第7話 緊急発進発令(第2部・全14話)
穏やかな空気が一瞬で吹き飛ばされる一同。
懐かしい記憶から強制的に呼び戻されたハヤセはあわてて複数モニターを確認する。
データ表示上の月画像から複数の光点が点滅している。
「なにこれ? すごい大量?」
マヤが素早くリアル映像の最大望遠をモニター表示させる。
昼間の青い空にうっすらと白く浮かぶ月。
その月から、太陽光線を浴びた複数の光る点が射出されていく。
その横でマーシャも食い入るように画像とデータを覗き込む。
「大きいわね。しかも複数。」
昼間の突き抜けるような青い空。
そこに浮かぶ白い月から射出されていく複数のマスドライバー隕石爆弾。
太陽光線を浴びて白く強く光るという事は、それがただならぬサイズであることがわかる。
「コースは?」
ハヤセがマヤに追い被さるように確認を取る。
「シミュレーション結果によると、各基地を、全発射基地を狙っています。」
マヤの言葉にハヤセは他の発射基地の状況を確認する。
「まずいわね。ギニアからのHLVシャトル2号機、現在上昇中ね。ケープカナベルHLV1号機もまだ発射していないし。」
ハヤセの横でデータを目視するマーシャ。
「衛星軌道に移行中は狙われやすいわ。しかも上昇中にでも攻撃されたら、それを防ぐのは手段はないに等しいわ。」
その言葉にハヤセ。
「打ち上げ上昇中での迎撃? あるいは地上の発射基地からの援護迎撃? どちらも厳しいわね。」
マーシャがマヤに問う。
「ここへは? この種子島Ⅱを狙っているのは、どれ?」
黙々と分析するマヤ。
モニターの反射光がマヤの瞳の上で早いスピードで流れていく。
「ここへは、この種子島Ⅱには、連結弾で飛来する模様。三連弾でくる状況です。」
「三連弾?」
マヤの言葉にハヤセやマーシャも驚きを隠せない。
ハヤセが気を取り戻してマヤに問う。
「残り時間は? あと残り時間はどのくらい?」
複数モニターを操作するマヤの指が止まる。
「あと6時間! あと6時間後に直撃を受けます!」
* * * * * * * *
強制カウントダウンが開始された。
この時すでに残りあと6時間を切っている。
この場合6時間と言っても、時間がないに等しい。
指示系統が混乱している。
まさに、それはもう大変な状態である。
珍しくマヤが焦り気味でハヤセに指示を乞う。
「先輩、どうします? どうしましょう?」
その言葉使いで、マヤが焦っているのが見てとれた。
それよりもハヤセ自信も焦っているのが自分でもわかっていた。
「えっと、HLVシャトル4号機への運搬は完了してるのが幸いね。この種子島Ⅱの防衛システムはどうなってるの?」
マヤはその言葉を聞き終わる前に、その指で情報を検索していた。
「種子島Ⅱ防衛システム、超電磁砲対空と従来の火薬式対空砲がそれぞれ三十、あります。」
マヤの報告を聞いたハヤセ、マーシャの顔を見ながら、
「三連弾の隕石爆弾はどういう風に来るのかしら? 直撃? 空中爆発? それとも分離?」
マヤとハヤセが焦っているので、マーシャもそれに釣られ焦り気味へとなっていく。
普段から冷静にいるべき、と決めていたマーシャであったが、この時自身の焦りも感じていた。
それは自分の気持ちの奥深くに生まれている感情から来るの不安感であろう。
「自由落下速度で入ってくる隕石爆弾を迎撃するには、超電磁砲対空砲と通常の火薬式対空砲しか、ないかもね。
絶対零度砲戦車を降ろして対処しても、効果があるかわからないわ。」
マーシャの言葉にハヤセは目で訴えながら問う。
「Gボンバーの、重力兵器はどうかしら?」
その提案にマーシャは眉をひそめる。
「重力兵器はあまりにも不安定で、私たち種子島Ⅱまで破壊する可能性があるわ。敵基地に打ち込むのなら有効だけど。」
ハヤセはマヤに別の提案を行う。
「HLVシャトル4号機を今すぐ発射する事はできないの?」
ハヤセのぶっ飛んだ質問に、やや冷静さを取り戻したマヤ。
「発射するための燃料系制御の時間、衛星軌道への発射角度の問題、それに人員が搭乗する時間を考えて、
全て即決実行で、最大早くてあと残り2時間です。」
「直撃まであと……」
ハヤセが自分の目でカウントダウンを目視する。
「直撃まで残り5時間45分。」
ハヤセのその言葉に、ハヤセ、マヤ、マーシャの三人はお互いの顔を凝視する。
その三人の表情は、それぞれみな同じ表情をしていた。
そしてハヤセとマヤは、ほぼ同時に同じことを口にする。
「行けるわね!」
「行けますね!」
その言葉を聞いてマーシャがちょっと笑みを浮かべて口をひらく。
「敵も攻撃計画の計算、間違えたのかしらね。結構雑でアバウトな攻撃方法よね。
で、どうするの?」
ハヤセとマヤはほぼ同じタイミングで相槌を打ってプランを出す。
マヤが自信と希望を持って告げる。
「今から最大限でHLVシャトル4号機の発射準備を行います。それにシャトルの発射管制は機内に
乗り込んで操縦席からでもできます。」
ハヤセが続ける。
「種子島Ⅱの専従保守スタッフやHLVシャトル4号機に乗らない人たちは、直ちに艦船でここを脱出。」
マヤが続ける。
「ですね!」
ちょっと能天気風の二人にマーシャが突っ込みを入れる。
「でも迎撃体制は? 防衛手段は稼働して残しておいた方が。」
マーシャの心配を二人は明るい表情で答える。
「この種子島Ⅱの防衛システムは地表部分に超電磁対空砲と火薬式対空砲が配備されているわ。
それぞれオートマトン制御システムが自動化されているから無人でも問題ないわ。」
ハヤセの即答に、マヤも頷く。
「ですです!」
明るく希望に満ちた二人の表情を見ているマーシャ。
その心の奥に、ひとつの不安を抱えていた。
それは彼女にとって、プライベートな不安であった。
* * * * * * * *
種子島Ⅱ最下層の地下施設に緊急告知のアナウンスが響き渡る。
各自が所有している通信装置にも同じ内容が流れ、その内容がエコーが効いたやまびこのように響き渡る。
・月から大量のマスドライバー隕石爆弾が世界各地の発射基地目指し発射されたこと。
・この種子島Ⅱに向けて三連弾のマスドライバー隕石爆弾が接近中とのこと。
・HLVシャトル4号機は2時間後に緊急発射で進行中。
・種子島Ⅱの所属保守要員はただちに艦船で脱出する。
・HLVシャトル4号機の発射および基地防衛はオートマトン制御システムで対応。
・作戦に参加する要員は機動歩兵着用の元、直ちにHLVシャトル4号機に搭乗すること。
・作戦に参加しない者は種子島Ⅱの所属保守要員とともに艦船で脱出。
・実質ここが狙われている以上、ここを放棄するしかない。
以上の内容であった。
HLVシャトル4号機に乗って作戦に参加するもしないも、本人の自由意志に委ねられた。
しばし呆然とするキリ。
キリは臨時招集組である。
本人の意思に関係なく招集され作戦に参加した。
だから『降りる』ことは可能だ。
だが、キリは悩んでいた。
どうする?
降りるか?
だが降りたところでどうする?
降りたところで、そのあとどうする?
どうやって生きる?
だがキリには一つ悩むポイントがあった。
それは。
「よ!」
キリの背中にドンと響く圧力が不意に加わる。
振り向くとアヤカ先輩であった。
「あ、アヤカ先輩。」
なんかちょっと前に似たようなことされた記憶が浮かぶ。
あの時は冷たい飲み物だったが。
キリは話しかけてきたアヤカ先輩の顔を見て、自身の気持ちを悟るものがあった。
アヤカ先輩は屈託なく会話を続けてくる。
「行くでしょ? キリ君も。あれに乗って。」
アヤカ先輩が隣の巨大サイロにある大きなHLVシャトル4号機を見上げる。
キリもアヤカ先輩と同じように見上げる。
キリがすぐに返事しなかったので、アヤカ先輩は続けて会話を続ける。
「乗らずに残って逃げたとしても、逃げ場ないし。」
確かにそうだ。
『逃げた』としても、もはやこの地上に安全な場所はない。
仮に安全な場所が見つかったとしても、そこがいつまで本当に安全なのかは未知数だ。
アヤカ先輩は悪意なく屈託ない表情で続ける。
「それに知ってる人、あんまり他にいないし。」
そうか?
そうなのか?
カミヤがいるだろう。
カミヤはカウントに入らないのか?
悩むキリを気にかけずにアヤカ先輩が続ける。
「もし行かなかったとして、何か他にすることある? あるんだったら仕方ないかも。」
悪意はない。
アヤカ先輩に悪意はない。
昔からこういう人だ。
昔からポジティブでマイペースで前向きな人だ。
だから昔から好意と憧れをずっと持ち続けていた。
キリ自身に持ち得ていない明るい性格に憧れていた。
だから自分の気持ちに今、キリは素直になれた。
「そう、ですね。敵をやっつけましょう。」
「うん。一緒にがんばろう!」
キリにはアヤカ先輩の笑顔が眩しかった。
* * * * * * * *
「マーシャ、こっちよ。」
ハヤセがマーシャに声をかける。
そこそこ大きいモバイルの総合司令コアを持ったマヤが隣にいる。
二人の場所から数歩離れていたマーシャ、付近の人々の動きで目が泳いでいる。
「マーシャ、こっち。」
ハヤセが再度声をかけると、上の空であったマーシャが気づいて答える。
「あ、ええ。ちょっと。今行くわ。」
されどその場を離れず、流れる人々の動きを注視し続けるマーシャ。
「行きましょう。先輩。これ重いし。マーシャは場所わかるでしょう。」
マヤの言葉に一白置いて頷くハヤセ。
「そうね。先言ってるわね、マーシャ。」
そう言ってハヤセとマヤは先を急ぎ、HLVシャトル4号機の搭乗リフトへと足を進めた。
いない。
どこ?
マーシャは不安であった。
胸がドキドキする。
呼吸が落ち着かない。
マーシャは知っていた。
マーシャは心の動揺の理由を知っていた。
今一度。
もう一度。
もう会えないかもしれない。
もう二度とその顔を見ることが出来ないかもしれない。
マーシャは恐れていた。
昔起きたことを。
ツングースカの研究施設で起きたことを。
悔いを残したくない。
あとで悔やみたくない。
マーシャは探していた。
マーシャは人の流れの中に答えを見つけようとしていた。
「あ。」
「お。」
二人が同時に動きを止めた。
マーシャが視線を動かした時、その先に答えがあった。
思わず視線を送った先に、その人物はそれと同時に動きを止めて見ていた。
カミヤである。
機動歩兵装備を身に包み、今HLVシャトル4号機の搭乗リフトへと向かっていた。
「おう。」
そんな声が聞こえた。
カミヤはたぶん声を発していなかった。
だがマーシャにはカミヤのその声が聞こえていた。
「あ、うん。」
マーシャはそう答えていた。
マーシャはたぶん声を発していなかった。
だがマーシャは、自分の心の中でそう答えていた。
距離的に離れていたが、カミヤの耳にははっきりとマーシャの声が聞こえていた。
搭乗リフトへの人の流れに戻ったカミヤは、何事もなく表情を変えて前へ進んでいた。
嬉しかった。
マーシャはただただ嬉しかった。
搭乗リフトへと進むカミヤの姿を見送って、しばらくしてマーシャもその流れに続いていく。
マーシャの悩みはもう、消えていた。




