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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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呪いの魔法と心臓

「釈明の労を取ってくださって感謝します、ミスター・ルウ」

 堂内の陰の一部を押し出すようにして現れたのは、話題となっている渦中の本人だった。平素から着用している黒いローブにとがり帽の端然とした装いがひどく様になる。骸骨や蜘蛛の巣で埋められた教会で、ハロウィンの生きた主役が登場したかのようだ。

 入堂したのに気づかなかったのは、ハロウィン装飾のための暗さに加えて強風の具合で物音も打ち消されていたからだろう。祭壇に供えるかぼちゃ形キャンドルを手にした学年担任の顔は、屋内の明度の低さを差し引いてもいつにも増して憔悴しているように見えた。

「墓地の準備を手伝いに行ったら、ベリィとこちらで会った、とシスターが話すのを耳にしました。ミスター・ルウが戻られるようだったので、聡いあなたのこと、もしや、と思って---。親友を探し出すために、きっと真相に辿り着くだろうという確信はありました」

「ミセス…」

 それ以上は、何も返せなかった。冷たかった指先が、今はぴりぴりしている。

「図らずも巻き込んでしまい、いずれかの形で謝罪しなければと思っていました。私から、きちんと説明させてください」

 黙したミスター・ルウの横をしずしずと通り過ぎ、祭壇に相対する。供養する正装の人となったミセスは、キャンドルに小さな火を灯してから俯いて十字を切った。

 しばらくして向き直ると、口元を引き結び、また開く。どんな時にも理性で背を伸ばし、几帳面に物事を伝えようとする性格は、以前から知っている先生の美徳だ。

「ワルプルギスの夜でした。民俗学の手法について直接訊ねたいことがあり、ハックマン教授に話しかけたのは私です。教授は彼ら五人の調査員の中で最も未開の地に分け入ることには慣れていらっしゃったし、魔女村にアカデミックなご興味を喚起されていました。お仲間の手前あまり馴れ馴れしく触れ合うのは避けられましたが、さりげなく連絡先を書いた紙切れを私に渡されたのです」

 ミセス・ゼムフィーラは、なぜという問いに対する返答を疎かにする人ではない。非を認めた上で、自身の関わる後ろ暗い出来事をも丁寧に説明しようとする誠意が伝わってくる。

「そこには、メールアドレスが綴(つづ)られていました。私のパソコンは、民俗学の通信教育を始めた時に、外とのメールを送受信できるように特別許可が与えられているの。通常は厳禁(タブー)ですが、今後の学術的公益のためでもありますので。自己紹介と質疑内容を送ると、教授からはすぐに丁寧な回答が届き、‘‘WITCH’’のSNSに招待してほしい旨が書き添えられていました。

 協議団を通さずとも、正式の調査員にとりたてて支障はありません。むしろ村側から情報提供を申し出て、魔女村の一要素として、ユネスコ申請のための調査対象に加えていただくべき筋合いのものですから。

 教授は‘‘WITCH’’に仮名のアカウントを登録し、村から提供したスマホで掲示板などを閲覧されるようになりました。現実の魔女村の日常生活を分析するには最適のサンプルです。

 ‘‘WITCH’’でメッセージを送り合うのは私だけで、彼はこれ以上ないほどの聞き上手だとわかりました。母の介護で溜まる疲れを労いつつ、寛容にも『愚痴ならいくらでも聞いてあげる』と言ってくださったの。それに、非常によくできる姉と比べられて育った私の根強い劣等感も辛抱強くほぐそうとしてくださいました。私は生まれつき微力な天文魔女ですが、姉は奇跡的に天文と治癒両方の特質に恵まれたのです」

 ピコリーナ先生のことだ。強き癒しの効力は享受しているわたしも知りすぎるほど知っている。星の声を聞き、自治組織にアドバイスを与える参謀でもある。

「素晴らしい包容力を感じるにつけ、私はいつしか教授を単なる指導者以上の存在として意識するようになりました。

 ある時、彼は訊ねました。『僕の研究のために秘伝の古文書を見せてはもらえないだろうか』と。私は、四の五の言わず図書室に案内しました。【公表】を前に、教授の魔女村研究、ひいては民俗学の発展に寄与することができるならそれは手放しで喜ぶべきこと。この村が、一つの学問の新しい扉を開くのです。

 村に伝わる歴史書『四聖女伝』を教授に紹介しました。教授は爛々(らんらん)と目を輝かせて見入っていました。そして、『この文献を少し貸してほしい。君に迷惑はかけないから』とおっしゃいました。公的な記録を伴う資料提供ではないため、図書室の本を預けることに私は逡巡しました。しかし、手を握って誠実に申し込まれる教授を無下に断ることはできませんでした。ただ『はい』とお答えしたのです」

 ミセス・ゼムフィーラの頬が、ほんのりと紅潮していた。

「だって、手を握り合って目を見つめお願いごとをするなんて、それはプロポーズ…でしょう?お慕いしていましたから内心ときめきました。こんな私を選んでくれる方がいらっしゃったことに感激をいたしました」

「ハックマン教授は独身だったんですね」

「いいえ、王国首都のご自宅に奥様とお嬢様がいらっしゃいます」

「それでは、不倫では」

 つい小声になったが、ミセスはきょとんとした顔をしている。

「道ならぬ関係だと?いいえ、そんなことはありません。配偶者が一人や二人いたくらいでは」

「…それを不倫といいます。あるいは、重婚です」

「けれど、通信の研究題材であるンパポ族は、最大一四人の妻を持つ一夫多妻制の…」

 ンパポ族は例外だ、ととっさに思った。きっと学術調査されるほど珍奇な慣習文化なのだ。

「要するに、私たちは強い愛情で結びついたということです。正式な夫妻ではありませんが、一応のお約束は成りました。

 彼は宿泊している公民館を夜中にこっそり抜け出して、私に逢いにきました。私の教授室で、情熱的に村のことを訊ねられました。研究者魂に触発される思いでした。幸いにも私の専門は郷土史ですから、つぶさにお答えできないことはありません。少しでも学問のお役に立てるならと、魔女ペンや騙し絵も差し上げました」

 そこまで楽しげに語ったミセス・ゼムフィーラが、たちまち顔を曇らせて細い息を吐く。

「二日前、ハロウィン休暇の前夜も教授はやって来ました。私の教授室で密会し、他愛のないことを語り合いました。長引く調査活動の疲労で、あの夜は体調が優れないようでした。しきりに胸に手を当てていたのは、今思い返せば心臓の具合が良くなかったからでしょう。しかし、私は彼の持病のことを知らなかったのです。

 温かい一杯のお茶がせめてもの慰めになればと、ティーバッグに湯を注ぎお出ししました。ベリィが私の身体を思いやって製作してくれた‘‘セルフケアゼムフィーラスペシャル’’でした。外の医薬品に暗い私は、心臓発作についてミスター・ルウに指摘されるまで、ブレンドされていたグレープフルーツに心臓病薬との危険な相互作用があることも知りません。お茶に正確にどんなものが含まれているかにさえ無頓着でした」

 薬草を専業で手がけるわたしですら、化学薬との忌避すべき飲み合わせを知る機会がなかった。村では植物由来の薬しか使わないのだ。

「ハックマン教授はゆっくりとお茶を飲み干した後、何らかの変調をきたして強く胸を押さえました。すでに終末期だったのかもしれませんが、いよいよ自分の身体が持ち堪えられない段階にきていると感じたのかもしれません。そして、ついと弱気を呈した彼は、引き攣(つ)りながらも殊勝な面持ちで打ち明けました。心臓に重い病を抱えていること、遺される家族が経済的に困窮しないようにと目ぼしい品々を魔女村からこっそり収集したこと、それらをインターネットの闇競売にかけていること。そして、翌朝のペガサス便に乗って脱出し、姿をくらまそうとしていたことを。

 心臓の残り少ない余力を感じた教授は、私を一人の親密な女性として懺悔することで死出の旅への不安を和らげたかったのかもしれません。私は、彼の身体を最優先に気遣うべきでした。しかし、自らの落ち度を棚に上げ真っ先に心を支配したのは、裏切られたという悔しい感情でした。

 尊敬していた民俗学の大家であり、包容力ある大らかな男性として慕っていたピート・ハックマン。‘‘WITCH’’へ参加したがったのも、私に良い顔をしていたのも、全て都合のいい情報収集のためだったのか、ただ利己的な益を得るためだったのか、と人格を疑いました。民俗調査のプロですから、未開地に乗り込み物品の価値を判別するのはお手の物だったでしょう。ましてや非公表の魔法の村です。バッグに潜ませられる大きさの物なら何でもよかったのかもしれません。

 調査員になった動機と経緯にすら不信感を抱きました。甘言に惑わされた自分自身への怒りも手伝って、かっとした私は後先なしに彼を打とうとしました。とっさに手を上げ、彼の頬を狙いました。

 その瞬間です。教授が胸を掻き毟(むし)って悶え始めました。怒りに任せて呪いの魔法をかけられる、という露骨な戦慄の目をしていました。その恐怖で、とうとう心臓への負担が超過してしまったのです。私の放出した怒りが、弱りきった彼の生命にとどめを刺したかのようでした。一瞬のことでした。

 私は目の前で起こったことが信じられず、自分の教授室にただ立ち尽くしていました。ミスター・ルウが夜の見回りに来られて、魂消ていた私を呼び戻しました。『ハックマン教授が死んでしまった』と泣きつく私に、教授の動かぬ体を調べてから『心臓発作のようだ』と返されました。あの時ミスター・ルウがいらっしゃらなければ、と思うと身震いがします。

 星かけて誓います。傷つけるつもりは毛頭ありませんでした。ましてや死の魔法など、実現するための手がかりすら想像もつきません。この点は同意してくれますね、ベリィ」

「はい。もちろんです」

 古来、直接的に人に死をもたらすような凶悪な魔法は、具現化した例(ためし)のないものだ。

「けれど、深夜の密室で魔女と二人きりだった首都大学の教授が不審な死を遂げたと知られれば、たとえ心臓発作が死因であったとしても、魔女である私への疑念は否応なしに高まってしまったでしょう。

 時を置かず、村は【公表】され情報統制は終わります。王国としても遅かれ早かれ死亡事故を発表せざるをえないでしょう。ショッキングな訃報が世界中を駆け抜けることになります。それまで知られていなかった魔法村に足を踏み入れた途端死人が出た、という印象を否めません。不可解な発作死がいたずらに魔法のしわざと結びつけられ、調査員の心臓を止める要因を与えたのは妖しの魔女による悪い呪いではないか、と大いに疑われたことでしょう。そうなれば、未知の魔女村に恐怖心を抱かせます。非難の集中砲火を浴びせられる引き金になることは想像に難くありません。幻の民族が新勢力によって滅ぼされた例は、歴史上数多く存在します。能動的な発展を目指したにもかかわらず、【公表】を選び不安定な足場を渡る我々の村は、存続自体も危ぶまれるような窮地に陥ったと思います」

 魔女だから。自分たちとは違う害を及ぼす生き物だから。危ないから隔離しないと。被害を受けないうちに早く始末してほしい。拒絶。駆逐。絶滅。現世に無実の者を虐げる新たな魔女狩りの炎が上がってしまう。体(てい)のいい拘束や植民地化、予防的措置としての投獄や任意という名目の人体実験すら考えられないことではない。世界にとって魔女を受け容れる初めての事態に死亡事件などもってのほかだ。

 その前に、ハックマン教授の同輩である四人の調査員たちに心証を悪くすれば良い方には転がらない。綻びを出せば、仲間が魔女に殺されたのではないかと真っ先に疑心を持つのは彼らだ。

 ミセス・ゼムフィーラの言う通りだ。真相を悟らせてはならない。説明を求められるような局面にさえ展開させないよう素早く対応しなければならなかった。それが、適(・)切(・)な(・)処(・)置(・)だったのだ。ピート・ハックマンは、深夜の教授室で亡くなってはいけなかった。

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