グリーンティはジャポン産で
長めの出張からママが帰ってきた。親を大事にしなさい、という提言をピコリーナ先生とモリーダスさんから立て続けに受けている。星の託宣と隣のおじさんの親身な苦言。こんなに重なるということは、今のわたしにまさに必要な素行だからだと思う。
良心的にきっかけを与えてくれたご両人に従うことにした。隣家へお土産を渡しに行ってから椅子にもたれかかって肩を回しているママに差し出したのは、丁寧に淹れた‘‘癒し系ラベンダーティ’’だ。
前後に雨のない日に摘み取り、ママ用の一杯のために乾かしていたラベンダー。先にしっかりと温めたポットに、沸かしたての浄水を高めから落として注いだ。また伸びてきている生のスペアミントも切ってきて少し足しておいたので、ラベンダーティのリラックス効果にプラスして、新鮮味のあるリフレッシュ感も招いてくれるはずだ。ベースとなる紅茶にはアッサムを使った。紅茶は腸を温めて免疫力を高めてくれる。
ためになる助言はできるだけ実践しようと心がけているつもりだ。そういうところは我ながら素直じゃないか、と自賛してもいる。ラベンダーの香りで労いの言葉をかけ、ブレンドティの効果で謝意を表す。ほんのひとときでも奮闘に報いる癒しになればいい、と願いつつ。
ママは一番の近親者だから、本音や遠慮のバランスが難しくて必要以上に遠ざけようとしてしまったり、少ない語彙から選び出した話し言葉が冷淡に響いてしまったりするのだ。距離感が難しい。会話によるわたしのコミニュケーション能力にも問題があるだろう。
「ありがとう、ベリィ。これいいね。ささくれた神経が落ち着くわぁ」
ラベンダーの精気が立っているので、心を込めて淹れたお茶だとママは感づいたようだ。腐っても薬草魔女、弱ってもヴァイオレット・ウスペンスカヤ、だと言える。
「だんだんペガサス便がきつくなってきたわよ、加齢に伴って。飛行機移動の後に一二時間の騎乗だもの。背に揺られながらもバランス保って寝るコツは掴んでるけどね。ペガサスとはもうツレよ、ツレ」
「お疲れさま」
いつもは適当に受け流すところ、試しに一言を添えてみる。ほんの僅か間ができたように感じたが、勘違いだったかもしれないと思うほど短い空隙だった。
「なんか変わったことはなかった?いつもごめんね。まだ未成年なのに一人でいろいろさせちゃって」
そして、ついにママが殊勝な言葉を吐いた。急にしょげたかと思うと、なんとすまなさそうに頭を下げている。反省を母親-つまり今は亡きおばあちゃん-のお腹に置いてきた、と世評に伝わるヴァイオレット・ウスペンスカヤが、今まさに謝っているのだ。速報するほどではないが、4ちゃんねるのスレッドに今日明日立ててもいいくらい滅多にない珍事である。いや、やはりこれは速報を流すべき時なのかもしれない。
「慣れてるし別にいいよ」
多忙な母のこれ以上の重荷にはなるまい、と子供心に考えていた習慣は身に滲みている。なんでもないことのように振る舞う術も会得しているから、声に熱を帯びさせず、できうる限りさらりと返す。
すると、ママはこう続けた。
「あなたはいい魔女になるわ」
「え、そう?」
まずもって驚いた。あのママがストレートに娘を褒めている。必死に前に進むことにかけてはプロだが、落ち着いて細かい点を観察するタイプではない。最大公益の最短実現のために世界規模で放し飼いであることは皆も承知のはずだ。そもそも、わたしはママの魔女サプリのようにロングセラーの看板商品を持っているわけでもないし、共同体の代表としてそれを売り込みにたった一人で世界を飛び回る行動力もない。魔力は薬草の通常レベルで、大した得意技を使えるわけでもない。
「あなたには愛があるし、冷静で地に足がついてる。細々とした世話も焼けるしね」
愛がある。自分についてそんな風に考えたこともなかった。反対に、無口で内気なため、愛情たっぷりのタイプには見られない自信ならある。
「この子たちはよくわかってるわ」
ママの言に無条件で同意するように、愛犬イノとブラッキーが驚異のシンクロ率で尻尾を振り動かしていた。食べ物の偵察のためにうろちょろしていた小人が数人、掃かれて宙空に舞っている。
いずれにしても、ママと二人、ラベンダーの清香に和む平穏な朝になった。帰宅の知らせを受けて昨夜焼いたベイクドチーズケーキをホールごと出して分け合う。気取らない自宅の朝だから、カットもせずにフォークでつつけばいい。調子づいた食気のために、ハーブ卵を茹で、ベーコンの香草焼きを魔女釜で焼き上げて中世パンとともに頬張った。食後には消化促進のミントティだ。
今朝帰村したばかりなのに、団長と約束があるとかで、ほとんど休む間もなくママはまた昼前にどこかへ出かけていった。
腹ごなしに、三日前から天日で乾燥させていたハーブを両腕に抱えて何度となく往復する。出かけ際のママの目元がすっきりしているようだったので、狙い通りラベンダーティが癒しの効用をもたらしたのだと、嬉しい自信に押されていた。
大壜のミントオイルが一列に並ぶ飾り棚を横目に、取り込んだドライハーブを種類ごとに麻の保存袋に入れてガラス温室の脇に積み上げていく。劣化を防ぐ気を手のひらから送っておくのを忘れずに。呼応したドライハーブから真新しい香りが漂って寄り合い、爽快な夏そのものに浸った気がした。未成年として過ごす十八回目の魔女村の夏は、ほんの少しだけベリィ・ウスペンスカヤの草丈を伸ばした。
運ぶ途中でこぼれ落ちたものを掃き集めている時、チャイムが鳴ったので玄関に出てみると、馬身にうっすら汗をかいたケン・トゥ・ウルスが小包みを持ってやって来ていた。扉を開けてウッとなった。気障なカウボーイが花を手渡すような、バカみたいな決めポーズで待機していたのだ。
「ベリィのお嬢さん、ごきげんよう。本日も配達に上がりました。このお荷物は何ですかな?毎度ご注文の外国薬草の類ですか?」
(何でもいいじゃん。しつこいなぁ)
「し、しつこいと…ワタクシは、よもや手違いで危険物でも送られていはしまいかと老婆心で確認を」
(いいよ、もう。お茶だよ、お茶。ジャポンの農園から取り寄せたの。生産地限定の超レアな緑茶)
「ほほぅ、それはそれは。一個一個梱包は検めておりますが、確かにこの包装紙のマークは、このワタクシも今まで見たことのない文字デザインでございます。ぜひともお呼ばれしたいものですな。ワタクシ牧草にもお茶にも目がないもので。都合よく小一時間は配達の猶予がございますよ」
(帰ってください)
ぴしゃりとドアを閉めた。が、引っかかっている。蹄が一本差し込まれていた。ギリ、ギリ、と取っ手を引く力を強める。ガリ、ガリ、と膝にぶつかる。
「い、いぃ、痛っ…!…痛っ!」
しぶとい。
「こ、これだけは、いっ、言わせていただきますぞぉ。玄関にぃ、鍵のかかっていない時がございますぅ。痛っ!施錠怠ることなかれぇー!ベリィのお嬢さ…」
やっと閉まった。 ソファの裏に空気隠れしてことりとも音を立てなかったイノとブラッキーが、怒濤の勢いで玄関フロアを嗅ぎ始める。
「怖かったね。もう大丈夫だからね」
馬の残り香に、二匹は鼻をひくつかせつつ小さく唸っている。わたしは作業場に戻って、今からミセス・ゼムフィーラのためのブレンドティをつくる。変態の馬に茶を淹れてかまっている暇はないのだ。
たった今届いた茶葉は、疲労回復に効果抜群の幻の緑茶だ。原産国のジャポンでも栽培している農園はただ一軒だけという稀少種で、他にはないファイトケミカルスを含んでいる。その名も‘‘ジェネラルカテキン’’。この特別な微量物質が摂取された体内で働かせるのは、極めて高い抗酸化作用だ。疲労感を軽減するために一役も二役も買ってくれるだろう。気になっていたこの茶葉は、海外向けに初めて数量限定で発売された。商品検索でたどり着いた時には最後の一個だったのだ。
スペアミントの不祥事で、数少ない観賞用の生花は真っ先にやられてしまった。学期末に一輪の花を贈る代わりに、疲れを癒すオリジナルティを担任のミセス・ゼムフィーラにプレゼントするつもりだ。
緑茶は繊細なので、注意深く扱った方がいい。木箱に収められた使い切り缶を取り出し、蓋を取って、こっくりした良色の緑茶葉をスプーンで掬い琺瑯のボウルへ。糸のように細く仕上がっているのは上等な証。ブレンドするにはもったいないほどの等級だが、今回のメインはこれだ。
あとは薬草魔女の経験と勘で、ミセスに必要な薬効を最適な比率で足していく。同じく精神的疲労を和らげ血液循環を改善するローズマリー。これは目の下の隈対策。眼精疲労にドライクランベリーも追加。リラックス効果を上げるためのカモミール。アンジェリカ、サフラワー、ジンジャーは、隠し味程度に少量ずつ。
仕上げにピンクとホワイトの乾燥グレープフルーツの果皮を入れ、柑橘の酸味と苦味で全体のバランスを整える。木のスプーンで優しく混ぜ合わせ、人差し指をくるくると渦状に回し上げて即効性を倍増させれば、大人な味わいのブレンド緑茶‘‘セルフケアゼムフィーラスペシャル’’の完成だ。手軽に飲んでもらえるようにティーバッグ包装にして、品質保証の‘‘BERRY’’シールを貼り付けた。




