魔女サプリプロジェクト推進中!
バーベキューの開催回数も両手で足りなくなってくると、大気が乾いて頰をかすめる風に冷たさが混じるようになってきた。魔女村の豊かな森も盛夏の勢いを収め、少しずつ橙色や紅色に染まり始めている。濃密で短かった夏が逝くと、樹々はすぐに冬支度を始めるのだ。
だが、その前に感動的な秋の味覚がここぞとばかり登場することを忘れてはならない。マツタケやシメジをはじめとする薫り高いキノコ類、新鮮なブドウや洋ナシ、リンゴなど旬の果物、甘いかぼちゃ、さつまいも、大粒の栗。魚の酢漬けは輸入に頼るが、キノコや果物などは森に入ればおもしろいほど手に入る。
極めつけは、モリーダスさんが試験栽培しているつやつやの新米だ。白米は洋の東西を問わず多雨地域では主食とされる重要な穀物で、どんな副菜にも合う。剥いた殻は譲ってもらい、冬季の炭焼きにも利用できるのだ。モリーダスさんの実践研究はここ二、三年で大いに進み、おすそわけの白米は糖度や水分量が増してきている。弱火でこぽこぽと炊く幸せな匂いが、秋の園に囲まれたウスペンスカヤ家に満ちている。気温が下がり、庭のミントも一頃より落ち着いたので、初冬咲きの花やミント以外のハーブもつつがなく芽を出している。
「お米を炊いたら秋よねぇ。季節を感じちゃうわ。まあ、こっちは鮭のホイル焼きね。なんてバターたっぷりなの。キノコスープもあるじゃない。この料理上手。帰ってきたら、ほんとに英気が養われるわ。あ、ママ、モリーダスさんにサンパウロ土産の栓抜き渡してこよっと」
今朝方また帰宅したママは、暴走するチーターの進行勢力さながら動き回り、しゃべり、食べ、出かけ、今やっと戻ってきたところで、調理中の秋のごちそうに食欲を誘発されているところだ。
「あっちの大鍋混ぜといてくれる?」
「O…」
返事も待たずに行ってしまった。
「…K」
威勢よく玄関のドアが閉まる。反論は諦めて、ガラス温室の隣にある小部屋に移動する。あっちの大鍋、とは、ママが帰宅早々しかけた隔離温室のどろどろとした煮込みのことだ。
鍋底が焦げつかないようにとろ火を保持するのに腐心しながら、木匙でぐるぐるかき混ぜる。これを調合していた時、ママは「この度‘‘魔女サプリ’’はめでたく特定機能性食品に認定されたわ!」と大声で叫んでいた。叫びつつ粒状の‘‘魔女サプリ’’を投入して溶かした上、なにやら試験的にいろいろと加えているようだった。ぐるぐる混ぜる。含有物を増やしてバージョンアップさせた‘‘飲む魔女サプリ’’の試作だろうけど、断然失敗だと思う。鉄製の大鍋と予測不能の化学反応を起こしたせいで赤黒く、そこはかとない金属臭も漂わせている。鍋の手入れが行き届いていない点、酸化鉄は健康を損なうことを指摘して、大いに改善の余地ありとダメ出ししよう。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐ…客観視すればまさに既成概念の魔女らしいひとときだが、疲れたので終了。火は吹き消しておく。そろそろ母屋のお米が炊き上がる頃だ。
深皿にキノコのスープをよそおい、白米と鮭のホイル焼きに飾りのディルを添えてワンプレートに盛り付けると、食卓にはバターの風味と湯気が踊った。
ママのランチョンマットの隅っこには、三粒ほどの‘‘魔女サプリ’’を豆皿に載せて置いておく。わたし自身は、摂取し忘れないように食前に飲むことを習慣化している。口に含むと、土と太陽にしっかり育てられた薬草や有機野菜が香り、舌の上ではころころした粒感が遊ぶ。マルチビタミンの栄養補助食品なので、朝晩二回に分けて水で飲み下すだけで一日分の必要量は達成する。食事だけではどうしても偏りが出てしまう。これもまた所要時間三秒の健康維持スタイルだ。
上機嫌のママによると、元祖‘‘魔女サプリ’’の要素は解析され、ビタミンやミネラルなどの有用成分が科学的に実証されたらしい。第三者評価機関で特定機能性食品に認定されたため、世界各国を渡り歩いてプレゼンおよび交渉を行い、‘‘魔女サプリ’’を製品化するために手を組む企業を選定している段階らしい。
協議団と相談してここと決まれば契約し、必要な実験や販売国ごとの認証、商品化のプロセスを経て外の世界へデビューする。つまり発売にこぎ着けるわけだが、ママはその仕事と並行して、まだ見ぬ良き薬草を追求している最中だ。‘‘魔女サプリ’’は通常のサプリメントと比べて非常に優れているらしく、国の法律によって栄養成分の基準値が異なるので、多すぎる場合は微調整したり、宗教的な戒律が許さない場合などは、別の原料に代替したりする必要もあるという。
すなわち、 ‘‘魔女サプリ’’プロジェクトは順調なのだ。
ママは魔女村を代表して、当初から全ての過程をプロデュースしている。協議団の寄合で発案してから企画をまとめ、実行、報告、相談と修正を繰り返して、出張に次ぐ出張をこなし製品化を一手に担う。
村を一歩出れば魔法は使えない。技巧的には可能だが危険が過ぎる。出自が魔女であることはたまさか気取られないように、誰かから名義を借りて王国出身の普通の人間として振る舞いつつビジネスを展開している。これまでほぼ計画通りにクリアしているのだから、ママのスキルは相応に高いはずだ。
数日間滞在したママは、原料の候補に追加すべく、エジプト王家に代々伝わるという幻の薬草を求めて今度はアフリカ大陸へ飛ぶようだった。わたしは近頃、ほんとに忙しい人だなとただただ感心するようになっている。自立する時が目前に迫ってくるにつれてわたし自身の見方も変わり、親子関係を差し引き、ビジネスの大先輩としてだけ見つめるなら、諦めない精神と公益のために燃やす情熱に脱帽するしかないと悟った。
きっと目に見える範囲の周りにいる人に気を配り、地面に足を着けてものごとを考えるわたしと違って、ヴァイオレット・ウスペンスカヤという女性は、もっと高い視野で全体の利福をめざしているのだろう。それは、二者択一の善悪ではないと考えていいのだと思う。個性という差異をイラつく食い違いでなく不同の長所と捉えると、認識できるイメージががらりと変貌して、わたしを新たな地点に誘った。
卒業して成人する。アンナが王国に留学するかもしれない。魔女村が【公表】され、無数の人々がやって来る。反対に出て行く人もいるだろう。わたしを取り巻く環境は、見る影もなく一変してしまうかもしれない。いまだ経験したことのない速さで。
でも、血縁がつなぐママとの関係性は、決して変化しないものの一つだ。わたしはまず自分のするべきことに取り組み、旅の安全と仕事の成功を祈るしかない。もっと忙しくなって今以上に留守が増えるかもしれないけど、ママは必ず帰ってくる。生まれ育ったこの村に。そして、わたしの待つこの家に。
今だって、隣家のモリーダスさんと慌ただしくもエネルギッシュな立ち話をしてから、雑な早足で母屋に戻ってくるだろう。その足で、今朝料理のために自分専用の‘‘協力マッチ’’で点けた竃の火を、昔からそうするように、なにかの片手間のような大雑把さで指を鳴らして消すだろう。粗放で大胆、抜群の瞬発力で先手必勝、ささいな余事など省みずに突き進む推進力こそ、これぞヴァイオレット、と自他共に認めるママの天賦の才なのだ。




