葬送の森
時折視界が霞むほど白いものが吹き付けている。冬季用の正装ローブを着込み、頭には共布のとがり帽子を載せて、滅多に使わない杖も内ポケットに忍ばせている。歩きやすいように爪先の巻き上がったブーツが降り積もった雪を掻く。吹雪を押して冬の道を押し進むのは、お悔やみを言いに行くためだ。休眠中の樹々が凍る真冬日に、別れがあった。ミセス・ゼムフィーラとピコリーナ先生の老母が眠るように亡くなったのだ。
純白に塗り込められた教会では、シスター・ソラの先導によって見送りの儀式がしめやかに執り行われた。一堂に介した村人たちは、立派な生涯を遂げた先達の天文魔女に惜別の情を告げ、堂々と喪主の式辞を述べたのは、哀惜のヴェールを顔にかけたピコリーナ先生だ。
「本日は降雪著しい中、亡き母の葬儀にご参列くださいまして誠にありがとうございます。
一人っ子だった母のグローリアは、母親を早くに亡くし父親の男手一つで育てられました。男性ながら協議団の副団長を務めた私たちの祖父は、娘のグローリアがいちばん頼りになる、と口癖のように言い全幅の信頼を寄せていました。その信頼に応えるかのように忠実に情を尽くし、労を惜しまず公益のために献身した、力に満ちた女性でありました。また、先立った夫、私たちの父は生前治癒エリアの牧場を経営しており多忙を極める日々でしたが、いかなる時にも気遣う精神を忘れず、公私にわたって甲斐甲斐しく支える理想的な伴侶であったと思います。
母は、壮年の頃協議団の団長を務めました。星占で訓示を得、公益の拡大充実を目指し、ご承知の通り、天文エリアならびに治癒エリアにおいて‘‘天文魔女館’’および‘‘ヒーリング大療院’’の設立に尽力しました。時に自らの全てを擲ち公益に資すること厭わず、強い信条を貫き通した人です。自治を宿命とするわが村においては舵取りに難しさは付き物ですが、苦労を共にする同志、諸先輩方とともに今日の礎を築きました。諦めず万事において全力を尽くす姿勢に、気付かぬうちに学ぶ点のいかに多かったことかと今になって思い至ります。
やや四角四面のきらいはありましたが、家族や仲間を大事にし、魔女村と夜空を愛し、賢明で強く、まっすぐに生きる人生の先輩でした。お集まりのご諸氏には、かの日のあれこれを懐かしく思い出してくださる方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。一頃は代名詞のようであった愛用の星灯りのローブをご記憶の方もいらっしゃるかと思います。翻る度に控えめに光っていました。
私たち姉妹は、まっすぐな道を生きる母の背中を見て育ったようなところがあります。晩年は認知症を患い、私たち娘のことも見分けませんでしたが、それでも心から愛する母であることに変わりありませんでした。逝ってなおこれからも私たちを導き育てていくだろうと確信しております。最愛の父と夫のもとへと虹の橋を渡り、あちらで再会を喜んでいるような気がいたします。長い間のご厚情ありがとうございました。二人の魔女を生み育てた偉業に敬意を表し永劫の感謝を込めて、別れの言葉といたします」
感極まったピコリーナ先生は、遺された一人きりの妹と抱き合ってさめざめと泣いた。惜しい人を亡くした寂しさが、雪に降り込められて寒々と嘆く礼拝堂に満ちていた。特に年配以上の魔女たちに憚りなくすすり泣く者の多かったことが、故人が同時代を支えた仲間意識と忘れられない友情をここに遺していったのだということを物語っているようだった。人生を完結してこの世を去る時、その人が生きた証が見送る人々によって示され、人生を通じてもっとも大切なものは目に見えないのだとわたしにも知らせてくれていたのだと思う。
「ミセス・ゼムフィーラのお母さまはみんなの憧れだったわ。星灯りのローブを翻して闊歩する姿が印象的だった。今では『公益のために』っていうスローガンは万人に通じるけど、ランドマーク創設を提唱するミセスのスピーチで初めて耳にしたんじゃなかったかしら。薬草の直産ハウスも彼女の声かけがあって実現したプランなの。先見の明があったのよね。‘‘天文魔女館’’も‘‘大療院’’も‘‘まじょっち’’も、【公表】後にはより重要な機関になると思う。彼女は魔女村の地盤を作った大立者よ」
「ねぇ、覚えてる?わたしが初めて‘‘まじょっち’’に卸したラベンダーティのこと」
「もちろんよ。そんな一大イベント忘れるわけないじゃない」
思い返せば、‘‘BERRY’’ブランドとして最初に出品したブレンドティを買い上げてくれたのが、視察に訪れていた在りし日のミセス・グローリアだったのだ。そこからのご縁で、ミセス・ゼムフィーラも親子二代に渡ってわたしのブランドを使ってくれるようになった。賢げな眉を上げかつかつとブーツの踵を鳴らす初老の天文魔女。強いのに優しいオーラを発していたことを覚えている。団長在任中だったか引退後だったのかはわからないが、意気溌剌とした魔女の中にあっても抜きん出て精力的に活動しているのだということが伝わってきた。協議団を退いてからも参謀役として力を貸していたのだ。ママはかなり影響を受けていると思う。世界を飛び回るなんて無謀な挑戦に踏み出したのは、きっと彼女の啓発があったからこそだろう。
ミセス・グローリアと慕われた賢明なる魔女は、自身の愛したふるさとの墓地に手厚く埋葬された。しきりと白い雪が舞う葬送の森を、わたしはママと手をつないで帰った。小学校の入学式以来だった。今日は喪服として魔女の正装をした二人のシルエットは、きっとわたしの背丈だけが昔と変わっていたことだろう。
‘‘魔女サプリ’’プロジェクトの大詰めを迎えていたママが出張予定を切り上げて帰ってきたのは、ハロウィンの慰霊祭が明けた翌朝のことだった。ペガサス便に乗っていたのはママだけではない。数人の王国ポリスも一緒だった。彼らはなぜか白馬に騎乗せずに、輸入物資や宅配便を積み込んだ荷車の方にぎゅうぎゅうになって乗り合わせていた。
「いやになっちゃった。ポリスがぐずぐずして出発が遅れてね。前代未聞よ、ペガサス便の遅延なんて。遠巻きに眺めること一時間、乗れば乗ったで『こんな小さなロバじゃあもたん』とか『落っこちそうだ』とか文句つけて、結局荷車に乗り込むことにしたんだけど、やれ狭いだのやれ荷を積み直せだの。いい歳した国家公務員がバカじゃない。挙げ句の果てに、呆れて横目で睨んでたらビビって全員で将棋倒し」
「ペガサスの苦労が忍ばれるね。自分たちの正確な仕事にプライドを持ってるのに」
「そうなの!足止め食らわされたペガサスたちがかんかんに怒っちゃってね。こっちには定時に着くように気を揉んで回復疾走してストレス溜めちゃったもんだから、明日から史上初のストライキに入るらしいわ。不満が噴出したのね。ブラックな勤務実態が明るみに出て、シフト改善と賃上げ交渉を行う構えみたい。事件の捜査が終わっても、ポリスの彼ら当分帰れないかもね」
それはしかたないが、変わった茶番に巻き込まれてもママが無事に帰ってきてよかったと思った。
「おかえり」
わたしは、心からママの帰宅を歓迎した。会える、ということは無条件に喜ぶべきことなのだ。近親の人の無事をこの目で確認できることも、遠慮なく生の言葉を聞けるということも。




