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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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恋心

「ミスター・ルウは、その辺りの切実な事情も即座に汲み取り、私よりも敏速に対応してくださいました。机に残された二つのカップを見、ティーバッグの入った小袋で原材料を確認されました。それから時を移さずして、教授の開かれた白衣の首元に牙が立っていたのです」

 ハーブティの入った透明の小袋には、シンプルな文字フォントで‘‘BERRY(ベリィ)’’の名前がはっきりと書かれていたはずだ。夏の廊下でわたしがミセスに差し出した時、茶葉固有の抗酸化物質が含まれていることをミスター・ルウも聞いていた。

 ‘‘セルフケアゼムフィーラスペシャル’’を構成したものの中には、図らずも都合の悪い成分を二つブレンドしていたことになる。一つ目は、ベースとした緑茶中の物質‘‘ジェネラルカテキン’’だ。

「吸血鬼という存在は想像の産物だとそれまで信じていました。私はすでに異常事態に狂乱していて、驚くための感覚すら麻痺していました。

 しばらくして、口元を拭きつつミスター・ルウが立ち上がりました。お茶の成分が割り出されないように処理した、味を見るに遺体の細胞に残留してはいないようだ、とおっしゃいました。これで教授がこ(・)こ(・)で(・)誰(・)か(・)に(・)会(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)こ(・)と(・)は(・)伏(・)せ(・)ら(・)れ(・)る(・)、とも」

 それは、体細胞を酸化から守るために働く栄養素だ。だが、決して亡くなった教授の体内からは検出させてはならないものだった。

「教授が飲まれていた心臓の薬は、グレープフルーツのもつ要素によって代謝が阻害され、副作用のリスクが高まるそうです。特に、果皮による影響は果汁よりはるかに大きいということをネットで調べて知りました」

 危ないきっかけを与えたもう一つは、乾燥させたグレープフルーツの果皮だったということになる。全体として爽やかな酸味をもたらすためのピンクとホワイトのそれらが、湯に溶け出して摂取されることで心停止の危険性を生んでしまった。健康な人になら一服の清涼感を与えるとしても全く害はないのに、彼に限っては命に関わる劇薬となる。こちらの方は検出されても差し支えないが、そもそもハックマン教授の体内には入ってはならないものだったのだ。

「お茶をお出ししたのは、その一度だけではないのです。立て続けではありませんでしたが、三、四日の間隔を空けて少なくとも合わせて数回。だから、体には過ぎた負担をかけ続けていたことになります。限界がきたのが、まさに一昨日の夜だったのです。心臓薬には呼吸困難や意識の消失などの副作用がありますが、その中でも心停止は最悪だそうです。

 ハーブティというものに注意すべき柑橘類が含まれていたことは、彼自身にとっても盲点だったのでしょう。『心が休まる』と言って啜っていた温かい飲み物が、まさか短い余命をさらに縮めることになろうとは」

 薬草の家に生まれた男子ならばいざ知らず、一般的に考えて、初老の男性でハーブティに精通した人は多くないだろう。グレープフルーツが混ざっているのは奇抜ではないが、定番としてありふれているというわけでもない。果実、果肉そのものやジュースなら気をつけて避けられたのだろうが、湯気を立てるホットドリンクに対しては油断があったに違いないと思う。ブレンドだから風味だけでは判別もしにくいはずだ。

「どうしても隠蔽しなければなりませんでした。動転する私を『公益のために』という大義の杖が支えました。脳裏に浮かんでくる恐ろしい魔女狩りの炎に抗う術は、将来ある生徒たちの笑顔を守りたいという願いでした。

 『移動させましょう』と私の口から提案していました。教授の亡骸と持参していた大きなバッグを黒色の遮光カーテンで包み込み、<トゥーラの聖痕>へ運びました。遺体を担ぐミスター・ルウは陰に溶けていましたし、担がれた塊もほとんど人目には映りません。万が一目撃されたとしても、仮にも星占魔女である私が一人で夜の散歩を楽しんでいる、と思われるように努めてゆっくり歩を運びました。風が激しい夜中に箒で飛ぶ者もおらず、幸い人の気配は全くありませんでした。

 崖の縁でお別れを済ませました。冥福を祈り詫びてから、<トゥーラの聖痕>へ遺体を投げ入れました。魔女村固有の物品を盗み集めて雲隠れしようと企んだ調査員が、無念にも誤って深い亀裂に落下してしまったと見えるように。まだ温(ぬく)い盗人の遺体を、森に住む夜行性の未確認動物が淵に降りて吸血したという想定を狙って。

 実際にはそんな吸血動物はいませんが、ポリスに追及されても外の世界の人にならそれはなんとかごまかせるでしょう。真相を明かすより、事故という印象の落とし所と相手方の窃盗罪の疚(やま)しさとによって随分驚愕は弱められるはずです。

 聖トゥーラの呪怨説を肉付ける実例になってしまったことは、思わぬ副産物でした。遺体を落とす時に、私の手が<トゥーラの聖痕>の内壁に触れてしまったことも」

「だから‘‘グリーン・ショックが発動したんですね」

 ミセス・ゼムフィーラの目からは大粒の涙が零(こぼ)れていた。きっと検死したピコリーナ先生もそのような意図を看破して、転落死と新種動物という仮説にすり替えたのだ。

 ただ手を触れてしまった、とミセスは何気なく表現したが、簡単には整理のつかない複雑な思いが、落ち行く教授に向かって手を伸ばさせ、恥も外聞もなく土の剥き出した法肩(のりかた)を握りしめさせたのではないだろうか。奇遇にも、結果的に‘‘グリーン・ショック’’が機能したことで、せめて短時間のうちに遺骸が引き上げられたことを救いと思いたい。

 地底に衝突した遺体の骨の折れる音を聞きながら、ピート・ハックマンとの関係は、淡い恋心とともに永世葬られた。これ以降、もう一言も語られることはないだろう。失意や罪悪感などおくびにも出せないのだ。知り合いだったことすら胸の奥に沈み込ませて、死ぬまで誰にも何も悟らせることはできない。

「病死された学問の権威として、普通にお見送りすることができればよかった。公益を守るためとはいえ、名誉を汚し、酷いことをしてしまいました。外界で言えば、遺体損壊罪および同遺棄罪に当たるでしょう。

 しかし、自首はできません。村にこれらの行為を罰する掟の明文は無いとしても、真実は語られてはならないのです。墓場まで持っていかねばならない秘密を抱えて、沈黙を保ったまま贖罪の方法を求めなければなりません。人知れずハックマン教授の冥福を祈り続けながら。

 尽力してくださったこと恩に着ます、ミスター・ルウ。ごめんなさいね、ベリィ」

 そうかすかに呟いたきり、丸く背を縮めた正装の魔女は泣き崩れた。

 仲間を守るための真剣な嘘と、亡くしたばかりの意中の人を不本意に扱わざるをえなかったやるせなさ。ミセスには、それらを回避する手もあった。亡き人の骸(むくろ)を一片も損わず、不名誉の証拠品をこそ処分するという隠蔽工作を施すことだってできたのだ。ただし、自身の関与が明らかにされ、村を危険に晒すことと引き換えに。教授室から移動させて、その辺の草叢(くさむら)に転がしておくことだってできただろう。せめて眠るように草の褥(しとね)に横たわらせてあげることは可能だった。

 だが、【公表】を控えた状況において、危機的な疑念を抱かせない最善の選択肢は、やはり<トゥーラの聖痕>だったのだ。遺体と盗品の詰まったバッグを一式として発見させ、血を抜いた本当の理由をすり替える筋書きを実現させるためには。

 現時点で残りの調査員たちの誰も言及していないということは、彼らも‘‘ナンバー5’’とミセス・ゼムフィーラとの関係には気付いていなかったのだろう。村人なら、もしあの日何かを知り得たとしても、こうなった以上は口を開かない。高所からの落下による損傷と、牙穴を残したことで与える物理的な印象は、魔法の影響という見方を無意識のうちに引き下げさせていた。血液を抜かれていた状態についても、本気で吸血鬼のせいだとは考えないに違いない。だから、動物のしわざだという仮(・)説(・)を自ずと支持することになる。

 科学捜査というもので、死亡後に血を抜かれたという前後関係や心臓発作が起きたことが確定されるなら、それはそれで好都合だ。ミセスとの関係さえ葬り去ってしまえるなら---。それが、ミスター・ルウの存在によって意図せず可能となった。

 懸命に抑えつけようとする嗚咽が、聖堂の闇に響いている。相反する思いに引き裂かれながら、それでもゼムフィーラ・アレクサンドロブナは、魔女の森に生きていく命を庇った。


 しかし、 出来事の裏が解き明かされることで、わたし自身も参ってしまっていた。

 先生の鬱積を軽減するための一助となれ、と願って配合したグリーンハーブティ。貴重な緑茶をベースに、加えた数種類のハーブやグレープフルーツの乾燥果皮。想い人の身体を思いやって差し出された温かなカップ。あまりに重い責任の一端を感じずにはいられない。その向こうに、善と悪とで決めつけられない真実というものが立ちはだかっている。ミセスと同様、わたしもまた重大な課題を背負ったのだ。

「滅相もありません、ミセス・ゼムフィーラ。私も村の一員ですから」

 痛ましげに見つめるのはミスター・ルウだ。繊細な背景を知ってしまえば、糾弾しようとしていた人を見る角度もがらりと変わる。彼はその性質に関わらず、越してきてから決して気ままに人を襲うようなことはしなかった。難局に際して、リスクを冒してでも窮状を打破すべく本性を明かす、という決断に踏み切ったのだ。ならば、大きな秘密を守る共犯ということになる。

 村の一員、か。初めて学校へ案内した日からまだそんなに経たないと思っていたが。そう言えば、あの日もこの三人が集結していた。立ち寄った用務小屋で、わたしとミスター・ルウの二人はミセスを見かけたのだった。

「このような時にすみません、ミセス・ゼムフィーラ。用務小屋で小間ねずみを叩いているようなことがありましたが、あれは…」

 零れ落ちる涙をぐっと飲み込み、生徒の質問には真摯に答えようとするベテラン教諭の態度が勝った。

「あぁ、あのことね。天文魔女の出身ですが、私は魔力薄弱で星の出ない昼間はろくに魔法がかけられないの。でも、小間ねずみは見上げたものですよ。一族郎等を養っているのだから。私が使役して学校の雑務を受け持たせているのだけど、日常業務に図書室の作業が加わって、オーバーワーク気味で力尽きてしまったのよ。だから、また魔法で働かそうとしたけどうまくかからなくて。杖を使って試してみたら、力み過ぎてはずみで叩いてしまったのです。

 歴史科だから魔法を披露する機会はほとんどないし、そんな体たらくでは恥ずかしいから、なんとか隠し通してきましたが。実は、テスト監視ロボも‘‘天文魔女館’’の機械エンジニアが作ったAI搭載機種です。私の魔法で動かすわけではなくて、ONOFFスイッチを押しているだけ」

 レーザーを当てられそうになったテスト中の冷や汗を思い出した。図らずもミセスが堪え忍ぶ羞恥を知ってしまったが、もう大袈裟に驚きはしない。それより、涙声のミセスにもう一つだけ確かめなければならない件があった。これは、未熟ゆえの大胆な空想と呼ばれてもしかたないわたしの推考だ。

「ミセス・ゼムフィーラ、お訊ねしたいことがあるのですが」

「はい、何でしょう」

「聖ローザは、魔女狩りからこの地へ逃げ延びて来る時パンを持ってきたのでしょうか?」

「パンを?聖ローザの携帯物は現在も判明していないのです。図書室保管の文献は全て読破していますが、そういう記述はありません。言い伝えにも聞いたことがないわ。新説ですね。裏づける史料があればいいのだけど。先入観のない目で物事を見られるのは若さの特権です」

 そうか。聖ローザの立像が手にする丸いものがパンだなんて、魔女村一筋一八年のわたしも一度も聞いたことがなかった。あの日、学校へ続く坂道で思いもよらず外から来た人がそう口にするまでは---。

 わたしは、神妙な表情で静かに控えていたミスター・ルウに向き直る。

「映画やドラマに出てくる吸血鬼は、不老不死のことが多いですよね」

 役柄の諸条件はあくまでも作為的な設定だが、総じて美形だしかなりの長命でもある。

「そのようだね」

「聖トゥーラにまつわる吸血鬼伝説には何か根拠があるのではないか、と思いました。そうでなければ、天候魔女と吸血鬼を結び付けるのはあまりに突拍子です。その根拠は、あなたの存在なのではないでしょうか。馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれませんが、もしかして、四聖女がここで暮らしていた頃にも訪れたことがあるのではありませんか?言葉にするのにも勇気が要りますが」

 伝説として残っているということは、きっと何か関わりがあるだろう。他にもこの人に関する疑問は山ほどある。

「君は明晰な生徒だな。それに、周りの人を実によく見ている」

 指名されて的を射た教室の生徒を褒めるような眼差しで、ミスター・ルウは嬉しそうに微笑んでいる。

「その推測もズバリ正解だよ、ミス・ウスペンスカヤ。だけど、私は草創期の魔女村をただ訪(おとな)っただけではない」

 この際、小説より奇なる事実でも平静に受け容れる勇気を持とう。

「いいかい。今でいう<最初(はじまり)の四人>には、本当はもう一人いたんだ。四聖女の暮らす<胎動する洞窟>で隠れ過ごした五人目は、他ならぬこの私なんだよ。着順で言うなら二番手だった。もちろん最初の最初はトゥーラだ。そして、」

 そこまで深く関わっているとは思いもよらなかったが、こうして対話しているのが当の吸血鬼なのだ。あぁ、本当にこれ以上何を聞いたとしても平常心を失うまい。

 だが、背の高いもじゃもじゃ頭のミスター・ルウは、次に最も驚くべき一言をさらりと言い放った。

「トゥーラは、私の妻だよ」---と。

 



 そして、ミスター・ルウは、手の内を明かすように自らの生い立ちを語り始めた。淡々と。時に熱して言い募るように。長い時を生きる宿命を背負った哀しき男の独白を、わたしは一言も漏らさず聞くことになる。

 ミスター・ルウの語り口は淡白なようでいて、湿っぽいかさぶたをはぎ取るような痛みも同時に感じさせた。孤独な魂が燃え、それは道しるべとなってわたしたちを過ぎ去ったはずの時代へ誘う。

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