ヴェロニカ副団長
マザー・リバーの岸に沿ってアンナの名を呼び歩き、もう一度学校を確かめておこうと坂を登ると、ヴェロニカ副団長が校門の近くで防犯用カメラの‘‘隠し星’’を打ち上げているところだった。
弔意を表す暗色のローブは強風にはためき、ひょろりと背の高い副団長は煽られて飛ばされてしまいそうだ。魔法作用で浮かぶ球体フォルムの小型カメラも、上空で不安定に揺れているのが分かる。狼犬とわたしに気付くと、副団長は少しばかり目を伏せた。
「アンナのこと心配ですね。でも、できる限りの対策は施しています。団長が捜索用の伝書鳩を飛ばしました。ただ、スマホ普及に伴って引退した鳩ばかりで勘が鈍っていますし、元々仲間の迷い鳥専門で活動していたものですから、人探しには不向きで、あまり大きな成果は期待できないかと…」
いつもクールできびきびしている副団長も、今回ばかりは気遣わしげに語尾を濁した。そして、励ますような笑顔をつくる。決して愛嬌を身上とするわけではない気質の副団長が、悲壮感漂うわたしを勇気づけようとしてくれたのだ。
「大丈夫ですよ。私たちベテラン魔女が手を尽くしますから。必ずアンナは見つかります。無事な姿で帰ってきます。そう信じてください、あなたの無二の親友のためにも」
次期協議団長との呼び声高いヴェロニカ・ケイジだ。論理に長けた天文魔女を率いるリーダーシップ。実績と自信に裏打ちされた正当な自己主張。前向きな野心。公益を至上の命題として、‘‘天文魔女館’’をITのパイオニアに仕立て上げた手腕。多くの人生経験を重ねた、いわば魔女のプロだ。
胸塞ぐ思いをしていたわたしは、冷静な技巧派副団長の頼もしさに救い上げられるようだった。
スイ団長、ヴェロニカ副団長だけではない。魔法という技を取り扱う経験豊かな魔女たちが、この村には本当に大勢いるのだ。
そのことに意識を傾けた途端、頼りなさと恐怖、安堵や連帯感が一気に膨れ上がって胸に込み上げた。
「副団長、アンナは吸血鬼に連れ去られたのではありませんか!もう一度森の中も探してください!トゥーラが、吸血鬼のトゥーラがいるんです!」
考える前に、勢いに任せて口走っていた。捜索すると決めながら、意気地のないわたしには森に立ち入る勇気が出なかったのだ。悪逆の魔女トゥーラの憤怒が蘇る、と言い放った古文書の予言に、ピコリーナ先生による吸血鬼の警告、首元に牙穴を開けられていた森の動物たち。現に、アンナは大量の血痕だけを残して忽然と消えてしまった。それらが示すものは明らかだ。
だが、平静を失った陳情に副団長は取り合わなかった。笑顔を保ったまま軽くいなす具合に返事が戻る。
「聖トゥーラが?いいえ、ベリィ。そんな心配は無用です」
「でも、」
理論派の天文出身ヴェロニカ・ケイジは、うろたえるわたしの訴えをきっぱりと否定した。
「落ち着きなさい。聖女たちはとうの昔に亡くなっていますよ。先日の探査でも形跡はありませんでした。そうでしょう?」
反論はある。星がかったピコリーナ先生が、トゥーラと吸血鬼とは一対の魂で、森の中の吸血鬼に気をつけなさいと警告したことも忘れているわけはない。しかし、どういうことだろう。それは、相手を気遣う優しい嘘ではなかった。もしそうだとしても、酸いも甘いも噛み分けた熟年の魔女に、こんなにクリアな眼は演じられなかっただろう。
「それはともかく、聖痕の事件の方は解決しそうです。いずれ王国のポリスが訪れて、実況検分と亡骸の送還を行うでしょう。
ハックマン氏のバッグから数々の遺失物が見つかりました。ここだけの話、彼は魔女村の物品を故意に持ち出そうとしていたようです。夜逃げのためかどうか分かりませんが、暗い夜道を歩いている時に誤って<トゥーラの聖痕>へ転落したのではないか、という認識に至りました。あの落差ですからひとたまりもなかったでしょう。ピコリーナは、即死だったと診立てています。死後に血を吸われたのだ、とも。おそらく新種の未確認動物のしわざだろうという仮説を、調査員の方々とも共有しました。王国の科学捜査が魔女の見極め以上の結論を導き出すとも思えません。教授の一件は、不幸な事故として丁重に処理されるかと思います」
慣れない夜道の事故…?それならハックマンの件は、トゥーラの呪詛でも、ましてや吸血鬼による襲撃のせいなどでもなかったということになる。そうか。生気に反応する‘‘グリーン・ショック’’が鳴ったという事実は、逆に言えば地の底に直撃する前には生きていた、つまり事故的な墜落であったことの裏付けにもなりうる。
「本当ですか、それは」
「ええ、星に誓って」
天文魔女が星に誓うと言うのなら、決して偽証ではありえない。
「だから、きっとアンナもすぐ戻ります。根も葉もない呪いの噂は、無責任な風説に過ぎません」
大騒ぎしたことを考えると拍子抜けしたが、少し気が軽くなっていることを認めざるをえなかった。ヴェロニカ副団長は、未公表の情報をわたしを一人の魔女と見込んでフェアに伝えてくれたのだ。そうだ、アンナは絶対に無事に戻る。誰よりわたしがそう信じよう。そして、わたしに今できることをするのだ。
ハックマンは王国を代表して『特殊地域民俗文化財』の事前調査に派遣された教授でありながら、こっそりと魔女村の物を失敬していた。おそらく調査活動に紛れて目星をつけ、同僚の目を盗んで。例えば、今心配げに飼い主を見上げているおとなしい捜索の相棒が、時に無邪気に施錠を解くような隙ある家に忍び入って---。
「彼の荷物の中にマッチはありませんでしたか」
「ええ、本やおもちゃ、文具、便利グッズなどに埋もれてバッグの底の方にありました。あれはあなたの物ですか?盗難の証拠品としてポリスに引き渡さなければなりませんが、事件決着後には返却されるよう書類を提出しておきます」
なければ不便な‘‘協力マッチ’’。あれはわたしにしか協力しないから、火の点かないマッチを使用することも売りさばくこともできず、かといってどう機能するかわからないものをその辺に投げ捨てるわけにもいかず手に余しただろう。
「緻密な点検の末‘‘ポロの実’’二粒も見つけましたが、きっと‘‘まじょっち’’の看板から取ったのでしょうね」
ヴェロニカ副団長が提示した<トゥーラの聖痕>事件の経緯には筋が通っている。しかし、安堵した反面、落ち着いてくると改めて気付くのだ。どうも腑に落ちない事ごとに。
魔を祓うハロウィン。わたしたちの資産である魔法の一端を掠め取ろうとしたハックマン。転落死。やはり村に手を出した報い、と読めなくもない。本当に単なる事故なのかどうか納得しきれない気持ちはある。たとえ吸血鬼ではなかったとしても、遺体から血を吸い出した森の新種動物、というのも気にかかる。春から夏には、生き血を啜られたような被害動物が多数目撃されていたのだ。
十字架をかけた聖トゥーラ。吸血鬼伝説。偉大な母なる真の魔女。守る聖霊と憎悪の獣。相反する二者が再び一対になる時を待つ。確かなこと。筆頭聖女であるトゥーラの半分は、ゆるぎない聖なる魂---。
公益を奪ったハックマンが、魔女村を防護する聖トゥーラの遺志に死をもって報復されたという可能性もある。聖痕に落とされて命を失い、さらに血の犠牲を払わされたのかもしれない。そう考えてしまう。わたし一人の妄想ならいい。理論派魔女であるヴェロニカ副団長はあのように断言したが、これという確証が持てない段階だ。一連の未曾有の事件に関して、上層部の間でも意見が割れているのではないだろうか。
ここ最近の魔女村は、一体何がどうなっているのだろう。ワルプルギスでは村人のトッティが焼かれ、ハロウィンに外から来た調査員が帰らぬ人となる。そして、アンナはどこに行ってしまったのだろう。
謎が、深まるばかりだ。森の奥の秘密の村に吹き付ける風が、嵐の予感を孕んでいる。




