冬の夜のパーティ
冬の日はとっぷり暮れて、群青色の夜空からはらはらと雪が落ちている。今年の最低気温を記録したところだが、室内は快適な温度に調節されて暖かい。ガラス温室にはにぎやかな笑い声が響き、隣の隔離室では、魔女の大鍋が鉄の匂いをさせる赤黒い液体をとろとろ煮込んでいる。‘‘協力マッチ’’で点けた薪がほどよいとろ火を保って低温調理を可能にしているのだ。今夜は人目から遮蔽する必要もなく、仕切りのドアは開放されている。
今日のウスペンスカヤ家は、夕食のゲストにミスター・ルウを迎えていた。大幅に遅れている内輪の歓迎会を改めてしたいというママの発議で、ささやかなパーティを催すことになったのだ。出席者はママとわたし、主賓のミスター・ルウだけ。甚だしく偏る摂取物の問題から、他の人を呼ぶ案は自然と却下された。机の上には、ローストビーフやハーブ入りマッシュポテト、ボルシチ、揚げパンなどなど冬のごちそうが湯気を立てているが、今夜のゲストは小鍋に移し替えたできたての赤い液体をストローで啜るばかりだ。
「うん、やっぱりヴァイオレットの人工血液は美味だなぁ。五臓六腑に染み渡るよ。この温度もちょうど人肌でたまらないねぇ」
「そうでしょう、そうでしょう。私だって昔は腕利きの薬草魔女だったからねー。今はベリィにお株を奪われてるけど。私のつくるスミレティは偏頭痛にすごーくよく効くって評判だったのよぉ」
同じく真紅の命の水でも、スズラン型のグラスに注がれた赤ワインのママは機嫌よくへべれけになっている。
「そうなの。またつくってほしいなぁ」
社交辞令丸出しのミスター・ルウの言。逆立ちしたって飲めないはずだ。スミレの花の爽やかな苦味も彼にとっては激マズの泥水だもの。
五段に重ねた肩車でアクロバティックに机に登頂した小人が、レモンマシュマロを奪って火元に直行した。落ちていたミントの小枝に刺して鍋底にかざしている。
「あれ私が教えたのよ。ああいう食べ方アメリカで知ったの。とろけて美味しいのよねー」
「ワルプルギスの前に教えたんだね?」
「えー、どうだったかしらぁ。うーん、そもそも小人に教えたんだっけ。モリーダスさんじゃなかったかしら。団長かもしれないー。あれ、トッティだったかな」
特別な祭日には、巨大な焚き火が中央広場に燃え盛る。すぐそこにおあつらえ向きのキャンプファイアを見つけたとばかりに村中の小人が殺到していた。
「トッティもマシュマロを焼こうとして自分ごと火に入っちゃったのかしらー?おや、それとも?」
酔っ払ってふざけてはいるが、この発言は完全に他意を含んでいる。ママも協議団の中心メンバーだ。知らないふり、あるいは触れない態度を装っていても実は把握していることなど多岐に渡るのだろう。
「まぁ、輝かしく蘇ったわよね。ピンク色の革ジャンなんて今に始まったことじゃないのよぉ。レモンイエローの編み上げブーツとか、全身くまなく柄on柄でわけわかんないこともあったわ。サングラスだってルウの専売特許じゃないのよぉ。トッティがかけてても誰も真似しなかっただけ」
「ずいぶん詳しいんだね」
「私、彼とは同級生なの。当時から残念だったしニヤけてチャラチャラしてたわ」
「「え、同級生なの」」
わたしとミスター・ルウが声を揃える。
「そうよ。あと、ダグもビオラもダリヤもケン・トゥ・ウルスも」
「えぇ!?あの馬もなの!っていうか、学校に通ってたの」
「あら、懐かしい。そう言えば、クラスでも『馬』って呼ばれてたわぁ。ネーミングが、発想が、短絡的すぎるぅ」
何がそんなにウケたのか不明だが、ママは呵々と大いに笑っている。
墓地でのヴァンパイアパニックは、目撃した何名かの村人からその劇的展開が臨場感たっぷりに伝達されて瞬く間に広がり、SNS論戦の盛り上がりを経て最終的にはハロウィンの心憎い演出として解釈されていた。‘‘WITCH’’にUPされた遠景の動画を見ても、空想の産物である吸血鬼が二体もうち揃って取っ組み合うなどありえない、と結局は一笑に付したのだ。
丸焼けの遺体となって発見されたはずの残念ハンサムが、しばらくの時を置いていきなり再び現れる。復活劇として完成度の高い狂気じみたアクションを演じる。事件続きで自粛ムードの日常に倦む人たちにとっては格好のスパイスとなったのだろう。やや顔色が悪いが五体満足のトッティが戻ってきたことで、ワルプルギスの事件からハロウィンまで続く壮大なショーをしかけた主催者として、協議団が喝采を浴びリーダー評価を上げるに至った。トッティの人柄が、異族という真実味を帳消しにする逆効果を上げた。トッティ自身が公表したとしても、説得力はないに等しい。よりにもよってピンク革ジャンのナンパ師が、映画で見るクールで妖艶なヴァンパイアになり変わるなんて誰一人として連想しなかったようだ。(団長副団長やわたし、ミセス・ゼムフィーラとシスター・ソラの名脇役たちは画面にほとんど映っていなかった。)
しかし、彼の生還は予想外の隣人愛をもって受け入れられた。ナンパばかりしているニートの四十男でも、それなりに受容され愛されているのは事実だ。顔を合わせば男女問わずに軽口を交わす気さくな触れ合いの機能として。ダメな男を見守る親心をある種優しく発生させるコミュニティの舞台装置として。
投稿動画の激闘シーンは、再生数一万回を超えた。軽く見ていた無職男の迫真の演技と、新入りミスター・ルウの全力の立ち回りが人気の秘訣だ。近頃‘‘ミスター・ルウアルバム’’というアイドルチャンネルも設立されたらしく、先生はふとした時に盗撮される悪寒を覚えるそうだ。まあ、悪寒というのはおそらく実感めいた比喩だろう。
「トッティはもうしばらく用務小屋で監督することになった。正体はひた隠すけどね。私も団長直々に請われて学校に留任することになったんだ。【公表】前後には外界との交渉も多々あるから、年の功の仲介役としてもいた方がいいらしい。悪夢の同居が続くよ…。いよいよ小間ねずみに本気で噛まれることになるだろうなぁ。だけど、噛み散らかされてボロボロなのに一滴も出血してなかったらヤバくない?あーあー、いろいろ気をつけて隠さないと」
やれやれと首を振りながらも、先生の口角は緩んでいる。
「トッティの状態はどうですか?」
「トゥーラが気を安定させてくれたのか、あれ以来忘我する兆候もない。こんなに早く落ち着いちゃって。私なんかあんなにジタバタもがいたのに」
トッティは生まれたてで環境に依存するため昼間は不自由だが、危機管理を見直した村に夜警として雇われることになった。筋金入りのヒモがついに公務員の職を得たのだ。天文台に入り浸って夜勤の星の魔女を口説き回っているという情報も上がってきているが。もともと宵っ張りで日の高いうちは寝ているような自堕落な生活だったから、全然昼間に現れなくても怪しまれにくいだろう。新しい後輩によって、ボランティア夜警の熟練者の負担が少しでも減ることを祈りたい。
「ミスター・ルウ。公然と訊ねていいのか分かりませんが、シルバーや十字架は平気なんですね?」
「うん。特に十字架には好意的だよ。私の件は気付いている人は気付いているし、今のところ口を噤もうと考えてくれているからあまり気にしないで。追い出される事態になれば行く当てもないけど。とりあえず君が声高に叫ばなければ大丈夫…だと思う」
「暗黙の了解というところでしょうか。秘密を知りすぎて消される、ということもないようなので胸を撫で下ろしています。積極的には喋りませんので。小間ねずみが先生に対してやたら攻撃的だったのは、小動物の勘で正体を察したからですか?」
「あ、いやそれは、私たちの不遇な出会い方のせいだ。長い年月をかけて使いやすいように整頓した用務小屋を、突然押しかけたぽっと出の私が荒らしまくったと恨んでるんだよ。むさ苦しい男も連れ込んだし。完全に嫌われちゃってるね。私のこと化石化したゴミ以下だと思ってるよね、小間ねずみは。ねぇ、あんなラブリィな小動物に疎んじられる気持ちが分かる?排除しようとして唸られて、かわいい小さい前歯を刺されてさ…うぅ…」




