第6話 コード・レッド(第2部・全14話)
皮肉な話である。
月より飛来し、シベリア大平原のツングースカに落下した隕石遺跡。
それを掘り起こしたことで、現在の異常事態を呼び起こしてしまった。
それをいじることなく、無視して放置していれば、現在の異常事態を呼ぶことはなかった。
ツングースカに落下した隕石は、逃げてきたのか?
月の裏側の謎コロニーはそれを追ってきた追跡隊なのか?
あるいは、
月の裏側の謎コロニーはそこに付着着陸した『宇宙船』みたいなもので、
ツングースカに落下した隕石は地球に着陸失敗した『探査機』なのか?
それともそれは、
人類側のテクノロジー基準を探るトラップだったのか?
どちらにしても、人類がツングースカ隕石遺跡を解析しなければ、
月の裏側の謎コロニーは目覚めることはなかったのだ。
ただ、ツングースカ隕石遺跡を利用して人類が構築したテクノロジーと
敵である月の裏側の謎コロニーが使用する兵器や兵器のテクノロジーは同種のものとは思えない部分もある。
それとも人類側がツングースカ隕石遺跡の解析がほんの一部でまだ解明されていないものがたくさんあるという事なのか。
謎だ。
どちらにしても、それらに『人類のような生命体』としての『宇宙人』は存在せず、まるで意思を持ったICチップの集団、または情報意識の集合体としての珪素系知識意思体のみが存在している。
それは『AIの英知集合体意識』とも言える。
そのような敵がどのように武器や兵器を製造構築しているかは今でも不明だ。
炭素系の物を取り込んで、珪素系に変え、結晶化された物質を随時自由に構成している感じだ。
マーシャはそれらの事を考え出すと頭が混乱する。
どちらにしても、マーシャにとって過去の出来事、ツングースカ隕石遺跡関連の事を思い出すと頭が混乱して気が重くなる。
だがそれは、避けてはいけない過去の出来事なのだ。
現在でも延々と続く異常な出来事の出発点なのだから。
シベリア大平原の地下深く、ツングースカ地方で発見した隕石遺跡を調査していた頃。
マーシャはその頃のことを思い馳せていた。
仲間と共に、友人と共に、そして恋人と共に隕石遺跡を調査分析する日々。
マーシャにとって、それは毎日、毎時間、興奮と驚きと発見の日々であった。
それとともに高まっていく恋人との共有時間。
それは彼女にとって『仕事』であったが、それを超える物を持っていた。
幸せであった。
自分の研究目標と仕事とそして恋人という、自身の人生においてもっとも幸せが集中している時間であった。
だが、不意に予想外なことが起きる。
隕石遺跡を調査解析してしばらく経って、この隕石遺跡が電波を発していることがわかった。
いや、電波を受信していたのかもしれない。
それは予想もしなかった事態であり、隕石遺跡が『誰か』と電波を送受信を繰り返していた。
それはまるで、自分の知らないところで繰り広げられている秘密のメール受信のように。
マーシャたちは解明した。
隕石遺跡が送受信している相手を。
隕石遺跡がメッセージをやり取りしている場所を。
それは月の裏側であった。
そしてそれからしばらくして、地球規模の異変が起こるのであった。
「まもなくHLVシャトル4号機への機材荷物運搬作業、終了します。」
マヤの言葉で我に帰るマーシャ。
その横でハヤセが目を皿のようにしてリストを確認する。
「問題なければ、これで地球反抗作戦に移れるわね。この種子島Ⅱともあっという間にお別れね。」
ハヤセの言葉に気を取り直したマーシャ。
「この種子島Ⅱは地球反抗作戦のために改良増築されたの?」
ハヤセはリストから目を離し、眼前の巨大なサイロを見つめる。
「途中から地球反抗作戦用に変更したみたい。というか一大事だったから、それはもう大変だったみたいね。」
種子島Ⅱの地下サイロ建造物を見つめるマヤ、ハヤセ、そしてマーシャ。
マーシャは種子島Ⅱの地下施設を呆然と見つめて、何かを思い出す。
自分はこの種子島Ⅱと似たような施設を知っている。
いや、忘れるはずもない。
地下深くまで建設された施設。
種子島Ⅱに似た構造の近深く建造された施設。
それは自身がいたツングースカ隕石遺跡の調査分析施設と雰囲気が似ていたからだ。
そうか。
そうだったのか。
だからこの種子島Ⅱに何か懐かしい物を感じたのか。
だからこの種子島Ⅱの施設に既視感があったのか。
マーシャはそれに気がついた。
記憶と想いが交差する。
あの時、自分だけ助からなければ良かった。
大切な人と一緒に脱出するか、それができないのであれば、ともに一緒に残るべきだった。
そうすれば自分だけ一人生き残って、大切な人を失って、後悔しない事はなかったはずなのに。
だが今度こそ、そのような事態にあったとしたら、それはしない。
逃げるにしても、残るにしても。
もう二度と悔いを残したくはない。
悔い。
マーシャは大切な人の面影を思い出していた。
大切な人。
素敵な人。
マーシャの記憶の中に爽やかな笑顔姿の人物が映る。
あの時、別れることになってしまい、二度と会うことのできないマーシャの大切な人。
だがそれは、カミヤの姿へと変化していく。
え?
なに?
なんで?
ああ、そうか。
そうなのね。
マーシャは気づいた。
彼女にとって失った大切な人と、この作戦で共に戦っているカミヤが似ている。
それとなく、どことなく似ている。
マーシャは気がついてしまった。
自分が探しているものに気がついてしまった。
自分が感じている懐かしさの原因に気がついてしまった。
それは、ここ種子島Ⅱとツングースカ隕石遺跡が似ているからということではない。
通知音が響く。
コードグリーンである。
マヤはその通知音を聞いて、久々に問題なく進行状況がクリアであることを思い出した。
懐かしい通知音。
問題なく計画が進行中。
そういう意味である。
最近は異常事態が続いていたので、予定通り行くことをすっかり忘れていた。
マヤは素早く確認する。
「ギニアからHLVシャトル2号機、問題なくリフトオフしました。現在上昇中。」
その横でハヤセ。
「地球反抗作戦、問題なく進行開始ね。」
喜ぶハヤセの声を聞いてマヤは嬉しくなった。
問題なく事が進む状況はいつぶりぐらいだろう。
「なんか久しぶりね。問題なく物事が進むの。」
ハヤセはモニターを見ながら、そうマヤに語りかけた。
「そうですね。なんか、昔の研究室を思い出しますね。」
マヤの言葉に、ハヤセは昔懐かしい感覚を思い出し始める。
「そうね。あの頃、面白かったわね。色々と。」
ハヤセとマヤの頭の中で二人の記憶がそれぞれ巡っていく。
先輩であるハヤセと後輩であるマヤの色々な出来事、思い出。
学校での最初の出会い。
学生時代の先輩と後輩の関係。
二人で奪い合った彼氏の事。
卒業試験や就職活動での情報交換。
今となっては懐かしく良き思い出でいっぱいであった。
口元を緩ませてたハヤセがマヤに声をかける。
「他の発射基地の状況はどう?」
マヤは素早く反応する。
操作するマヤの指が楽しそうに動き、情報を確認していく。
「ケープカナベルHLVシャトル1号機、あと12時間後の打ち上げ。全て予定通りです。」
ハヤセは表示データを見て呟く。
「酒泉のHLVシャトル5号機をロストしたのはちょっと残念だったけど。バイコヌールの状況はどう?」
表示データを目で送るマヤ。
「バイコヌールHLVシャトル3号機、あと6時間後の予定です。」
その言葉を聞いてハヤセはマーシャの方を見る。
「私たちの種子島ⅡのHLVシャトル4号機もそれに続かなくちゃね。」
爽やかな笑顔を浮かべて話しかけたハヤセ。
「そうね。」
そう答えたマーシャであったが、少し元気はなかった。
ハヤセはマーシャのその表情を気にはしなかった。
マーシャの悩みは口に出して言えることではなかった。
ハヤセとマヤの二人は、久々に安堵した空気と懐かしい記憶に想い馳せていた。
だが現実は厳しい。
二人の昔を懐かしむ嬉しさを見事に打ち砕くものがあった。
コードレッドの発令である。
緊急告知音があたりに反響する。
マヤは我に帰り、あわてて確認する。
「コードレッド! コードレッド発令です! 月の、月の裏側からマスドライバーが発射されました!」




