バーベキューの夜
北欧の自然派企業を訪問していたママが帰村したので、夏のゲリラ行事‘‘薬草バーベキューの夜’’を開催することになった。
‘‘薬草バーベキューの夜’’は、お肉とハーブをごた混ぜにして豪快に焼くアウトドア料理の会…ではなく、毎年夏になると、薬草魔女エリアで自然発生的に催される持ち寄り式の集まりだ。農産物や植物を扱う薬草エリアにおけるトップシーズンの家事の軽減、小休止の設定という能率的機能も担っている。要するに手抜きと息抜きである。
モリーダスさんの奥方であるビオラさんから昼過ぎに届いたメッセージを表示すると、
「今夜、ヴァイオレットおかえりバーベキュー@薬草農場!持ち寄り品は、肉類か炭水化物希望!」
と書いてあった。いつも通り会場はモリーダスさん経営の農場、集合時間も適当、というわけだ。
手軽につまめる炭水化物ということで、ダグのパン屋さんへ‘‘中世パン’’を買い占めに行ったら、少々サイズが小さくなっていて落胆してしまった。大のお気に入りなのに切ないが、原材料が値上がりしているのかもしれない。
人の良いダグさんは、素朴な優しい笑みを浮かべて迎えてくれる。聞くところによると、魔女の姉が三人いるらしい。したたかな年上女性に揉まれて育つと素直な性格になるという末っ子気質の好例である。
しかし、善良なる小市民感に紛らわされているけど、ダグさんって、実は(バカが付くほど)天然なのかもしれない…。いわゆる夏限定‘‘太陽のワッフル’’を一番目立つ棚に配置しているが、その推し加減と売れ行きが目に見えてかけ離れている。流れ崩れた溶岩も然りといった代物なのだ。去年も連日売れ残りだったのに、なぜか焼き続ける。こだわりどころが変。小麦粉を無駄にするくらいなら、どちらかと言うと、噛めば噛むほど味わいの増す‘‘中世パン’’の方に傾注してほしい。ワッフル以外はどのパンも目を楽しませつつ美味だから、夕方にはほぼ全部のバスケットが空っぽになっている。(ただし、高リスクなクロワッサン‘‘アブノーマル’’は除く。)今日は大量に要るので、早めに来て正解だったと安心していたところだ。
「今夜バーベキューだよね。これオマケ」
読み取り機にスマホをかざしていると、警戒対象である不細工なワッフルを数個、筋肉質な腕で紙袋に入れてくれる。
「ありがとうございました。気をつけてね」
どうにも目の離れた魚を彷彿とさせる笑顔で見送ってくれる時、密かにワッフルの方を一瞥したダグさんの目が悲しみを湛えたのに気づいた。
若干迷った。だが、時には思いきりも必要だ。いい加減見るに見かねるし、若輩ながら同じ個人事業主としてわたしの視点から提起できる要望があるなら、失礼かもしれないけど言ってしまおうと心を決する。
「あの、ダグさん。ワッフルは、太陽とかクローバーとか季節によって焼き型を変えた方がいいんじゃあ…」
すると、少しばかり広すぎるきらいのある額に手をやりつつ、ダグさんは悪びれもせず返す。眉間が力を抜いて開ききったほんわか笑顔は、気立てがいいと形容するしかない。
「え、焼き型なんて使わないよ?手づくりの風味と質感を出すために一個一個手で成形してる」
前言撤回、邪気のなさすぎる破顔は逆にイラッとすることもある。今度はこちらが「え、」と呻る番だ。どうりでベルギーワッフルの顕著な特徴である表面の凹凸が見られなかったわけだ。それらは最初からワッフルではなかった。正直メープルリーフだろうが雪の結晶だろうが謎のへちゃむくれでしかなかったもの。
「ヒットの予感がするので、焼き型をぜひ。‘‘WITCH’’のショッピングページで検索してみたらどうでしょう」
「何、焼き型って使った方がいいの?」
従順なダグさんは早くも受け入れ態勢を見せている。見向きもされなかった商品に活路を開くために、お客さんの反応を誠実にキャッチする器の大きさを感じた。
「ベリィちゃんみたいな若い感性の指摘なんて願ってもないリクエストだよ。ありがとう!」
健康的マッチョなコック服のパン職人は、万人に求められるワッフル像を思い描いてかなりわくわくしている様子だった。すでにしてファンの心を離さないこのパン屋さんに、また一つ喜びが増えたら素敵だ。それに、心を込めてつくったものが喜ばれることは、つくり手自身も喜ばせることになる。
学生身分の生意気な主張だと気を悪くさせるかもしれない、なんて気を揉んでいたのは完全なる杞憂だった。根が良い人なのは知っていたんだし、これほど向上心と柔軟さがあるのだから大丈夫だったのに。勇気を出して言ってみてよかった、と胸を撫で下ろす。離れ気味の目尻に笑い皺を刻んだダグさんのわくわく感とものづくりへの熱意も伝染してきて、思わぬフィードバックもあることを発見した。
改良前最後の全へちゃむくれをお礼にともらってしまった。
パンの大袋を抱えて小走りで戻ると、モリーダスさんが長を務める農場では、乾杯の音頭がまさに執り行われようとするところだった。まだ日も暮れ切っていないから、今日は全体に早い。
底が平らで浅いバーベキュー用大鍋に多量のにんにくとしょうがを炒め、新鮮野菜やじゃがいもを放り込んだ上にラム肉を大量投入する。ビオラさんがしゅしゅしゅっと丸く指先を動かし、さらに美味しくなる魔法をかけて、直火で蒸すこと一五分。
蓋を開けると、にんにくの効いた香ばしい湯気が踊り出す。柑橘類の塩ソースか甘めのくるみ味噌だれでいただくと、お肉は口の中で溶けるように柔らかく、地物の野菜は総じてほくほくだった。
「おかえり、ヴァイオレット!」
「魔女サプリに乾杯!」
地ビールや地ソーダを注ぎ合って、乾杯に次ぐ乾杯の発声が薬草農場に元気よく響き渡っていた。
お腹いっぱい食べた後に、手持ち無沙汰の子どもたちを誘って爆発花火をしかけて遊んだ。モリーダスさんご自慢のツリーハウスに登り、暮れなずむ空にふくらませた‘‘種風船’’を飛ばして「魔女」と描く。夜の静寂に油断していると、爆音を立ててそれらの文字が弾け飛んだ。ほどよく熱気が沈んだ夏の夜に、皆が賑やかに笑いこける。
群青色の帳が下りた農場の丸太椅子に座り、休憩がてらアンナと手製のアイスクリームをつついていると、ビオラさんと飲み比べしていたママがひたひたと寄ってきた。カニ歩きで。
「ねぇ、ベリィ。あなたのつくったミントアイス最高だったわ。バーベキューよりそっちのがたくさん食べちゃったわよぉ。おいしいわぁ、ベリィのミントアイスは。ベリィのミントアイスはおいしいっ」
酔っ払いの典型を地で行くママがやたらと絡んでくる。作り置きしていたアイスクリームも持ち寄っていたのは確かだが、意味のない同じ語彙を繰り返しているので、付かず離れず放っておくのが無難だ。
「アンナも飲んでるー?」
急に向きを変えた。
「今年はまだ飲めないですよ」
さすがのアンナもたじたじと苦笑い。ママって何考えてんだろうと心底呆れることがある。こう切り返したかった。未成年なの。あなたはその未成年の保護者なの、と。もし十倍の熱量で鬱陶しい答弁が返ってこないならば。
「あ、そうそう今日はゲスト呼んでるのよ。誰だと思うー?」
そう、聞く耳なんてあるわけがない。ママという人種に対する苦々しい心の叫びは、永遠に通じないのかもしれない。ヴァイオレット・ウスペンスカヤの場合、外で気を張る分、帰ってくると野放図に伸びる。諦めることも美徳なのではないか、という新たな境地を知る夏の夜。
「せいかーい。あの人でしたー」
いや、答えてないけど。だらしなく両手を広げたママは、農場のゲートの方を指し示したつもりだ。
くっきりと光り輝く夏の星空を後景に、長身の人影が姿勢よく歩を運んでいる。この人の代名詞と言っても過言ではない特徴的頭部のシルエットですぐ分かる。くるくるのカーリーヘアでステンレスたわしよろしくボリュームを出す新進気鋭の魔女村ホープ、お笑いハンサムのミスター・ルウ(わりと純情)だ。
「いらっしゃーい!ルウ、こっちよぉ!こっち!ほら、ヴァイオレットがここで手を振ってますよぉ。あ、見た!ルウ、こっちだよー!元気?ふふ、うちのベリィがいつも褒めてるわよぉ。あんなにおもしろい人はいないって」
憚りなく大声でのたまうママの裾を掴む。よろけながらも掴まれたTシャツをするりと抜くスキルは、自然と会得した酔拳なのか、それとも努力の賜物か。
「もう、余計なこと言わなくていいから」
娘の指導教諭を呼び捨てるなんて。いつの間にそんなに仲良くなったんだ、ほとんど村にはいないのに。派遣されてきたミスター・ルウが協議団と顔を合わせる場にもママは行けてなかったし、今年はまだ学校に来る機会もない。
「あ、嬉しいなぁ。サンキュー。さすがベリィ・ウスペンスカヤ、ヴァイの一人娘。見る目があるよね」
先生もママのノリに付き合って不要な節回しをしなくていいですから。即興小芝居にかこつけたお辞儀も結構です。それにしても、『ヴァイ』?
「いつ知り合ったんですか?」
「ワルプルギスでねー」
「ねー」
輪唱するな、輪唱を。あの動乱の祭典ということは、ミスター・ルウが越してきた当初からだ。ワルプルギスの中央広場はごたごたしてるし、触れ合いがあるなんてその後もちっとも知らなかった。連れ立ってけたたましく言い合う様子は、まるで腐れ縁らしい幼馴染の悪友のようだ。
「ルウ、爆発花火させてあげるよー」
「えー、何それー」
「やりたいー?」
「やりたい、やりたいー」
いや、だから先生むやみに合わせんでいいよ。おもしろいと褒められたからといって、シナをつくりながらそんな即席おねぇキャラを演じてまで期待に応えようとしなくても。そして、火遊びはやめて。
「…ダリヤ店長まだ来ないかな」
薬草エリアで奔放な大人たちを上手に諌める役回りは、下戸のダリヤ店長と相場が決まっているのだ。
「だいぶ仕事残ってたからね」
引き気味のアンナとわたしをほったらかして、なんだか仲良しの絶好調コンビは、酔っ払いのくせに童心に返ってしまった。互いにつついたり、つつき返したり、どこだかを指差してげらげら笑いながら爆発花火を雑にいじったりしている。指先の神経が鈍くなってなかなか摘めないようだった-そのせいで余計に馬鹿笑いを高めていた-が、やにわにほくそ笑んだ悪ふざけのママが、ミスター・ルウのもじゃに一本挿してえらいことになった。後悔は、先にこそ見通すべし。十字。




