↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
PR
47/80

グリーン・ショック

 それは、ハロウィン休暇に入る前夜のこと。深甚(しんじん)たる森の奥に位置する魔女村には珍しく、夕方からさかんに強風が吹き付けていた。

 わたしは早めにベッドに入り、濃く出した‘‘熟睡カモミールティ’’が疲れた精神を和らげて良い就眠作用をもたらしてくれていた。眠り込んでいた自室のベッドの中で、けたたましい警報に叩き起こされるまでは---。


 深更に異状が起きていた。最初は地鳴りがしているのだと思った。わんわんと頭に響く超音波のような揺れは、経験したことのない煩わしさで耳に障った。

 起き上がった時には、自ずと理解していた。---これは、‘‘グリーン・ショック’’だ。<トゥーラの聖痕>で発生した振動が魔女の森全体に隈(くま)なく伝わって、樹という樹、植物という植物に、張り巡らせた地下根を揺すらせている。微細な揺れの連鎖だ。

 少なくとも生まれてから初めて鳴動するサイレンだが、薬草魔女の遺伝子には、植物からの信号(サイン)を感受するセンサーはきっちり備わっている。実際には、警報音が鳴っているわけではない。森の植物が土を震わせ大地を揺動することで、不穏な警戒信号を送っているのだ。激しい葉擦れの音に驚いた鳥たちが騒然と夜空に羽ばたき、夜行性動物の遠吠えが重なり合う。

 ‘‘グリーン・ショック’’は、侵入者検出のため<トゥーラの聖痕>に装備されている。鳥獣には反応せず、一世代前の薬草魔女がかけた魔法によって、断崖の地中に走る植物の根に人間の生気だけを識別させる。たとえ箒で飛んだとしても、ロッククライミングの要領で登り降りしようとしても、ペガサス便の搭乗者以外ではとにかく人が越えれば感知するし、崖面に指一本触れようものなら過敏に反応する仕様となっている。本来なら南端の防守(ガード)は大地の裂け目<トゥーラの聖痕>だけで十分なのだが、防御策は念押しとして二重に施されているのだ。

 この警報が発令されたということは、とりもなおさず侵入者の出現を意味する。草木も眠るはずの真夜中だ。興味本位の悪戯や動作テストのわけはないから、今まさに<トゥーラの聖痕>に触れた者がいる、あるいは誰かが村域の境界線を越えようとしている緊急事態である。

 家を飛び出すのに何かを意識するまでもなかった。緑の発する警告に心が波打ち、居ても立っても居られない。パジャマに厚手のカーディガンを重ねるのもじれったく、次の瞬間にはスマホとランプだけを掴んでいた。

 鍬(くわ)を持ったモリーダスさん夫妻が駆けてゆくのが見えたので、遅れをとらないように付いていく。力になれるか分からないが、わたしにも一魔女としてここを守る義務がある。


 深夜の森の中は、警報の振動が直接的に伝導してきて足裏にうるさく感じるほどだった。加えて、昨日からの風が強い。葉擦れの音が倍加して全き闇に反響している。騒ぐ森に急かされるようだが、ランプの灯火は頼りなく、ややもすれば先行するモリーダス夫妻を見失いそうになる。

 今、上層部は厳戒態勢をとっている。

 星(・)が(・)か(・)っ(・)た(・)ピコリーナ先生による吸血鬼の予言について、わたしからスイ団長に報告した。その週末には森全体を検(あらた)める捜索班が組織され、木の棒やスコップを手にした男性たちが、常緑樹の葉叢(はむら)から下草から池の中まで地道に掻き分けた。だが、急な招集に対する雰囲気はやっつけ仕事そのもので、慣れ親しんだ森の、今さら何を虱(しらみ)潰しに探すのだとばかり手間暇のかかる単純作業に身が入らないようだった。

 実は、星の託言があったことは内密に伏せられている。本当の理由を知ってしまえば、大揺れの事態を招くだろう。混乱を引き起こす機密情報として、わたし自身もきつく他言無用を課せられた。知っているのはおそらく団長、副団長と二、三人の協議団員だけ。表向きは、‘‘チーム・ファイブ’’こと『特殊地域民俗文化財』の調査員による森の調査に先立って、安全確保を目的とした形式上の見回りということになっていた。結果、何も見つからなかったのは事実だ。

 しかし、徒手に終わった仮の探査活動に伴って、木こりを営む者たちから何気なく漏らされた世間話の断片こそが特筆すべき事項となった。

 今年の春から夏にかけて、森では小さな怪異があったというのだ。現場へ向かう朝の道々、茂みに潜むようにしてうずくまる鹿やイノシシを見かけるようになった。それらの体表には、例に漏れず生血の乾ききらない傷跡が深く穿(うが)たれていたという。主に首元に、ちょうど刺さった牙が四つの固定点を印すかのような形をして---。

 休むようにじっとしていた動物たちは、しかし人の気配を察すると機敏に逃げ去っていったそうだ。周囲に流血の痕跡もなく、夜(・)の(・)う(・)ち(・)に(・)猛(・)獣(・)に(・)襲(・)わ(・)れ(・)た(・)が死ぬほどの傷には至らなかったものだろう、と木こりたちは傍観していた。

 その程度の目撃談をわざわざ吹聴するほどの動機もない。食物連鎖の上位にありながら加減を知る肉食動物もいたものよ、と仲間内で休憩時間のネタにしていたそうだ。あるいは、おそろしく狩りの下手な新種の生物が誕生したか、と笑い話になった。殺せないならせめてわずかな血でも舐めて露命をつなぐ清貧さだ、と誰かがあざけた。

 ---そう、林業に携わる彼らにとっては、あくまでも森にありうる平凡な出来事の一つに過ぎなかった。その日、広範にわたる退屈な渉猟(しょうりょう)の徒然(つれづれ)に、たまたま思い出したかのように口の端に上った取るに足りないはずの雑談は、捜索班監督の協議団員を通じ、最重要証言として至急密かに上層部へ伝えられることになった。

 わたしがそれを知っているのは、吸血鬼の託宣についてヴェロニカ副団長から二度目の聞き取り(ヒアリング)を受けていた時、ちょうど報せを携えた協議団員が慌てて飛び込んできたからだ。


 寒い上に、足を動かし続けて呼吸がきつい。息を潜めようとしても、空気を吸い、吐き出す音が、ほとんど見えない暗闇に逆に反響してしまう気がした。こうして駆けている最中にも、存在を気取られないか、木の間の陰からいつ何(・)が(・)飛び出すかと気が気ではない。

 指を伸ばせばもう見えない。闇がとろりと纏(まと)い付いてくる。

 羽ばたき音が、葉叢(はむら)をざっと駆け抜ける。騒ぎに逃げ出す動物の目が、赤く光る。黒闇(こくあん)に足を踏み出す度、無防備な背には悪寒が走った。

 不意に伸びてきた手が、枯れた上に焼け爛(ただ)れた手のようなものが、背後からわたしの肩を鷲掴みにしはしまいか、と想像する度にびくりと心臓が踊る。モリーダスさんとビオラさんがすぐ前を先導してくれていなければ、絶対に<トゥーラの聖痕>へは辿り着けなかっただろう。

 ヴェールに覆われたピコリーナ先生の口から放たれた星の啓示が、深い低音で改めて脳裏に響く。

 曰(いわ)く、飢えた吸血鬼は故郷で血を欲している。

 トゥーラと吸血鬼とは分かち難く交わる一対の魂である。

 両者は、再び結び合う時を待っている---と。


 星と地上の両方からぴたりと示し合わされた事柄。それが、紛れもなく確定してしまったから。


 聖女のトゥーラだったもの、不具の吸血鬼が---この森に、いる。

 自然現象を巧みに操り彼女自身の闢(ひら)いた聖域、仲間に裏切られ、火刑を受けるために退去させられた魔女の森に、闇夜に紛れる逆襲の悪魔と化して---。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。