冬の買い出し (ベアトリス ≪中世≫ 4)
呆気なく冬は最盛期を迎え、寒波が到来して去ってから幾分緩んだ。
冬籠りの支度は三人分に少し余る程度だったため、備蓄した食糧がだんだんと不足し始めそうだった。オトのトナカイは雪に鼻を突っ込んで草や苔を採食していたが、雪に閉ざされた森には人に食せる実りはなく、死活問題についてのひたむきな相談の結果、危険を冒してでも一番近い飛び地の町まで物資の調達に出ることになった。 定期市の立つ王国領であることは、往路で見たベアトリスが知らせた。
ベアトリスは、倒れていた樹の辺りに落としていた手持ち鞄を回収していた。その中には、わずかな着替えや精緻な手描きの星図表の他に、当面必要な分だけ持参した金貨が少し残っていた。返り血を浴びた鉄臭い服と、乾いた血糊がこびり付いたナイフもともに取り出された。
弱視の目の小康状態を見計らったベアトリスを道案内に、子供っぽく警戒されにくいオトと世事に長けたローザが市場での買い物を担当することになり、トゥーラが留守を守った。
空模様を操るトゥーラの手が降雪と冷気を抑え、彼女たちの足で森の雪道を歩むこと往復丸四日。真夜中を過ぎて三人が帰ってきた時、真っ先にトゥーラの目についたのは、ローザが抱えた丸い大鍋だった。
「びっくりしましたよ。ローザの上半身をすっぽり隠して、ころんとした鉄鍋に足が生えたようでしたもの。よく持って帰られましたね」
「ずっと縄で引き摺ってたんだけど、遠目にも早くトゥーラに見せたくて」
「抱えちゃった、というわけですね」
いたずらっぽくトゥーラが茶化す。
「買い物してる間、ベアは隠れてたの。おたずねものだから」
屈託ない調子でオトがトゥーラに報告すると、
「こらオト、そんな言葉どこで覚えたの」
とローザが咎める。
「いいの、本当のことだから。気を遣わなくていいからね、オト」
当の本人がとりなすが、
「そんなこと言うならわたしたちみんなそうよ。お尋ね者のとんずら魔女たち」
ローザが胸を張り高らかに謳い上げるものだから、他の三人は、自分たちの過酷な状況も忘れて思わず頬を緩めるのだった。
「私、朗らかなローザが本当に好きです」
くすくす笑いのトゥーラが宣言して、洞窟の四人にしばしの安息がもたらされた。
四人分の冬服一式と長靴、帽子、毛布、大小の琺瑯のマグカップが複数、干し肉や漬物などの保存食、小麦粉、岩塩に葡萄酢、蜂蜜、そして念願のパンは特にトゥーラを喜ばせた。林檎の甘煮の入った揚げパンだ。
それにまた驚いたのには、ローザが降ろした大鍋は空ではなく、一回り小さい同型の鍋と水汲み用バケツが入れ子のように入れられていたことだった。着た切り雀だったトゥーラが新しい服に袖を通すと、「かわいいじゃない」「いいね」「似合うわ」やんやの大絶賛を受けた。頭には白の頭巾と黒いヴェールの代わりに麻のショールを巻き、銀の十字架だけを変わらず胸元に掛けている。
「ねぇ、トゥーラ、元から美人だけど最近もっと綺麗になったわよね。でも、あなたとみに痩せたわ。みんなも粗食で痩せて感覚も研ぎ澄まされてるけど。具合が悪そうな日があるみたいだけど、大丈夫なの?」
オトの施術で彼女の病んだ手は大変な回復を見せていたが、週に一、二度寝起きの良くない日があった。白っぽい顔色でふらついているように見えることが。
トゥーラは妙齢だし、動物を狩って食べることはしていなかったから、養分不足の貧血とローザは軽めに見過ごしていた。この今の生活で太れと言う方が無茶というものだ。天候の儀式で多めに体力を消費するのかもしれないし、細身で清貧の人だから元々腺病質だった可能性も高い。丸薬にも改良を加えてはいるが、少しでも精のつくものをと考えて、特にトゥーラのために干し肉を買ってきたのだ。
「粗食には慣れているのですが。疲労が溜まっているのでしょうか。でも、それならベアトリスが一番心配です。今までの生活との落差が大きいでしょうから」
「大丈夫よ。お気遣いをありがとう、トゥーラ。これしきで音を上げれば罰が当たります。ローザの丸薬に助けられてるわ。飲むと身体が楽になるもの」
すっかりネイティヴの言語力を身に付けたオトが、手に入れてきた干し草をトナカイに遣りながら無邪気に口を挟む。
「オトの甘くしてほしい。もっと蜂蜜入れられる?」
「そうね。少し足してもいいかもね。ま、元々寒さに強いオトは冬もへっちゃらだけど」
「なんといっても北欧の赤ちゃんトナカイですからね」
トゥーラは含み笑いだ。
「赤ちゃんじゃないよ」
オトは拗ねるが、皆の小さな妹という位置付けのせいで、どうしても幼稚性が際立ってしまう。
ベアトリスは、件のナイフを何度も念入りに洗い、日光消毒をして実用の道具にした。肉親の命を奪い取った刃は、樹皮を剥ぎ、実を潰し、髪を断つ彼女たちの生活必需品となっていた。
そのナイフで遅い夜食に早速干し肉を切り、留守中にトゥーラが煮た野生ビートの紅いスープに入れた。盛大に湯気を立てる香味豊かなスープを、新しいマグカップに分け合ってよそう。美味しいね、町に行けてよかったね、と言い交わして啜った。そそっかしいローザとオトが揃って舌を火傷しながら。
翌日、三度トゥーラが驚いたことに、ローザたちの曳いて帰った大鍋は、入浴用の湯船として活用された。岩石を組んで架台にし、丸い鍋底から直接火で炙った。秋口から水浴びは辛くなっていて、布を絞って体を拭うしかなかったので、ローザのこのアイデアは全員に大歓迎された。夏に採れたローズマリーを入れると、爽快な香りが洞窟いっぱいに漂い、風呂上がりには、元薬草屋お手製の保湿クリームが重宝された。
トゥーラの儀式で森は清浄に保たれ、最初の四人は肩を寄せ合い、その日その日を暮らしていたのだった。




