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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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死者の悪魔

 案の定だ。往復するのに見積もった時間で、待ち人はあっさりと姿を見せた。

 わたしの心臓は早鐘を打ち、肌寒い夜の教会で額にじわりと汗を浮かべている。弱々しく震えてしまわないよう、必死に細心の注意を払わなければならなかった。密かに唾を飲み込み、聞こえないほどの咳払いをする。

「お話があります」

 こんな短い一言を発するために、再び十本の爪を柔らかい手のひらに食い込ませている。

 考えてみれば、初めて会ったのもちょうどこの場所だった。あの時と同じく、彼は入堂して数歩だけ進んだ。祭壇を背に対峙する構図も全く変わらない。

 見る者の警戒心を緩める親しみやすいはずの輪郭が、黒い陰となって信徒席の狭間にじっと凝(こご)っている。その陰には、淡い月明かりもちろちろと揺らめく灯火も絶妙に届かない。

 愛嬌あふれるムードメーカーだった。気取らないエリート教師として、まさしくここで紹介されたことを懐かしく思う。日曜学校の講義後に響いた笑いさざめきが、まだこの丸天井に反響している気すらしてしまう。だが、それはただの願望だ。

 外から来た初めての人を、皆が心の内に素直に受け入れたというのに。わたしは、一人の魔女としてこの人に訊ねなければならない。

 ---幼馴染の親友をこの手に取り戻すために。

 

 また強さを増した風が、森から攫(さら)った枝葉を窓に打ちつけている。キャンドルの炎を投影する礼拝堂は、妖しい陰をところどころに孕(はら)ませながら、外の騒がしさとは一線を画した静謐(せいひつ)の中にぼんやり浮かび上がる。

「ミスター・ルウ。あなたは…」

 意志に反して言い淀んでしまった。真夏に咲き誇る大輪の花のようなアンナの笑顔を思い浮かべて、冷たく震える指をぎゅっと押さえ込む。

 立て続けに起こった事件のことはずっと考えていた。一人一人の行動と性質について、知る限りの事実に即して検討し続けた。真に心を澄ますことができた時、当事者を遠い昔の聖女だとは到底思えなかった。当たり前だ。不完全な肉体を引き摺り、中世の昔から森に隠れ続けているような実態を示す物理的証拠は、現実にはひとつも見つからなかった。それに、さっきも言った通り、死人が蘇るような虚構は魔法の村でもありえない。吸血鬼の汚名伝わる聖トゥーラも、当然この世に生きてはいないのだ。

 さらに突き詰めれば、『トゥーラの伝承』という古文書による予言や火炙りの幻覚に信憑性はないのだし、吸血鬼に関する真実を告げたピコリーナ先生の簡潔な言葉を、パニック状態で曲解しなかったとは言い切れないだろう。

 現実逃避ができるように解釈をし、心が痛まない都合のいい方向に思い込もうとしていたのだと認めよう。ワルプルギスのトッティ事件についても、トゥーラの祟りだと噂する不健全な熱に当てられて、なんとなくそんな気になっていただけだ。

 なぜなら、わたしもまた、最悪な罪を犯したのが知り人である嫌な可能性から無意識に目を逸らそうとしていたから。

 改めて着想を得たのは、たった今だ。薄々勘づいていた深層心理を解放したと言った方がいいかもしれない。親友の無事を最優先すると心底決すれば、甘い希望という余分なフィルターを外すことができた。わたしの考えは、空想の域を出ない。でも、まさかを棚に上げて周辺情報を照らし合わせていけば、事件の中心に疑惑の黒点が立ち表れた。その破綻の中心を暴くと、始点に遡って自然に謎の糸がほどけた。黒点は村の中のたった一人を指し示し、忽ち一連の出来事が小気味よいほど引き合った。引き合ってしまった。

 汚名を残す聖女はとうに世を去ったとしても、もしそ(・)れ(・)が存在するというならば---。


「あなただったんですね」

 最初から引っかかることは多すぎた。初めての外の人だからという固定観念がどこの誰、つまり何者なのかとは問わせず、そ(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)は実在しないはずだと切り捨てる常識が、疑いの矛先を鈍らせていた。

「あなたが、そ(・)う(・)なんですね」

 信じ難いが、死者の悪魔は実在した。『吸血鬼に気をつけなさい』と告げたピコリーナ先生による星の予言は、やはり真なりだったのだ。聖トゥーラではなかったが、曰く『犠牲を捧げねば襲い来る』ものは、薪を抱えてすぐそこに立っている。濃い影が差し込んで黒い塊にしか見えないが、当てつけられても眉一つ動かさなかったと思う。いや、たとえ読み取れたとしても、喜怒哀楽の感情など本当は持たないというのか---この人は、もう気安い教師ではないのだ。知ってしまったからには。だが、怯えている暇はない。一刻も早くはっきりさせる必要がある。自分の感情を知覚するのは後でいい。逆上させてわたしがこの場で殺されたとしても、むしろ状況証拠から犯人の特定が容易になるだろう。少なくともシスター・ソラが、わたしと会ったこと、時を置かずして彼が戻ったことを証言してくれる。

 まず、アンナだ。無造作に放られたトッティや調査員のハックマン教授と違って、身柄の所在が分からないのだから、アンナにはまだ可能性がある。嘘だと否定する思いに引っ張られてこれ以上ぐずぐずできない。

「最初の日に綻びは示されていたんです。ごまかしきれていなかった、と言った方がいいでしょうか。初めてこの場所で出会った時、日照の弱いこの村では必要のないサングラスが印象的でした。目立つのにあえて使用していたのは、少しでも光を遮るため。外の人だから普通なのではなくて、あ(・)な(・)た(・)の(・)必要最低限だった。太陽の下は出歩けないものだと思っていましたが、必ずしもそうではないのですね」

 一気に言葉を投げかけた。おもしろい違和感だと感じていたこと。それらの多くが、実は奇怪なヒントを暗示していたのだ。

「学校へ案内した時には、彫像に向かって走っていきました。歴史的価値を確かめるためだと思い込んでいたけど違います。コウモリの木像を据え付けた校門の屋根の下に陰ができていました。同じくスイ団長に教会へ連れて来られる道々でも、日陰を見つけては休む時間を稼いでいたのでは?熱心に物を視察するふりをして。顔色が悪かったのも何もないところで躓いていたのも、さすがに日光のダメージで衰弱していたからですね?」

 ペガサス便の長時間移動で疲弊していたのも確かかもしれないが、詳細は分かりようがない。闇から這い出て、次第に真っ当な太陽の暮らしにまで侵食してきたというのだろうか。

「夏の薬草バーベキューの夜、一滴もお酒を飲んでいないのにおかしなハイテンションだったのは、大鍋から湧き上がっていたにんにくの匂いで酔っていたからではないですか」

 あるいは、酔っ払ったふりをして食べ物を食べなくても不自然に見えない状況に持っていった可能性---そう、よくよく思い返せば、食べ物や飲み物を口にしているところを見かけたことがないのだ。保護者からの差し入れの小鍋弁当は受け渡される場面を目撃するばかりで、食べ放題のワルプルギスにも焚き火でマシュマロを焼(・)い(・)て(・)い(・)た(・)だ(・)け(・)。日曜学校でシスター・ソラの配るコーヒーにすら全然口をつけられない有様だった。


 ---もしかして、おかしいのではないか?


 ---全ては演出されていた?それは、なぜ?


 ---もしも人間ではないとしたら?


 確証はない。だが、疑惑の糸口を掴むと、普通だったはずの行動が全て怪しい根拠と化す。外来人の設定と多少の異質感も笑って見過ごせる三枚目のキャラクターだって、周到に計算された隠れ蓑の可能性はある。

 吸血鬼といえば死者の悪魔だ。道理で生体に流れるオーラを感じないはずだった。外の人だから特に弱いというわけではなかったのだ。それに、穿ち過ぎかもしれないが、シスター・ソラと手が触れそうになってどぎまぎしていたのは、あわや手の冷たさを悟られなかったかと慌てたからかもしれない。

 一人のファンと化すほど大好きだった先生。毎日のように顔を合わせた親しみ深い人が、ほんの身近にいながらにして実は体温すら持っていなかったのかと考えるとぞっとする。でも、それらの現象をわたしは知っていた。知っていたはずなのに、甘い感傷のためにアンナを血に染めてしまった。消去法でももっと踏み込んでいれば、情報のかけらを合成して答えは導き出せたはずなのに。


 風のない聖堂に仄かに灯りが揺れて、徐に持ち上がったミスター・ルウの口の端を露わにした。次の瞬間、聞き慣れたはずの声が陰を伝った。

「核心を突くわけじゃないのに、上辺だけのデータでよくわかったね。その通りだよ。私は、昔ながらに言うところの吸血鬼という生き物だ」

 生まれ育った魔女村に、一点だけ平和の誤差が紛れ込んだ。恵まれた泰平の畑に交じった一個の硬い石。それが、大事なく育つはずだった作物に連作障害を引き起こした要因だ。悪因がなければ、予想外の結果は起こらない。

 心の中に生じた失望感に気付く。推量が当たってほしくはなかった、とこの期に及んでまだ思っている。悲しいことに、ミスター・ルウはわたしの憧れる先生だ。こんな状況に至ってすら、雲のホイップを頭にまで付着させていたチャーミングな姿を思い出す。日曜学校で教鞭をとっていたのも他ならぬこの場所だ。甘い情を捨てなければならないことは分かっている。人間ですらなかったのにさんざん信頼させておいて、容赦なく生きるものの命を奪っていたのだ。この人、否このものは。

「あなたが、王国政府の調査員を殺した!全身の血液を吸い尽くして殺したのよ!」

 声が裏返るほど、急激に怒りが込み上げた。そうだ。吸血鬼(あくま)は、確かに魔女の森にいた。村社会の中の近すぎる場所に、平然とした顔をして。転落事故および新種動物の出現と見立てられた<トゥーラの聖痕>事件は、目の前に立つこの男(もの)の所業だったのだ。森の職人たちが目撃したという動物の噛み跡もそう。<トゥーラの聖痕>で発見された遺体のピート・ハックマンは、牙を刺され血を奪われた獲物のなれの果てだ。

「そこまで見抜かれてしまっては、言い訳する余地もない。私が、ハックマン教授の血を吸い出した。やはり君には正直に言わなければならないな」

  深い闇の中で首を振りつつ諦めたようにため息を吐く、『ミスター・ルウ』だったものは。何が名付け親だ。名乗っていたフルネームも偽名に決まっている。狡猾な悪魔が上手に人間を装って、村の皆を騙しおおせた。だが、ここには悪魔と通じるような魔女はいない。何のために潜入したのかは知らないが、わたしたちの聖域でこれ以上勝手な真似をさせてたまるか。

「この上に何を白状すると」

 自供した通りにまさしく血を吸う獣であるのなら、‘‘ナンバー5’’ことピート・ハックマン教授を殺害したのは自明の理だ。遺体の首元には牙の傷口が見つかっている。血液を吸い尽くし、<トゥーラの聖痕>へ叩き落とすことで転落死したものと装おうとしたに違いない。吸血鬼というものは、本性を包み隠し人間を欺くほど知能が高い生き物なのだ。

「私はハックマン教授を殺してはいない」

「そんなわけないでしょう!」

 耳を疑う発言だった。この期に及んでごまかしが効くわけはない。頭に血が上って、口角泡を飛ばしてしまう。

「誰も手を下したわけじゃないんだ。彼の死因は心臓発作だった。患っていたらしい心臓が強いショックで止まってしまったんだ」

「それは、吸血鬼に襲撃されて噛みつかれたからよ」

 嘘くさい言い訳だ。心臓病かどうかは知らないが、発作が起ころうと起ころうまいと全身の血を吸ったことを自ら認めたばかりだし、教授があんな場所で変わり果てた姿で発見されたことが真実だ。醜い本性を剥き出しにした凶行に譲歩の余地はない。人間に対して卑劣な牙を向けてしまった時点で終わりなのだ。

「いや、私が見つけた時すでに彼は冷たくなりかけていた」

 そんな言い訳まで用意していたというのだろうか。罪を逃れるか単にこの場をごまかすためだけの方便だろう。理性ではそう考える。でも、まだ信じたい気持ちが少なからず存在することもまた認めざるをえなかった。決定的な証拠はない。いつもの調子で、こんな気障(きざ)な小芝居は全て嘘だと茶化してほしい。もしもそうなれば、胸を撫で下ろすことだろう。

「じゃあ、抵抗しないから欲望のままに牙をかけた。心臓発作で亡くなった新鮮な死体を見つけたのをいいことに」

「そんな冷血漢ではないよ。一時の食欲のために遺体を貶(おとし)めるようなことはしない」

「だったらどうして」

 どうして飲み干したりしたのだ。その時に限って。すでに死んでいたという調査員の全血液を。

 闇を睨み付ける眼光に一層の力が込もる。激昂しそうなわたしの思いとは裏腹に、その陰は落ち着き払っている様子だった。

 そして、わたしが予想しえなかった返答をよこした。小さな一歩を踏み出し、キャンドルの灯りに照らされた男は、誠実そうな仮面を貼り付けた薄い唇を動かした。

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