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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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ベアトリス ≪中世≫

 その森は、白い使者の訪れを待ち、ほどなく本格的な冬を迎えようとしていた。

 洞穴に暮らすローザ 、トゥーラ、オトの三人は、秋のうちに団栗(どんぐり)や木の実を拾い集め、きのこや果実、薬草を干し、甘い樹液を煮詰めて蜜(みつ)にした。薪用の枯木は、洞壁(どうへき)に沿ってふんだんに積まれている。比較的温暖な国から来たローザは、巌窟(がんくつ)での越冬に心配を隠せなかったが、不安はいりませんよ、と笑顔で断じる頼もしいトゥーラに心を強くした。

 トゥーラは、川の水源まで遡(さかのぼ)って、冬の間も凍らず流れるように水の波動を変えた。また、森には深雪に埋もれない程度の雲が懸かるように空へ合図を送った。

 暖を取るものといえば焚き火しかなかったが、トゥーラが近くにいる時には、他の二人はじんわりとした温かさを背中に感じるのだった。オトの尽力(ちりょう)で良くなってきたとはいえ、関節から先が枯れ衰えているトゥーラの手。それでも大気の波動を掻き回し、日和(ひより)を左右するのにいかなる支障ともならなかった。

「トゥーラ、すごいね。手ぐるぐるしたら、森の動物、元気になる」

「空気が澄んで、樹も草も生き生きするしね。あ、ねぇ。雪を止めて夏に逆戻り、っていうのはだめなの?トゥーラだったらできるんじゃない?」

「それはおそらくできないと思います。自然の法則そのものを破壊するようなことはどうしても叶いません。私たちが冬を越せるくらいには、この森の天候を司ることはできますから」

 

 居場所を求めて逃げてくる者が聖なる森に辿り着くのは、決まって夜の深い時間だった。

 それは、秋の最終盤(おわり)。積もっては解ける白いものが辛うじて根雪にはならなかった頃。夕暮れから降り出した小さな雪片が、ささやかに木の間に積もり始めた月夜のこと。

 深く眠っていたローザは、小さな手に揺すぶられて目を覚ました。常時焚いている炎が、洞窟の中をちらちらと暖色に揺らめかせている。

「どうしたの、オト。怖い夢見た?」

「ちがうの。女の子が来た」

「ん?どこに、誰が来たの?」

  寝惚(ねぼ)け声で目を擦るローザの手を、オトが引いた。

「ち、ちょっと待って」

 トゥーラがどこからか見つけてきた古い毛布を巻き付けて、オトとローザは粉雪舞う暗い森へと抜け出て行った。松脂(まつやに)で灯した頼りない火(ほ)明かりを手に手に掲げて。

 葉を落とした白樺(しらかば)の根元に、二つの人影があった。屈み込んで硬い右手を翳すトゥーラに並んで、幹に凭(もた)せ掛けられた年若い女の子が灯火に浮かんだ。ぐたりと目を瞑(つむ)り、心身ともに虚脱状態で力の抜けた様子がローザにも見て取れた。

 集う四人に等分に、音も無く白い粉雪が降りかかる。

「ローザ、オト、洞窟まで運ぶのを手伝ってください」

 トゥーラの声が引き締まっている。ローザは慌てて駆け寄った。

 

 ローザは急ぎ湯を沸かしたが、一向に女の子が目覚める気配はなかった。

 焚き火の傍に寝かせた彼女は、紫色の唇をして小刻みに震えていた。金ボタンの付いた分厚い外套は、一見して上等なものだと分かる。足元に揃えた乗馬用のブーツは、片方の踵(かかと)が外れかかっているが、繊細な細工の施された洒落た高級品だった。崩れた後で拭(ぬぐ)われた化粧の跡に、くっきりと涙の筋が残っている。丁寧に結い上げられていたであろう髪は、原型を留めず崩れきってごわごわしていた。

「こんなに寒い夜によく辿り着いたわね」

 感慨深げにローザは零す。昼間はローブ一枚で事足りることもあるが、朝晩の冷え込みは厳しい。闇深い林間に幾夜もやり過ごし、明るいうちに進むことに砕身(さいしん)してきたことは分かっている。

「顔、手、足」

 頷いたオトが、言いながら順番に手を当てていく。

「しもやけ。すぐ治る」

 すると、痛々しく赤みを帯びた腫れはみるみる引いていった。

 真剣な顔付きで見守るトゥーラが、眉根に深い皺を寄せる。

「この方に合う気を流したけれど、何か抵抗するような反発を感じました。波動の中心がうまく補強できないのです。生気が弱まったままで…」

「なんとか身体は逃げ延びたけど、心が追い付かないのかもしれないわね」

 応じるローザの後を、今度はオトが引き継いだ。

「心、たましいが傷ついてる」

 危うい生気(オーラ)を宿していることを、オトやトゥーラはもちろん、植物寄りのローザでさえ気色取っているようだった。

 

 三人は代わる代わる看病に当たった。トゥーラが基礎の波動を回復させつつ、オトは臍(へそ)の下に手を当てて癒しの気を流し情緒のバランスを取ろうとした。ローザは、ドライミントを煮出して気付け薬とし、少しずつ口に含ませた。干しきのこのスープはいつでも飲める準備ができていた。

 同じ境遇にある人を助けることで、皆が過去の自分自身をも救ったような心持ちになったようだった。

 まだ名も知らぬ眠れる洞穴の少女は、五日経った早朝にようやくその長い眠りから覚めることとなる。

 

 風のない晴れた朝。彼女が突如として跳び起きた時、洞窟では、留守番のトゥーラが火に薪を足しているところだった。トナカイに水を飲ませるため川へ向かったオトに付いて、ローザも水汲みに出かけた直後だった。

 周りを確かめるように素早く首を振り、躙(にじ)るように後ずさった女の子は、ひどく狼狽(ろうばい)した様子で呟いた。

「ここは、どこ」

 それから、「誰か、いるの」とやや声を強める。

 トゥーラは、爆(は)ぜる焚き火を挟んで女の子の正面に腰掛けていた。一音ずつ明確に、慎重に抑えた声で応える。

「おはようございます。やっと目覚められましたね。ここは、大丈夫です。安全な洞窟です。あなたはちゃんと逃げ延びましたよ。私は、トゥーラと言います」

 女の子は声を掛けられたことに驚き、さらに後ずさって壁面に張り付く恰好になった。左右を見回すような仕草をして、「どこにいるの」と叫ぶ。

 トゥーラは、意識して穏やかな声音を発した。

「落ち着いて聞いてくださいますか。貴女は目に疲れが出て、少し自由が利かなくなっているようです。怖いでしょうけれど、私たちがいますから、どうかひとまず安心してください」

 安らかな声質で、慰めるように繰り返す。

「大丈夫です。大丈夫ですから」

 ローザとオトが戻ってきた時、洞口の前で口早に事情を伝えるトゥーラに、揃って心得顔で頷き返した。「目は以前から、というわけじゃないのね」と確認するローザには、トゥーラも顎を引いて諾(うべな)った。

「見たくないものがあるのかもしれない」

 オトがそっと囁く。

 

 

 

 秋枯れの葉叢(はむら)に隠れた洞窟では、中央の焚き火を囲んで四人の女が車座になって座っている。漆黒の目の修道女、大らかな貫禄の年長の女、素朴で邪気のない小柄な少女、そして、高貴な育ちを感じさせる目の不自由らしい一七、八の娘であった。

 

 目覚めたばかりの新参の少女は、手渡された蜂蜜湯を丁寧に傾け、温かな湯気を浴びながら上品にスープを啜った。身なりは乱れていたが、かなり落ち着いた様子で背筋は折り目正しくしゃんと伸びていた。それぞれに自己紹介が済むと、彼女も続いて名乗った。

「わたくしは、ベアトリスです。トゥーラ、先程は取り乱してしまってすみません。瞼を開けても何も見えず驚いてしまって。まずはお礼を申し上げます。助けてくださって本当にありがとう、皆さん」

 語感こそ礼儀正しかったが、一人きりの暗闇の中で恐れる感情を抑えているのは傍目(はため)にも明らかだった。きっと如何なる時でも威儀を正すのがこの子の習い性なのね、と感じたことを、ローザはすぐ後にトゥーラに話した。

 ベアトリスは、欧州西部の島国の言葉を話した。トゥーラは広く宗教学を学んでいたため、他言語の多少の知識があり、ローザは職業柄、薬草の先進であるその国の参考文献を読む必要もあったので、だいたいにおいて理解はできた。掻(か)い摘(つま)んでオトに伝達すると、無口だが言語感覚に優れるオトは、聞きながら新しい語彙(ごい)を身に付けていくのだった。

 ベアトリスもまた、三人の共通言語に理解があるようだった。互いに片言を掛け合いながら、それぞれが歩み寄って、会話(かたらい)の重心を探り当てていく。

「具合はどうですか?ふらついたりなさらない?」

 気遣うトゥーラに、

「もう大丈夫です。温かいスープをいただいて落ち着きました」

と口角を上げる顔色はまだ青白い。声のする方へ顔を向けるが、視線は対象(トゥーラ)から微妙にずれたままだ。

 周囲に不要な心配をさせないように振る舞うのは、おそらくそうせざるを得ない環境に育ったからね、仕立てのいい洋服といい品位ある所作といい貴族のお嬢様かしら、とローザは考えた。

 無心のような、興味深いような表情でじっと対話に耳を傾けていたオトが、

「どこから来たの」

と問うた。

 ベアトリスは、一拍間を置き、

「遠くから。海も越えて」

とだけ答える。伏せられた盲目(もうもく)が捉えどころなく不安定に揺れ、瞬くと同時に涙が滲んだ。

「詮索するわけではないのよ。言いたくないことは言わなくていいからね」

 安心させるようにローザが声を掛けると、目尻に溜まった涙は限界を超え、一粒の雫(しずく)となって頬を伝い落ちた。最初の涙滴が地に着くと、抑えきれなくなった熱い涙が、後から後から滑り落ちて止まらなくなった。苦しげな嗚咽が漏れる。そうすると、畏(かしこ)まる気風に勝り、若く傷付いた女の子ゆえの不均衡(アンバランス)が表立つようだった。

 慰撫するために立ち上がりかけた二人の機先を制してベアトリスにすっと近付いたのは、目の前で両親を殺されたトナカイ族の少女オトだった。

 オトは泣くのを堪えるような神妙な表情をして、哀哭(あいこく)するベアトリスをぎゅっと抱き締めた。泣き疲れて微睡(まどろ)むまで、オトは傍を離れようとはしなかった。

 

「大丈夫。目は必ず治る」

 請け負うようにそう言って、静かな気迫をオトは発した。

「開けていてね」

 小さな手で、ベアトリスの泣き腫らした両目を塞ぐ。癒しの気を流す集中力をローザは感じた。

 しばらく火の焚ける音だけが洞窟に響き、ようやくオトの手が離れる。

「あ。ぼんやりとだけど…見える」

 ベアトリスはオトの手を握った。

「オトの手も、月夜くらいには見えるよ。ありがとう、オト」

「うん。よかったね」

 嬉しそうにオトがはにかむ。

「手(・)引(・)き(・)の労をおかけしました、ローザ」

 肩に手を置かせて洞内の導きをしていたのは、盲(めし)いた老母を持つ元薬草屋のローザだった。

「トゥーラはご出家の方だったのね」

 ベアトリスの目がそれなりにも焦点を結ぶと、一部始終を見守っていたトゥーラは、ほっと息を吐き、胸で十字の印を結んだ。

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