吸血鬼
WITCH内 ‘‘4ちゃんねる’’ (魔女限定)
カテゴリ:村人
ジャンル:話題の人
スレッド:トッティを偲びたい
>もうずいぶん経っちゃったね
>四月のワルプルギスだったから、もう半年になるかぁ
>もうハロウィンだもん
>早いね
>トッティは恨まなかったかな、異変にも気づかなかったあたしたちのこと
>うーん、そういうのなさそうだけど
>トッティが祟るって想像できる?
>とりあえずナンパしてそう
>笑けるなぁ
「ねぇねぇ、僕と一緒にお茶しない?」と絡む女好きの地縛霊
>快楽主義だな
>即物的
>目先のことしか考えてないw
>軽すぎる
>まず自分の行く末を考えろww
>とにかく霊界へ行けよw
>まっすぐ昇天しなさいよ
>残念
>やっぱり残念だ
>そうそう、残念
>トッティだもんね
>きっと死んでもトッティ
>天上界でもトッティ
>透明なトッティ
>同じゴーストでも奴とはろくろ回さん
>誘われてもお茶はしないよ
>いや、そこは応じよう?
無視はやめてあげて
>未練がなくなれば他界するよ
>まだそこらへんにいるのかな
視てないけど
>霊視した話聞かないよね
>私視えないや
>わたしも
>妥協点は‘‘雪だるまカフェ’’の真っ白スムージーを歩き飲みだな
>めんどくさそうだけど
>無視はしないで
>しないよ
>うん、しないよね
>適度にしゃべるから。
もしまた会えるなら。
>あんなんでもまた会いたいって思うんだねぇ
>しんみり
>ね、聖トゥーラはさぁ、いなくなって悲しんでくれる人いたのかな
>トゥーラも焼死したんだもんね
>他の三人は偲んだのかな?
>ローザとオトとベアトリス ?
>どうだろうね
>わかんない
>孤独に焼き殺されたんじゃ浮かばれないよ
>魔女狩りだなんて
>呪ったってしかたない、とも思うわ
>かわいそうだ
次の標的にならないかと恐ろしいけど同情もしちゃう
>だからトッティを道連れにしたの?
自分と同じように
>炎で丸焼きにして
>相当な怨みだ
>世を怨む思念がトゥーラを吸血鬼にさせたのかな?
>遺恨が?
>わかんない
>それこそ見たことないし
>事実がどうあれ不幸な最期にはちがいない
>家族に看取られて逝きたいよ
>平和な時代で本当によかった
>私たちの初代魔女は、試練の時代に抗いがたい運命に翻弄されたんだね…
「ゼムフィーラに格別のティーをつくったそうじゃない。それってシワに効くの、それともシミに?」
空から垂直に見下ろすノース・マウンテン級のど迫力で、気合いの入ったピコリーナ先生が接近してくる。定例の施術のため療院を訪れると、歓迎の挨拶もそこそこに詰問を受けることになったのだ。
「いいえ、先生、ミセスに贈った‘‘セルフケアゼムフィーラスペシャル’’は、疲労回復が主目的のお茶です。隈には効くように加工していますが」
肉薄してきた。
「なんですって。隈に効く、と。それならこの私にも不可欠なティーじゃないの。ちょっとこれを見てごらんなさいよ」
そう言って、ピコリーナ先生は、深緑色のとがり帽子から垂れ下がった魅惑のヴェールを持ち上げた。下瞼をくっきり隈取る鬱血が、光を浴びた美顔の中で悪辣な存在感を主張している。
「先生、かなりお疲れですね」
上体を引きながら応答する。
「母の調子が悪くてね。いくら施術をしても、老化による不調は回復しないから。名だたる治癒魔女を差し置いて癒しの魔力抜きん出た私でもね。介護も大変よ」
ん?母親の介護。目の下の隈。現在進行形で話題に上っているその二点に共通する人が脳裏に浮かぶ。お疲れ気味の顔がピコリーナ先生とぴたりと重なり合った。
「もしかして、ピコリーナ先生とミセス・ゼムフィーラってご姉妹ですか」
先生は、あら当然じゃないの、というような涼しげな顔つきで「知らなかったの?」とうそぶいた。
「あなたの学年担任だったわねぇ。彼女も自分からは言わないからね。幼少時からの根強いコンプレックスで、いまだに私と比較されるのを避けてるの。姉の私がなまじ目立つものだから。星と治癒両方の力に恵まれちゃったでしょう?でも、ゼムフィーラなんて魔法全集を五歳で丸暗記したりして、私は妹の方が神童だと思ってたわよ。教職への情熱は尽きないし、冴えた頭脳と向学精神はあの子の才能みたいなものなのに、その価値に気づいてないのよねぇ。
私も私なりに気を遣って、差異化を図って神秘のヴェールをかぶっているというわけ。ワルプルギスみたいに大勢が集まる場所にも同席しないようにしてるのよ。控えめすぎかもしれないけど、身内問題にも柔軟に対応しなきゃ。ま、元々屋外イベントは嫌いなの。美白ケアが大変じゃない」
紫外線は敵、とのたまいながら、上下ともにこってりマスカラの塗られたまつ毛を片方だけバチッと合わせたのが、尊重のヴェール越しに透けて見えた。
「それはそうと、あなただいぶオーラが良くなってきたわ。ヴァイオレットと仲良くやってるのね」
「はい。先生のおかげです」
軽くお辞儀すると、先生はすかさず言った。
「なら、‘‘ビューティピコリーナスペシャル’’をお願いね。シワにもシミにも速攻で効くように」
しおらしく引いたと思っていたら、また遠慮会釈なく三白眼になっている。だが、不当な圧力、もとい一筋縄ではいかない魔女らしい人間味に、被療者は存分に魅了されるわけだと再確認する。だからこそ、歯に衣着せぬ手厳しい指摘をいただいても素直に受諾できるのだろう。星に通じる確かな能力を別としても、ずけずけとした物言いの根底には、広い心と人間らしい情味が基づいている。
ところが、目を逸らしたほんの一瞬で家族的なくだけた雰囲気は一変していた。空気が引き締まっているのだ。厳かな神秘の気配が流れ込み、ウッド系の香料が漂う施術室を支配している。
あらゆる雑音は遮断され、ふわりと下ろされた黒網のヴェール越しに、先生の目がはるか宇宙を捉えているのが分かる。たった今まで軽口を叩いていたピコリーナ先生は、そこにいるようでいて存在しない。潜在意識と星辰の高い次元とが直列につながり、天の啓示の依代となっている。
「魔女の…」
艶消しの真紅に塗られた先生の唇が、経緯に編み込まれた網目の向こうで蠢いた。どこから響いてくるのか分からないほど、声音は低く、深い。
「魔女の森の吸血鬼」
背筋が、ぞくりと粟立った。星の媒体となったピコリーナ先生を覆う毛足の長い滑らかなベロア素材が、まるで苔生す幽谷の木陰のように見える。
低音で紡ぎ出される単語の羅列が意味をなした。
---魔女の森の吸血鬼。
「気をつけなさい
飢えた吸血鬼は故郷で血を欲している
犠牲を捧げるか襲い来るか」
額にじわりと汗が浮く感覚を覚えた。天啓のゾーンに入ったピコリーナ先生は、全身から緊張をにじませて「気をつけなさい」と繰り返している。
なんということだ---。たった今、物事を予知する媒介者と化した先生の口から、真理を示す直観が告げられてしまった。宇宙の羅針盤である星が告げた予断は、遅かれ早かれ現実のものとなるだろう。
吸血鬼という存在が、この世に実在していた。それどころか、この魔女の森でわたしたちの血を狙い澄ましているという。
魔女の森の飢えた吸血鬼。それは、やはり他でもない---。
「先生!村を興したトゥーラは、悪逆の魔女で夜に血を吸う獣だったんでしょうか」
今しかない、今のうちに聞かなければ、と息を継ぐのも忘れてせっついてしまう。宇宙に開放されたピコリーナ先生の意識を通じて、厳正なる声が響いた。
「聖トゥーラこそ偉大な母なる真の魔女
しかしながら、トゥーラと吸血鬼とは、分かち難く交わりて違わぬ一対の魂である
両者は再び結び合う時を待っている」
長引く余韻を残しながら、ピコリーナ先生の遠視がゆっくりと此岸に戻る。
どうしよう。どうしたらいい。星の告げを預かったピコリーナ先生の言詞は、必然的に未来の事象を射止める。随意に語りかける星座が、無私状態の依代を通して教えを言語化する。個人の意図が反映される表現ではないのだ。偽りやまやかしの可能性はありえない。
たった今、衝撃の真実が明かされた。今日まで残る疑わしげな伝説は真正だった。聖トゥーラは、やはり吸血鬼だったのだ。
ということは、十字架の聖女は魔力あふれる天候魔女でもあり、夜が来れば吸血鬼に転身する表裏一体の異類でもあったということだ。夜な夜な獲物を毒牙にかける冷たい悪魔に成り果てていたということになる。
獲物?もしかして、ローザ、オト、ベアトリスの三人は、洞窟で狂気の獣となったトゥーラに狙われて、やむなく自己防衛の方策を選んだのだろうか。本物の魔女として密告することで。
そして、もし王国に捕らえられたトゥーラが夜の間の記憶を持たなかったのだとしたら。気の置けない同志に訳もなく裏切られた失望と哀しみを、強力な呪いに昇華して遺したとも考えられる。そんなことはありえないと思い込んでいたが、<トゥーラの聖痕>が本当に彼女の痕跡だとして、ほんの一撃で大地を割り開くほどの天候魔女になら、何らかの未知の魔法が使えたとしても不思議ではない。
それは自らの遺体にかけられたのかもしれない、と考えてみる。吸血鬼は不死のものとされている。悪逆の魔女は火中で悲鳴も上げずに涼しい顔をしていた、とも歴史書に記載されているのだ。
焼死したように見せかけて、トゥーラの中の悪魔だった部分は火刑を持ち堪えた可能性がないだろうか。
トゥーラと吸血鬼の魂は、再び結び合う時を待っている---。屈辱に塗れた魔物は復活の時をひたすらに待ち焦がれ、呪いの力でずっと魔女の森に巣食っていたのかもしれない。もはや人とも見えないじくじくと焼けただれた体で森を這いずり回り、いつか果たす復讐だけを支えとして、今日の今日まで生き延びていたのかもしれない。夜陰に紛れて動物の生き血を啜り、自ら築き上げた聖域で傷を癒す。絶対と謳われる初代天候魔女としての力を、それでも数百年をかけて少しずつ取り戻しつつあるのだとしたらどうだろう。
『トゥーラの伝承』を開き、魔女狩りの炎に苛まれる幻覚を見た時の、酷薄な眼差しで呪いの手を差し向けていた女性を思い出す。
今まさに、森の鬱々とした黒い樹陰からぎとりと睨む眼光が背を舐める気がした。
伝説の聖トゥーラ。雷。火炙り。呪い。
まさか、と首を振りたくなる仮説が浮かび上がってくる。
トッティを呑み込んだワルプルギスの焚き火は、華々しく返り咲くためにトゥーラが再び悪魔と交わした密約の炎だったのではあるまいか。計り知れない力が働いて、蘇生するための犠牲としてトッティを奪っていったのだとしたら---。
『トゥーラの伝承』は言ったのだ。
[悪逆の魔女は炙り殺された。邪悪なるトゥーラの憤怒が宿怨の呪いとして魔女らの森に蘇るだろう]と。
魔女と悪魔双方の魂が結合して、乞い願う天候魔力が完全に再興する時、トゥーラの悲願は成就するだろう。そうすれば、魔女村は、わたしたちは、きっと一人残らず呪いの業火に焼き尽くされることになる。雪辱を果たしたトゥーラの高笑いが、灰燼に帰した村の跡に谺するに違いない。
五百年前の魔女の森を聖化したといわれるトゥーラ。自然現象を司る者として、光さえ操ったはずの天候魔女。闇の中にしか生きられない吸血の悪魔。その出自は修道女であったという。
過去の森に生きたはずの筆頭聖女は、史跡も残さぬ人物像を曖昧に二転三転させていく。




