った老人。此方を見ていたようで、アキタの視線を感じるとそそくさとその場を去った。
「なんでこんな所に……」
「誰?」
ニアは誰か分からないようだ。
「あの火事の村にいたじいさんだよ。ほら、ニアが魔法使いだって浮かれてた奴いたろ?」
「あー、いたいた。なんでこんな所に?」
「ほー、手間が省けたな。行くぞ、ミシャル」
グラントは老人のいた方へズンズンと歩いて行く。
「あ、部隊長! えっと、じゃあ……さよなら!」
ミシャルはせかせかとお辞儀をしてからグラントの背中を追っていく。
「お似合いね。あの二人」
ニアはそんな二人に目を細めている。
「グラントとか? 女の好みってのは、よく分かんねえな……」
アキタとニアは防魔隊へと帰って行った。




