サイコロ〜何が出るかな
「サイコロの目が描かれた正方形の本があるでしょ?」
ハロウィン休暇明けに、通常仕様のアンナが復帰した。わたしたちは、学校帰りに‘‘雪だるまカフェ’’でのんびり道草を食っている。大型の暖炉が赤々と燃え、ミイラのような包帯ぐるぐる巻きの人差し指でアンナは栗パフェをつつく。溶け出したソフトクリームの中から豆粒雪だるまが顔を出して「やあ」と言った。アンナは「はいよ」と適当に返して口に運ぶ。図書室での事の顚末を話しているところなのだ。
「あれって、1の目に指突っ込んじゃうと噛んでくるのよ」
「え、本が噛むの?」
「ひどいでしょ。本ていうか化け物だもん。パスワードも記録されてて、転がして決められた順番通りに目を出さないと開かないし。開いても空洞だしね。ただの箱なの。魔法文庫の撮影に飽きたから、気分転換に手遊びの道具にしようとしたのが運の尽きよ。あのサイコロ本の罠のことを疲れてうっかり忘れちゃってたのよね。なんか無意識で転がそうとしててちゃんと見てなかったし。ベリィにメッセージ入力しながら手を伸ばしたら、偶然にもちょうど1に人差し指入れちゃったもんだから、痛いのなんのって。それで、激しく出血してね。反射で手を引いた弾みでころころ転がっちゃって。それがいけなかったみたい。また1が出たの。そしたらもうイリュージョン火災よ。図書室が火の海。痛くも痒くもないんだけどね。ほっとけば消えたんだろうけど、一応対処はしとこうと思って。預かってたマスターキー持って‘‘幻想消火器’’を探しに用務小屋へ行ったら、あら摩訶不思議、トッティに瓜二つのヴァンパイアとご対面というわけよ。火災よりそっちの方がびっくりしたわ。ひどい誇大幻想だと思って消火器噴射したけど効かないわ、そりゃ。トッティ実体だったのよね。なんか首に噛みつかれて吸われてるみたいだったけど、トッティ生きてたんだ、よかったなと思いつつ気絶しちゃったんだ」
明るく語るアンナの首の付け根には、殺菌作用のティートゥリーオイルを含ませた絆創膏が貼られている。
「ごめんね、アンナ。サイコロ本が転がってるのに気づかなくて。そういう罠のかかった本だっていうのも知らなくて。それに、校内はしらみ潰しに調べたんだけど、用務小屋だけ手をつけなかったの。あそこの鍵はどこにもなかったし、物置きとはいっても一応ミスター・ルウのプライベートな住まいだから」
「いいのよ。貧血程度でなんともなかったんだし。心配してくれてありがとう。諦めずに捜し回ってくれて」
「‘‘WITCH’’に『たすけ』ってメッセージ来てたけどあれって」
「『たすけてくれない?>_<』って送ろうとしたのよ、たぶん。未処理本が多過ぎて作業全然進まなくて。めくってもめくっても延々と魔法文庫の刑だったもの。でも、ボーッとしてたし文章完結する前に指噛まれちゃって。片手で操作してて注意がおろそかだったのよ。火災発生するし、ひとまずスマホ置こうとした時に送信しちゃったんだと思う。あんな状況じゃ紛らわし過ぎだよね。こっちこそごめんね」
「ううん、全然。アンナが無事で本当によかった」
後半は、心を込めて言い切った。面と向かって、はっきりと言葉にして伝えたかったのだ。親友の帰還を、わたしは何より嬉しいと思っている。一緒にいられることに対して感謝しかない。
「ダリヤ店長は心労で衰弱死しちゃう勢いだったよ。お加減どう?」
「もう大丈夫そう。いつも通りに仕事してるよ。帰った時、号泣されて痛いくらい抱きしめられたんだ。あの万事あっさりした弟が嫉妬したんだよ。ダリヤママ、涙でびしょびしょだった…」
「過呼吸になるほど心配だったんだよ。パパさんも悲惨な様相だったけど」
「うん。ダリヤママの復調と反比例して、パパは消耗して寝込んでる。‘‘まじょっち’’切り盛りしながらまめまめしく看病してくれてるよ。『私が弱るともっと弱るんだから。しょうがないわね』って。持つべきものは魔女の妻だね」
茶化しているが、打たれ強い魔女の底力にアンナ自身も安心する部分があるのだろう。父親のことを任せられる存在への感謝と、他意なく懐を借りられることが家族だからこその特権なのだという結論を見出したようだった。
わたしたちは、スプーンでパフェの山肌を削った。どちらのソフトクリームからも同時に雪だるまが発掘され、二人ともが示し合わせたように「やあ」とも言わさず飲み込んだ。暖炉の燃える店内は十分すぎるほど暖められているが、窓から見える森の空気はきりりと引き締まっている。もうすぐ初雪が降るな、と頭の隅で思いながら、アンナと同時に豆粒サイズの雪だるまをもう一匹飲み込んだ。




