薬草魔女の夏
マザー・リバーやピコリーナ先生の療院を訪れたのも束の間のこと。多くの薬草魔女にとって、夏が一年の山場だ。旬を迎える家庭菜園のハーブや果実を大量に収穫して干す。下処理をして保存する。空いた畑に秋蒔きの段取りを整える。はたまた薬草エリアの専用農場へ買い付けに出かけて年間消費量を確保する。気候的に育たないものや足りなくなった場合は‘‘WITCH’’で発注して外から取り寄せることもできるけど、やはり村産に効能の勝ち星がつく。
実は、わたしは今、猛烈に後悔している。安易にやってしまった自分の行為を。「迂闊にミントには手を出すな」という亡きおばあちゃんの格言を失念して、スペアミントの種を蒔いてみてしまったのだ。それも庭に直接…。
なぜなら、‘‘まじょっち’’の在庫セールで破格だったから。一考の間も置かずに、あらミントもいいわね、と軽率に手に取ってしまったから。そして、ガラス温室の中の畑にも庭の花壇にもスペースがないからと、去年の今頃は西洋芝の平面が広がっていた庭へ目を向けてしまったから。要因は、ついうっかりの連鎖だった。
というわけで、知らぬ間に地下茎で広がり、土を突き破ってむくむくと成長し、芝生を蹂躙し尽くして、切っても切ってもあちこちから生えてくるミントに辟易しているのだ。
端っこの方は邪魔にならないだろう、と初期対応の除去に情けをかけたのも悪かった。普通は根こそぎ刈り取ったりしないから、という固定観念で無思慮に残してしまった。失敗だ。ウスペンスカヤ家の庭はミントジャングルの様相を呈して、日干し中のハーブがせせこましく隙間に押し込まれたような印象を与えている。勝手に周りの植物と交配して新種も生えてきている有様だ。怖い。これからまだまだ干し場は要るのに。
判断ミス以前の粗忽さだった。ミント一つでもし他が全滅していたら、元も子もなかった。毎年薄紫色の花を着けるラベンダーや常緑低木のローズマリーなどが根絶してしまっていたら…素材もないのに作業はできない。育たないからといって原材料を全て購入してしまっては、最低限の利益も出ない。来年以降の仕事も見込めない。自家栽培が台無しになれば、それこそ薬草魔女の名折れ、共倒れだ。薬草が滅べば我が身を滅ぼす。
植木鉢がセオリーなのに、なぜ芝生の薄くなった地面に直接蒔いてしまったのか。どうして、せめて地下茎を止めるための仕切り板を埋めなかったのだろう。蒔いたことすら冬越しで忘れてしまっていたのなら愚かだ。
でも、自責ばかりではしかたがないので、なるだけ切り取ってアロマオイルを抽出しようと考えた。ミントオイルの単価は安いが、‘‘まじょっち’’に出品する道もある。庭のハーブたちも絶滅したわけではない。…わけではないが、侵食されて減ってしまったのは確かで(以下略)。
小さく抜いたため息も、ガラス温室の作業場を席巻した溌剌たる香りに取り込まれていった。
蒸留器にミントの葉を詰め込めるだけ詰め込み、火を点けるために手を伸ばす。わたしの‘‘協力マッチ’’は、物入れにしている空のミニ植木鉢に習慣的に入れておくのだ。しかしながら、いつものように無意識に探る指先は、紙製の小箱にはついぞ触れなかった。
イノとブラッキーはたくさん置いてある大鍋が怖くてここには絶対入らないし、小人たちも食べ物以外は取っていかない。が、大雑把なママがなぜかどこかへやったままという可能性もある。わたしの‘‘協力マッチ’’はわたししか使わないし、とすぐに気持ちを切り替える。皮肉にも、これでもかと充満する爽やかな香りのおかげで頭はすっきり冴えている。
そう、瑣末なことに悩んでいる暇はないのだ。刈り取ってきたミントの茎葉は、ガラス温室の作業場を占有してしまっている。少なく見積もっても、あと七回は蒸留する必要があるだろう。ミントの侵略から生き残ってくれたローズマリーや花壇のセージ、タイムにディル、レモンバーム、ワイルドストロベリーなどなど他のハーブたちも今か今かと収穫を待っている。まだ咲いているカモミールもある。生き残ったということは生命力が強い。ありがたく使いきりたい。ぼやぼやしているとミントの巻き返しがきて自家製ハーブ滅亡の危機だ。ガラス温室の遅咲きバラもそろそろ切らないと最旬を過ぎてしまうし、とにかく晴天続きのうちに全部干してしまわないと。
マッチがないというなら仕方ない。手間がかかるが、非常時用に置いている‘‘ファイア・レボリューション’’を魔法で発芽させればいい。
慎重にちぎった二枚の葉は、先端が丸みを帯びた厚手の濃緑色だ。上から両手で覆うようにしてエネルギーを送り、含有の揮発性ガスを発生させる。
同時に伸びてきた二つの芽を擦って点火を促していると、イノの吠え声が来客を告げた。発熱した葉っぱをアルミ皿に置いて玄関へ出てみたら、繁忙期に入り多忙を極めるはずのモリーダスさんがいた。艶めくなすびと見た目にもみずみずしいきゅうりとトマトを山盛りにしたバスケットを抱えている。バジルとレタスも覗いていた。
「採れたてだ~!新鮮で美味いぞ~!なすびは生でもいけるからな~!」
「ありがとうございますー!」
重い。受け取った勢いで後ろに倒れそうになる。つられて声のボリュームを上げたけど、最後はただの叫びだ。モリーダスさんの分厚い手を借りて態勢を立て直す。
「お母さん長期でいないだろ~。ちゃんと食ってるか~?変わったことはないか~?」
「いえ、特には。マッチがなくなったくらいですから大丈夫ですよ」
「ん?マッチがなくなった?いつだ~?今日か?」
話のついでにどうでもいい小ネタを盛り込んだだけなのに、なぜそんなに深掘りするのだろう。鷹揚なモリーダスさんにしては細かい点を気にしている。
「昨日はあったんですけど。大鍋スープを煮る時に使いましたから」
「そうか~。実はうちでも坊主たちのおもちゃがなくなってな~!ほれ、てんとう虫の兄弟のやつだ~!」
ネジ巻きで飛ぶてんとう虫の小型ヘリコプターは、手のひらサイズの定番のおもちゃ(発売元コニーGじいさん)だ。
「小さいからどっかに隠れてるだけかもしれんけどな~!今日買い付けに来た魔女さんも、‘‘たこ足マグネット’’が見当たらんとか言ってたからな。なんせ気をつけろよ~!一人だと何かと物騒だ~!」
「はいー!」
マッチがなくなったくらいで過剰反応かもしれないけど、ワルプルギスでは予想だにしないことがあったのだし気をつけるに越したことはない。
「ところで、お母さんとは連絡取れてるのか~?」
確かメッセージが来てたけど、ただの定期連絡だろうと思って未読スルーだった。
「返信するの忘れてました。いつも謎なスタンプとか送ってくるんで。変人ですから」
軽くくさしたつもりだったが、想像以上の熱量でお咎めが返ってくることになった。
「おい~!お母さんのことそんなふうに言ったらダメだ~!お母さんはお前のこといっつも心配してるぞ~!毎日欠かさず‘‘WITCH’’でメッセージしてくるからな〜!『ベリィは変わりないでしょうか』『返事がないので、申し訳ないけど様子を見てもらえますか?』とかな。毎日だぞ、毎日~!」
モリーダスさんがたびたび野菜を届けてくれるのは、一人で過ごす隣家の娘を心配するおじさんの親心以外にも、ママの度重なる依頼があったからだったのか。
「こないだなんて、お土産のニューヨーク栓抜きを渡しにきた時泣いてたぞ~!『いつも家を空けてるからベリィには寂しい思いをさせてきた。しっかり育ってくれたけど、すれ違うばっかりで』ってな~!女手一つで育ててもらったんだから、優しくしてやれよ~?」
大きく手を振って長靴を鳴らしながらモリーダスさんは自分の仕事場へと戻っていく。ハイシーズンの農場はてんてこ舞いのはずだ。二児の熱い父親であるモリーダスさんの言葉が、ほろ苦かった。




